さくら花夢かうつつか白雲のたえてつれなき峰の春風
腑抜けてる、と思った。
気力の張りもないし、思考も鈍い。
それがもし受験勉強の燃え尽き症候群とかだったらまだちょっとは格好付くのだろうけど、生憎とそういうことじゃない。ていうか、朱里たちに訊いてもきっと「なんでそんなことで悩んでるの?」って言われると思う。
そんな、他の人にとっては当たり前のことが、わたしには分からなくて、こうして悩んでるわけなんだけど。
『小糸、好きだ。付き合ってくれ!』
……憧れていたはずの言葉は胸にすとんと降りてこなくて、今もなお頭の上を浮付いてるばかり。
欲しいのに。掴まえようと手を伸ばしてるのに。
どうしてそれができないのだろう。
確かめるように何度も何度も大好きな恋愛漫画や小説を読み返した。恋愛ソングを聞き返した。
そうしてる間は、ほんとにキラキラした気持ちを感じるんだ。
なのに――彼のその言葉を、どうして同じように感じられないんだろう。
わたしも、と答えられると思っていたのに。
彼のことは、好きだ。それは確か。三年間クラスも一緒で、学校の外で遊ぶこともあった。部活もわたしがソフトで彼が野球部、話も合ったからよく話した。一緒にいて楽しかった。
なら、なんで?
それならいいはずなのに。わたしの心は動いてくれない。
付き合ったら分かるんだろうか。でも。
怖い。付き合っても分からなかった時が。自分が分からないって思い知ることが、怖い。
その時、彼はなにを思うんだろう。
だから安易に頷けなくて。
じゃあ時間の問題なんだろうか。それだったら待てばきっと。わたしも、と言えるようになれる。いつか。いつか……、
……そうして、一ヶ月近くが経ってしまった。
けれど羽は未だ生えてくれなくて。
わたしの足は、地に着いたまま。
「……はぁ」
半ば投げやり気味にヘッドフォンを外して、わたしはベッドから起き上がる。ベッドにはこれまで確かめていた恋愛物が散乱していた。
ずっと同じことを考えてると気分が塞いでしまいそうだった。
「ちょっと散歩してくるー」
「あ、ちょっと、少しは店番手伝いなさいよ」
「帰ったらやるー」
お母さんの文句にそう返しながら、わたしは靴を履いて玄関の扉を開ける。すると風と共に春のにおいがわたしを撫で付けてきた。
なんて言えばいいのだろう。太陽の陽気と、ほんの少しの青臭さのにおい――これは桜の残り香、なのかな。
天気も晴れで、散歩には打って付けの日和だった。こういう時は体を動かした方がいい。三年間運動部だったから、もうすっかりそんな気分転換が身に付いてしまっていた。
てっくてっくとコンクリートの道を歩いて川沿いの散歩コースに向かうと、桜の木が並んでいた。もうだいぶ散ってしまっていて、見頃は過ぎてしまってるからか、花見客は見当たらない。ただ、辛うじて枝にしがみ付いてる花弁が、風にさわさわとなびいていた。
ああ、あの時もそうだった。満開の桜が、後ろでさわさわと囃し立てていた。
……気分転換に出たのに結局悩むんじゃ意味ないな、とこっそり溜め息を吐く。
でも実際あんまり待たせるわけにはいけない。
もういっそのこと、断った方がいいのだろう。「好き」だと言ってくれた彼に、「好き」だと返せないのなら。
それはそれで、すごく言いにくいことだけど。
でもここまで悩んでもわたしに羽が生えてくれないんじゃ、そう言うしか――
――ひょっとしたら、わたしは誰かを特別に想うことができないのだろうか。
そんなことを桜が囁いた気がした。
途端、うっすらと寒い感触が背筋に走る。
そんなことはないはずだ。だってわたしは好きに憧れてて、そして恋愛作品に触れたらドキドキも伝わるもの。
だけど。現実として、好きなはずの彼の告白に、羽が生えてくれなくて。
……「好き」、って、なんなんだろう。
手の届くところまで来てるはずのそれが、どうしてこんなに遠いんだろう。
恐ろしい想像から目を逸らすように、わたしは空を見上げる。
花弁はまだ枝にしがみ付いている。風に吹かれながらも、危なげにさわさわと揺れていた。