リンガイア王都の外れに小さな教会がある。かつては訪れる信者も少なく、老朽化による打ち壊しさえ検討されていた建物だ。しかし大戦を経て人々の見る目が変わった。
 超竜軍団の猛攻を受けても焼け残り、ピラァ投下の衝撃からも難を逃れた古い教会は生き残ったリンガイアの民達の寄る辺となった。衣服はおろか日々の糧さえ満足に行き渡らぬ厳しい日々を人々は懸命に生きた。
 大魔王が倒されて数年、再建された城塞の片隅に今も教会はひっそりと建っている。小さくて古い、しかし壁や屋根を焼かれてもなお崩れず立ち続けるその姿は、リンガイアの復興のシンボルとして広く民に愛されている。
 ヒュンケルは教会の裏手に回った。着々と復興が進む街の中で、今この場所は身寄りのない子ども達の受け入れ先となっている。定期的に運び入れている各国からの支援物資の分配は、いつもどおりポップと僧侶らに任せてきた。薄く雪が積もった地面の上に、ヒュンケルは躊躇なく跪く。そこには、無数の細長い板が立てられていた。大戦で命を落とした者達の墓標である。
 建物が残ったといえど、教会周辺の住人全てが助かった訳ではない。地下壕に逃げ込んだ人々は、竜の吐き出す炎に空気を奪われ、高熱に苦しみながら力尽きていった。この墓標はマルノーラ遠征途中で戻ってきた戦士団が立てたのだと聞いている。むごたらしい亡骸を壕から運び、埋めるのはどれほどの哀しくむなしい行為であっただろうか。出会った当初のノヴァがあれほどに頑なだったのも今はよく分かる。墓標に祈りを捧げながら、ヒュンケルは戦いの日々を思う。ここに眠るのは自らが奪った命ではない。だが彼らの命を奪った魔王軍に自らの意思で属していたのはまぎれもない事実だ。己が犯した罪から目を背けるなと、静かに並ぶ墓標の下から厳しい声が聞こえてくる気がした。
「ヒュンケル」
 背後からの声に振り向く。そこにはポップが立っていた。ヒュンケルが物資の分配を手伝わないことをポップに咎められたことはなかった。一人祈りを捧げるヒュンケルをいつもポップはじっと見守り、頃合いを見計らって声をかけてくる。
「作業は終わったのか」
 問いかけにポップは頷きを返す。そしてすたすたとヒュンケルの元へと歩み寄った。
「なあ、あの木の根元。気づいてたか」
 指差す方向に目を向ける。墓標の奥に一本の高い木があった。この木もまた戦災を生き抜いた命として教会関係者や子どもらが大切にしているものだ。ヒュンケルは目を凝らし、根元を見つめた。冬でも枯れぬ木の葉に守られているのか、他に比べて雪が少ない。がっしりと大地を掴む根の近くに、ヒュンケルはふわりと揺れる花を見つける。
「ヘレボルスか」
「難しい名前知ってるんだな」
 ポップは笑い、木の下へと向かう。ヒュンケルもそれに続いた。白い儚げな花弁が、雪の冷たさに負けず大きく開いている。
「この辺じゃ雪起こしって言うんだってさ。さっき子どもらが教えてくれたんだ」
 明るく人なつっこいポップは子ども達からも良い兄貴分として人気がある。早い春を告げる花が咲いたことを皆我先にと彼に教えたのだろう。無邪気な子どもらの顔を想像して、ヒュンケルの口元が弧を描く。
「そんでさ。『お菓子のお兄ちゃんにも教えてあげて』って言われたんだ。いつもお祈りに一生懸命で絶対気づいてないだろうからって」
 ニッと悪戯っぽく笑いかけられ、ヒュンケルは言葉を失った。物資の中に私的に購入した菓子類を混ぜていたのを子どもらにまで知られているとは思わなかった。お前が言ったのか、とポップに問えば「違うよ」と笑われる。
「だいぶ前だけど、お前転んで泣いてた子に飴玉あげただろ? それと同じものがいつも入ってるからってさ。すげえよなあ、子どもの観察力って。なあ? 『お菓子のお兄ちゃん?』」
 ほわりと頬が熱くなるのを感じる。ポップが楽しげに覗き込んでくるのを押し返した。静かな墓地に弟弟子の笑い声が響く。常ならば不謹慎だと窘めるけれど、白く清い空間に明るく優しい笑い声は何故かとても似合いな気がした。
「……教えてもらった礼をしてこなければならないな」
 ヒュンケルの言葉にポップは大きく頷く。
「ついでにちょっと遊んでやってくれよ。あいつら体力底なしでさあ。無限に高い高いやらされるんだぜ」
「高い高い? ずいぶん小さい子向けの遊びだが」
「トベルーラのオプション付きだからな。子どもどころか僧侶さん達まで目ぇキラキラさせてるときがあるんだぜ」
 なるほど、とヒュンケルは笑う。子どもらを無意識に威圧してはならないとできるだけ接触を避けてきたが、弟弟子に協力を仰がれては断る訳にはいかないだろう。
「では全力で挑まねばならんな」
「おうよ。よろしく頼むぜ、お兄ちゃん」
 やめろ、と頭を小突くとポップは照れたように笑った。軽くじゃれ合いながら二人は教会の中へと入って行く。明るい笑い声が遠ざかっていくのを、墓標と大樹と白い花が静かに見送った。
 
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