頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。
今回のはじめのキーワードは「太鼓」。
太鼓って不思議だよね。叩くだけなのにたくさんの色が出る。打楽器は面白いと思います。ダラブッカとかね。ラミスさん好きよ。たぶん知らない人がほとんどだろうけど。
太鼓を叩いたときの音って、思ったよりも大きく強く響くよね。スピーカーじゃ再現できない重みみたいな。あれも好き。
でっかいやつを、どーんって叩いたときの音。空気が震えてる感じがする。心臓に直に響く感じもする。あれ心臓弱い人はだめなんだろうな。だってものすごいエネルギーだもの。
エネルギー。良いものにはなんでもとにかくすごいエネルギーが伴っているように思うよ。パワーを感じる。そうでなくては、良いものにはならない、良いものはできないということなんだと思います。
僕も何か良いものを作ろうとするのなら、やっぱり相応のエネルギーを注入してやらなくちゃだめなんだと思うよ。たぶんね。自分で楽しむ分には、そこまでする必要はなかったのだとしても、評価を求めようと思ったら、他人から認められようと思うなら、そのときは全力で自分に持てる限りのすべてのパワーを注ぎ込んで、作品のエネルギーを高めてやらなくちゃいけない。
だから体力をつけなくちゃ。たくさん食べて、たくさん歩いて、たくさん寝て、それで、また明日。歩いた分だけ自分の体は前に進んでいるんだもの。
前へ。前へ。後ろを振り向くことも大事。横を見たり、空を見上げたたり、足跡をたしかめることも大事。全部大事。前に向かって進みながらも、ほかのことだって目を離しちゃいけない。見逃さないように。だって全部たいせつな世界なんだから。
この世界のことはわりと好き。だけど、消えてしまいたいとも思っている。矛盾をはらんでこその人間だと思う。好きで、嫌いで、どうしようもなくて。だからこそ愛おしくて、どうでもいいと思えてしまう。
私の本心は何? それが見えないのが嫌だったけれど、最近はそうでもない。本心なんてどこにもなくて、強いて言うならすべてが本心で、時々百八十度くるくる回ってしまったりする。
揺れ動いて、流されて、ころころ意見を変えて。でも、それでも、全部まぎれもない本当の自分なんだ。
どれ一つとっても嘘なんてありえない。全部愛して。外ならぬ自分自身を。
良いところも悪いところも、なんだって知っている。だって自分自身なんだから。嘘。本当は知らないことばっかり。俺は俺のことさえ何もわからない。でもそれでもいい。理解する必要はなくて、ただ愛すればいい。たやすいことだ。
愛。愛ってなんだろう。自分に対する愛ならわかるよ。あふれかえっているもの。
だけど、人に注ぐ愛とは? 僕は人を好きになりたいのでしょうか。人を愛したいのでしょうか。愛することができるのでしょうか。誰かを好きになりたいのでしょうか。
わからない。わかりたいと思う。俺の本当の気持ち。誰のことが好きなのか、誰のことを好きになりたいのか、本心はいったいどこを向いているのか。
わからない。全部。何もかも。
それでもいいと肯定してあげる。俺は俺だから。きっとそれでいい。そう信じているだけ?
自分の信念ともいえるような、「これでもいい」という頑なな意思。まだきっと心の中に残っている。いつまでだろうね。そんなのわかりやしないけど。
俺は俺でいい。それだけはたぶん、確かだと思う。ああ、でも、そんな考えでさえも、時間が経ったら変わってしまうのだろうか。
変わってしまうことは恐ろしい。恐ろしい? 本当に? 俺は恐れているのだろうか。やがて来る変化を楽しみにするのではなく、ああ、そうかもしれない。僕は停滞を望んでいる。
ずっとこのまま、空を見上げて居られればいいのに。