ヴー、というバイブレーションの音で目を開ける。室内は暗く、カーテンの隙間から外を見てももちろん暗い。本来起きる時間ではない深夜にアラームをかけたのにはちゃんと理由がある。ねむい…寝てしまおうか、と一瞬過ぎったが数回目を擦ってなんとか体を起こした。既にタイマーをかけている暖房が切れた部屋の空気がキンと冷えていてぶるりと震える。
「………」
明日は蒼斗の誕生日だ。蒼斗の家に泊まりにきて、じゃあおやすみ、と電気を消したのが二時間近く前の話になるだろうか。蒼斗が眠るベッドと並ぶように床に敷かれた布団から上体を起こし、蒼斗の顔を覗き込む。すぴ、と心地良さそうな寝息を立てて完全に熟睡しているかわいい寝顔だ。……じゃなくて。寝顔を楽しんでいると日付が変わってしまったらしく、枕元にある蒼斗のスマホが光り数回通知音が鳴る。吹部や蒼斗の友人たちからの誕生日祝いのニャインだ。
「ん……んん…?」
その通知音で意識が浮上したのか蒼斗が先程の俺と同じように目を擦って、
「っわ」
「んっ?」
「ん?じゃなくて……びっくりした…なに…」
真っ暗い中で自分を覗き込む人間の影が浮かんでいたら確かにとんでもなく驚くな。俺だったらとりあえず枕で殴っていたかもしれない。顔を擦ってむにゃむにゃと口を動かして掛け布団を捲り隣を叩いた。お邪魔します。促された通り隣に潜り込むとすぐに蒼斗の腕が回ってきた。あ、暖かい。
「どしたんすか…眠れない?」
「いいや…あ、こら」
「なんすか…おれのすまほ…」
今もなお通知音がするスマホを探っている蒼斗の手からスマホを遠ざけると勢い余ってヘッドボードにぶつかった。
「蒼斗、誕生日おめでとう」
「おめでとう…ありが……え?たんじょうび…あ、俺の誕生日」
「忘れてたのか?」
寝ぼけ眼で返事をしかけた蒼斗がはっと目を開ける。よしよし、と頭を撫でるとちょっとはにかんで改めて礼を返してきた。一番に言いたくてこんな時間になんとか起きたのだ。泊まっているのだから朝言ってもよかったが、俺と会話する前にスマホを見られて他の誰かに先を越されたくなかった。
「おめでとうって言うために起きてくれたんすか」
「ん」
「うれしいっす。あざす」
ふふ。ちょっと照れくさそうな、でも「うれしい」を隠さない蒼斗の反応に満足した。蒼斗の背中に腕を回すと額に唇があたる感触と共にちいさなリップ音がした。蒼斗のベッドの中が温かくて、忘れかけていた眠気が再び顔を出す。
「おやすみ」
「ん…」
自分の布団に戻った方が良いんだろうが余りにも心地良くてそのまま目を閉じる。微睡んでいると蒼斗の手が先程遠ざけたスマホをとり、通知を確認している気配がする。ふふ、という小さな笑い声をBGMにしてそのまま眠りについた。
一月十日は蒼斗の誕生日であり、世間では成人の日。三連休の最終日だ。学校は休みだが練習がある。昼過ぎに集合がかけられているが俺は別件の用事があり、蒼斗は玲音たちに呼び出されているらしく昼前に同時に蒼斗の家を出る事になった。
「俺は…一緒で嬉しいんすけど、先輩はいんすか、走りで。遠いけど…」
「ああ。長めのロードワークだと思えば、まあ」
蒼斗の家から学校までだいたい十キロ、自転車を借りてと言う手段もあるがたまには朝から走ってみるというのも悪くない。ジャージに手袋、制服と楽譜と筆記用具の入った鞄を背負い家を出る。寒い中でいきなり走るのは良くない、としっかり柔軟で解してからシューズのつま先でアスファルトを叩いた。もちろんスピードは調整してくれたのだろうが、通学路の三分の一を走ったところでうっすら後悔した。
「お…は、ゲホッ!」
「…おはよう。どうした」
「いや…走って来ただけで…ゼェ…」
「蒼斗の家遠いからな。お疲れ」
別に、蒼斗の家からきたとは一言も言っていないが勘のいい愛実に言い当てられてつい黙ってしまった。
夜中に了太郎先輩に言われるまで今日が誕生日だと忘れていた。妙にソワソワしているなとは思っていたが、まさか夜中暗闇の中で見下ろされているとは思わず変な声が出たが。腕の中で寝落ちした先輩の髪を触りながらスマホを見ると沢山通知が来ていて心の中がむず痒い。朝起きていつも通り…いや、先輩も一緒だからいつもよりは少し抑えめに走って学校に行くと約束通り玲音先輩と幹雄先輩に呼び出された通りの場所にいくとめちゃくちゃ美味いうな重をご馳走になってしまった。夜になっても思い出すと口の中が幸せだ。皆が企画してくれてくっつりやでのパーティも開いて貰い、たぶん、今までで一番人に祝って貰った誕生日だったと思う。
昨日の夜は先輩が泊まりに行きたいと言ってくれたからふたつ返事で歓迎して、今日は俺のわがままで泊まってもらう事にした。誕生日の家族団欒に邪魔するのは、とずっと言っていたけれどなんとかお願いしたのだ。くっつりやで晩飯も済ませ、家に帰って部屋に戻ると先輩がひとつの包みを鞄から出して俺に差し出す。
「これ。遅くなったけど誕生日プレゼント」
「あ…ありがとうございます」
「いいか。俺が居ない時に開けろ。そして中身に関する感想は何も言うな」
「えっ…なんで」
「…なんでも」
了太郎先輩の事だから多分、俺が想像している倍の時間悩んで選んでくれたのだろう。すぐ開けて見たいけれどそこまで言うなら…後でこっそり先輩の目を盗んで開けてみよう。風呂入って布団を敷こうとしたが、了太郎先輩が難しい顔してレポート用紙を広げていたからそれは後にした。
「課題?」
「いや、康人の推薦文」
「ああ…選挙の」
「そう」
年を越し、次の生徒会選挙が始まるらしく立候補者や推薦者は忙しく駆け回っている。吹部からは宗州と康人がそれぞれ書紀と会計に立候補する事になり、了太郎先輩が康人の推薦文を書く事になった。「先輩の推薦が貰えたらもう貰ったようなものでしょ」と笑っていたのが記憶に新しい。忙しそうだな、と一旦布団を脇に寄せ、今日貰ったプレゼントを開封する事にした。先生から貰ったスポーツドリンク、いづるのチョコレート味のプロテイン、それにアロマ…蒲焼くんが、え、どこで売っているんだ、こんな量…業者から直接?いくみ先輩から貰ったうさぎの練り切り、さっき先輩に貰った包み。あ、と先輩を横目で見たが推薦文に悩んでいるらしくこちらの視線に気付いていない。極力音が鳴らないようそろそろとテープを剥がし、包装紙をほどいた。ハンカチだ。パンダの…かわいい。そういえばこの前パンダの動画を見たとか言っていたな。かわいい。パンダのハンカチもそうだがこれを選んだ了太郎先輩もかわいい。確かに先輩はかわいいものを選んでそれを指摘されるとちょっと照れている。恥ずかしいから隠したかったのか?それにしても随分念入りに…しかも何も言うなと言いつけて。ちょっと不審だったが、その理由はすぐにわかってしまった。綺麗に畳まれたパンダのハンカチの中に何か硬いものが入っている。開いてみるとそこにはシルバーの指輪があった。
「……これ」
「あっ」
先輩が隠しておきたかったのはこれか。部屋の電気にかざすと俺がプレゼントを開けてしまったのに気付いた先輩が唖然とした顔でこっちを見ていた。
「なん…見…おまえ……」
「あ、すんません見ました」
「見ましたじゃないだろう…」
わあ、指輪だ。すごい、まじか。ちょっと驚いていま頭真っ白で。語彙もどうにかなってしまったらしい。
「いや、違うんだ。そういう重いものじゃなくて、これはなんというか、おまけ…そう、おまけで」
「サイズぴったりすね。いつはかったんだろう…全然気付かなかった」
「あ…その指に…」
「違う?」
「や…あってる……あってるけど…」
なんの疑いもなく左薬指に指輪を嵌めてみたらぴったりだった。浮かれる俺とは対称に、先輩の言葉尻が弱々しく、じわ、と顔が赤くなっていった。顔どころか額や首まで赤くなってゆく。これはおそらく、先輩は未だかつてないほど照れている。
「ちょっと…浮かれて……引くほど安いものなんだ、だからそんなに大事にしなくていいし、なんなら気が済んだら捨てたって」
「絶対大事にしますよ」
「………大事にするならやめておけばよかった」
「なんで」
「………」
了太郎先輩は恥ずかしくなるとなかなか目を合わせてくれなくなる。それもまたかわいくて心臓の奥がきゅうとなった。一旦ハンカチをテーブルに置き、足の間に先輩を引き寄せた。
「先輩の分は?」
「ない…その。本当に衝動買いだったんだ。喜ぶかどうかなんて全然考えてなくて、ただ俺の自己満足で」
「嬉しい。なんでそんな恥ずかしがるんすか」
ぺん、と手のひらで顔を押される。そのままその手の中心にキスして手を握り込んだ。なんで、と聞いたものの、先輩は尚照れてあの、とかその、だって、を繰り返している。
「つ、つ、繋ぎ…とめておこう…とか、そういう…重いじゃないか」
「俺はもうせんぱいのものっすけど」
目どころか顔まで逸らしてしまったから目の前に晒された首筋に口付けると腕の中の体がぶるりと震えた。先輩から返ってくるものに重いとか軽いとか考えた事はないが重ければ重いだけ貰えるものも多くなる気がするからそれも嬉しいのに。
「かわいい。好きです。一生大事にします」
「ええ…」
なんで引くんだろう。そんな疑問が顔に出た。
「本当に引くほど安物なんだ。一生の時はもっと……………いや、なんでもない」
そすね。これも一生大事にするけど、次一生大事にするもの買う時はふたりぶんにしよう。こつん、と額を合わせるとようやっと目線が重なった。
と、いうやりとりをしたのが七年前。よく覚えている。あの瞬間が当時一生で一番恥ずかしいときだった。安物の指輪を渡してどんな顔されるのか怖くて、でももう包んでしまったから開けるなんて出来なくて、仕方なく包んでもらったまま渡したら金塊でも手にしたかのようなキラッキラした目で喜んでいた。七年前の事でも昨日の事のように思い出せる。当時ただただ若かったが、大学を卒業し公務員となった今、ちゃんと、かつしっかりした指輪を買えるようになった。あの時渡した子ども騙しのような指輪でも蒼斗は言った通り本当に大事にしてくれたのだ。嬉しいが、やはりあいつも社会人になった今、ちゃんとしたものをプレゼントしようと思ったのだ。
「なのにどうして……」
「まさかタイミングが被るとは」
そう、被ってしまった。蒼斗の誕生日に合わせて指輪を用意したところ、何故か蒼斗も同じタイミングで指輪を買ってしまった。渡したいものがある、俺も、とビロードのケースを開けた瞬間顔を見合わせる。
「蒼斗の、誕生日だろう」
「了の人生をくださいって言うつもりだったから…だから買いました」
人生を……言われた言葉の衝撃につい黙ってしまった。お互いにどうしてそっちが買うんだ、とぶちぶち言いながらお互いの左薬指に指輪を通す。日本では珍しいが海外では婚約指輪と結婚指輪で二個つけているというい話もあるし、ふたつつけていても間違いではないだろう。生まれてからずっとここにありました、と言えるほど、薬指に馴染んでいて思わず口が緩んだ。
「今日は赤くならないんだ?」
「いつの話をしているんだ」
「十八?」
「俺はもうかわいい十代じゃない」
「いくつになってもかわいっすよ」
「…そういうのはいらない」
蒼斗の手が俺の左手の甲を撫で、指を絡める。そのまま顔を寄せ唇がやわく重なった。ふたりで暮らす部屋の中、いつもの日常。指輪があるだけで、それがやけに神聖なものに思えた。
かんせい!見守って下さった方ありがとうございました!ぴくしぶに上がるよ!日付変わる前に間に合うかしら!23:45←now
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初公開日: 2022年01月10日
最終更新日: 2022年01月10日
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コメント
蒼斗の誕生日中に終わるのか否か…熾烈な(自分)との戦いが今始まるー…!
牛たかエッチな加筆部位
エッチなシーンを書く事にしたけれど本編は全年齢向けだった…どうするつむじくん!そうだ!エッチな部分だ…
高柳つむじ
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高柳つむじ
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