タチバナと言えば、言うまでもなく高性能端末・NAVIを開発し、民間に普及させた大企業だ。ものの例えではなく事実として、タチバナは現在のこの情報インフラの、ひいては一大メタバースである「ワイヤード」の生みの親……つまり、世界の創造主、神と言っても過言ではない存在だ。
 だからこそ、タチバナには黒い噂が絶えない。試作品の精神安定機器を使っていたカウンセラーが自分の頭をモニターに突っ込んで自殺しただの、超能力を持った子供を集めて人体実験をしているだの、まさに都市伝説のよくあるパターンの見本市と言った感じだ。
 ……だからこそ、その中にはいくらかの真実が含まれているのではないか、そうした噂は事実を隠蔽するためのカバーストーリーなのではないか、そう疑う者も少なくはない。俺もその一人だった。
 タチバナの社員らしいユーザーのIDは巧妙に隠蔽されていたものの、IDそのものを改ざんすることは不可能だ。そのため、少なくともこの情報を提供したユーザーがタチバナの社員であるということは確実だと思っていいだろう。今、この時点でもまだ社員かどうかはわからないが……。
 となれば、気になるのは提供された情報の内容だ。
 内部スキャンダルのリークか、はたまた新製品データの横流しか。久々のスクープの予感に柄にもなく胸を躍らせながら開封したメールの内容は、果たしてたった1行のテキストと、数KBのテキストデータだけだった。
 文面はこうだった。
 
『私は、女神を見た』
 
 そう、私は女神を見た。
 ワイアードという、全てが0と1のデジタルデータに還元される世界にあって、確かに神であるという、神としか言えない存在を見たのだ。
 その時私は、新型の疑験装置のテストを行っていた。
 
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