「申し訳ないが、君は僕の好みじゃないから。お断りする」
 また断られた。
 なんで?やっぱり可愛くないから?
 私の好みは、顔が綺麗で、明るい人。
 パーティーに行くと、そういう男性に惹かれてしまうんだけど、いつも断られてしまう。
 お父様が私に見合った相手を選んでくれるんだけど、そういう相手はなんか好きじゃないの。
 
「マルタン!聞いて、また振られたの!」
 パーティーから戻ると、私はすぐにマルタンに愚痴を聞いてもらう。
 マルタンは、私が十歳の時からいる使用人で、記憶を失って彷徨っているところを私が見つけて保護した。
 黒髪に黒い瞳、地味な顔。
 
「お嬢様。私の仕事が終わるまで待っていただけますか?」
「え~、私の愚痴を聞くのだって仕事だよ」
「そうはいきませんから」
 マルタンは頭がよくて、仕事を覚えるのが早かった。
 育ちもよさそうだったから、身元を探してみたけど、見つからずうちで引き取ることになった。
 執事のジョンに気に入られて、彼の後継として教育を受けている。
「マルタン。後は私がしましょう。君はお嬢様の話を聞いてあげなさい」
「それはできません」
「そうじゃないと、お嬢様はずっとここから離れませんよ」
「邪魔よね。私。マルタン。仕事終わったら、教えて。私、部屋に戻るわ」
「マルタン」
「わかりました。お嬢様、それではお相手しましょう」
「わーい。ありがとう」
 ジョンは優しい。
 マルタンは堅物なので融通が本当に利かない。
 だけど、いつも話を聞いてくれてくれるので、好き。
 好き、好きって、友達とか兄弟としての好きだから。
 私、兄弟がいないから、マルタンは私の弟みたいな存在。
 私がマルタンに向ける好きは、その好き。
「……お嬢様。そろそろパーティーで告白するのはやめた方がいいと思いますよ。前から言ってますよね?やはり私も一緒に行きましょうか」
「ううん。必要ないわ。お父様と二人で大丈夫だから」
 以前マルタンを連れて行ったら、マルタンのことばかり色々な人に聞かれて、本当に面白くなかった。
 マルタンはこんなに地味なのにどこがいいんだろう?
「お嬢様?」
「なんでもないわ」
「お嬢様。本当にやめた方がいいですよ。だいたい、お嬢様には沢山のお見合い相手がいらっしゃるでしょ?パーティーでお相手を探そうとしなくてもいいのではないですか?」
「だめ。お父様が選んでくる人はみんな真面目そうで、つまんないもの」
「つまんないって。お嬢様。結婚は遊びではないのですよ」
「わかってるわ。だけど、恋愛って楽しそうじゃないの。デートしてみたいわ。華やかな人と」
 そう言うとマルタンは黙ってしまった。
「マルタン?」
「さて、私は仕事に戻りますかね。お嬢様、次は私も同行しますから」
「えー。だめよ。絶対にだめ」
 
 マルタンに来てほしくないって思っていたけど、次の機会は永遠に訪れなかった。
 ある日、マルタンを探しに隣国から使者がやってきたのだ。
 どうやら、彼は隣国の王子だったみたい。 
 目を白黒させている私たちの目の前で、マルタンは隣国に戻るつもりはないと主張していた。
 ってことは、マルタンは記憶があったってこと?
 なんで、記憶喪失のフリしたの?
 っていうか、王子様が使用人の真似事を五年もしてるって。
 両親は顔色を失っていて、私も蒼白、屋敷の使用人たちも同様だった。
 
 だけど王子を使用人として扱っていた私たちにお咎めはなく、マルタンは使者の説得に応じたのか、いつの間にか戻ることになっていた。
「皆さん、長い間ありがとうごさいました。落ち着いたら連絡します」
「マル、いえ、殿下。長い間申し訳ありませんでした」
 両親は深々と頭を下げ、私も慌てて頭を下げた。
 
「謝る必要はありません。私は好きでここにいましたから。楽しかったです。五年間」
 そう言われて、急に悲しくなった。
 マルタンはずっと私の話を聞いてくれた。
 明日からマルタンがいなくなると思うと、悲しくて涙が出そうだった。
 けれども泣くわけにもいかず、必死に涙を堪える。
 
「お嬢様。顔を見せてくださいませんか」
「お、お嬢様なんて。メリナ。顔をあげなさい」
 お父様がそう言って、私に顔をあげるように言う。
 あげたら泣いてしまうと思ったけど、殿下の願いを断るのは不敬罪だ。例え隣国でも王族なんだから。
 顔を上げたら、やっぱり涙腺が緩んでしまって、ちょっとだけ涙がでた。
 それ以上こぼれないようにしてたから、物凄い顔をしていたと思う。
「お嬢様、いえ、メリナ」
 
 マルタンは初めて私の名前を呼んだと思う。
 彼はとても綺麗な微笑みを私へ向けていて、胸が痛んだ。
 だけど、涙を堪えるので必死で、その胸の痛みの意味を考える暇はなかった。
「さようなら。また会いましょう」
 マルタンはそう言って、使者と一緒に馬車でいなくなってしまった。
 ★
「ブルノ―王子、いよいよ婚約ですって」
 十六歳になって、学校に入った。
 貴族の子息と子女が通う礼儀を学ぶための学校だ。
 三年通うのが普通で、私は入学した時から、ちょっとした有名人だった。
 それはそう。
 パーティーで軟派な男の人ばかりを追いかけていたから。 
 マルタンのことは、隣国の王子を使用人として働かせていたなんて不名誉なことだから、秘密にされた。
 知っているのは自国の王族と、隣国の王族とごく一部の高位の貴族だけだ。
 私はマルタンが隣国に戻ってから、すっかりパーティーに行かなくなった。
 今まで好きだと思っていた男性を見ても魅力を感じなくなったからだ。
 かといって、お父様が紹介してくれる人に興味が湧くわけでもない。
 私の胸にはマルタンだけが残り、それは傷跡のようになってしまった。
 
 マルタンのこと、弟の好きだと思っていたけど、それは誤りだった。
 それに気が付いたところで意味はないけど。
 十七歳になって、私の噂が下火になったころ、マルタン、隣国の王子ブルノ―殿下の婚約の話が飛び込んできた。
 隣国に戻ったマルタンは、私たちの家にいた時とは別人のように社交界で活躍していて、私のところまで噂が広まってきた。地味だと思っていたのだけど、流れてくる姿絵は華やかなものばかり。
 使用人として地味であることを意識していたんだなあと、彼の絵姿を見る度に申し訳なくなった。
 地味とか、真面目とか彼に言ってきたけど、酷いこと言ったなあと後悔することも度々ある。
 だけど、私にとって、マルタンは絵姿の華やかな殿下ではなく、執事見習いしていたマルタンで、絵姿のマルタンを見ても想いは込み上げてこない。
 そのほうがいい。
 私はもう十七歳。
 早く結婚相手を探さないといけない。
 マルタンが十八歳だと知って、驚いたけど、彼はあんなに頭が良くて、大人っぽかったから、当然かもしれない。
「メリナ。隣国に留学にいかない?今年から半年くらい留学制度があるんだって」
 私の噂を気にしないで付き合ってくれた貴重な友人、サビーナから言われた。
「気になるんでしょ?ブルノ―殿下」
「ど、どうして」
「腐っても私は公爵令嬢よ。当たり前でしょ」
「そうだったわ。ごめんなさい」
 サビーナは私なんか、どうして相手にしてくれるの?って思うくらい、私より上の高位貴族だ。
 私は男爵令嬢だから、その身分の差は大きい。
 だけど、彼女は私と仲良くしてくれる。本当に嬉しい。
「でも、留学できるのは、高位貴族だけでしょ?」
「そうよ。だけど、私があなたを連れていくことはできるでしょ?」
 サビーナに誘われて、彼女の推薦ということで、私も隣国へ留学した。
 王様にご挨拶、それからサビーナが公爵令嬢ということもあってから、パーティを開いてくれた。私は緊張しっぱなしだった。
 そこにマルタンもいた。
 だけど、本当に違う人みたいだった。
 華やかでキラキラしていた。
 マルタンは第二王子で、王や第一王子と違って黒髪に黒い瞳。
 どうやら、お母様に似ていたみたい。
 王妃であるお母様は、二人の目の王妃。第一王子は最初の王妃様のお子様。
 マルタン、七年前に行方不明になってからずっと探されていたみたいだった。 
 お父様もマルタンの身元を探っていたみたいだけど、見つからなかったって言っていたけど、どうしてだろう。
 その謎はサビーナによって説明してもらった。
 マルタンは誘拐されて、私たちの国へ連れてこられてみたい。
 そこで、なぜか彼だけはぐれて、行方不明に。多分殺されそうになってマルタンが逃げ出したのではって言っていた。
 それから誘拐の罪が前王妃にあるとわかって、彼女は流刑の罪で、僻地に送られたみたい。
 
 第一王子は優秀な方で、マルタンとも現王妃様とも仲がいいみたいで、ほっとしている。
 もうマルタンに危害を加える人なんていないだろう。
「メリナ。ほら、ブルノ―殿下に挨拶に行きましょう」
「う、うん」
 私たちは留学生だ。
 王族を避けるのは不敬だ。
 王様と王妃様には既に挨拶をしたので、次は第一王子と、マルタン、ううん、第二王子のブルノー殿下に挨拶する。
 
「初めまして。メリナ・ヘリッサです」
 私たちは初めまして、で、なければならない。
「初めまして。私はブルノ―だ」
 マルタンはキラキラと輝くような微笑みを見せる。
 こんな笑顔を見たことなかったけど、胸がドキッてすることはなかった。
 私が好きだったのはあくまでもマルタンで、ブルノ―殿下ではなかった。
「メリナ嬢。一曲いかかが?」
 音楽が流れ始め、マルタン、ううん、ブルノ―殿下に誘われる。
 断るのは無理なので、一曲だけ踊ることにする。
 
「メリナ嬢。元気だった?」
 マルタンならそんなこと聞かない。
 やっぱりブルノ―殿下は別人だ。
 とてもかっこよくて、以前好きだった軟派な感じだけど、私が好きなマルタンではない。
「ええ。ご心配ありがとうございます。ブルノ―殿下」
 
 そう答えると、ブルノー殿下は眉を潜めた。
 それから、彼は私のドレスを褒めたり、気取った言葉をかけてきたけど、私の心には響かなかった。
 マルタンはいなくなってしまった。
 よかったかもしれない。
 そんなことを思って、一曲を踊り終えようとしたのに、彼は私の手を離さず、次の曲に入る。 
 二曲までいい。 
 三曲踊ったら勘違いされてしまう。
 そんなのブルノ―殿下なら知っているはずなのに。
 私は冷や汗をかきながら、踊り続ける。
「……どうして、そんなに他人行儀なのですか?」
 ふとブルノ―殿下がそう言葉を漏らし、彼を凝視してしまった。
「あ、えっと」
「マルタン」
「やっと呼んでくれました」
「……もしかしてブルノ―殿下と呼ばれるのは嫌だったの?」
 彼がマルタンに戻ったような気がして、私の口調も砕けたものになる。
 私たちの会話は周りに聞こえてないはずだ。
「嫌じゃありません。ただ、お嬢様、あなたにはマルタンって呼ばれたいんです」
「お嬢、やめてよ。殿下」
「そうだね。メリナ嬢」
「……本当はどっちなの?マルタンの時は無理をしたんでしょ?」
「いいえ。全然。今の方が無理をしてる。メリナ嬢は、こういうほうが好きだと言っていたから」
「それ、違うの。全然、違うの?」
「どう違うの?」
「ブルノ―殿下。からかうのはやめてください。あともうすぐ曲が終わってしまう。次は別の方と」
「嫌です。お嬢様。別れてからずっとお嬢様のことを考えていました。だから、お嬢様に好かれるために、お嬢様が好きだった男性の真似をしたんです。おかげで少し面倒なことになりましたが、お嬢様がきてくださいました」
「……マルタン。ブルノ―殿下。混乱させるのはやめてください。ほら、終わります。次は」
「嫌ですよ」
 二曲目が終わったのに、彼はそのまま三曲目を私と踊る。
「だめだから。婚約者の方を踊らないと」
「いませんよ。そんな人」
「え?」
「でっち上げです。いえ、いますね。今私と踊ってるあなたが私の婚約者です」
「マルタン。変な冗談はやめて」
「冗談じゃないです。なぜ、私が戻ったからわかりますか?第二王子だとあなたに結婚を迫ることができるからです。ずっとあなたのことが好きでした。私はあなたの好みではないは知ってます。だけど、どうか。私の妻になってくれませんか」
 マルタンの黒い瞳が真っすぐ私に向けられる。
「喜んで」
 何も考えずに、そう返事をしていた。
「嬉しい。これで変な真似をしなくても済みます。私はあなたの好みではないでしょうけど、もう離しませんから」
「あの、それ、勘違いなの。ずっと好みって思っていたけど、違ったの。私もずっとマルタンのことが好きだったみたいなの」
「本当ですか?それは嬉しい。嘘でも嬉しい」
「嘘じゃないわ」
「散々私に愚痴ったのに?」
「あれは悪いと思っているわ」
「じゃあ、これからは私の事だけ話してくださいね」
 三曲目の終わりに、彼は私に口づけを落す。
 その途端、会場は騒がしくなった。
 その日、私はブルノー殿下の婚約者になり、一年後結婚。
 妃となった。
 ブルノ―と呼び慣れてないけど、マルタンと公式で呼ばないようにと、普段でもブルノ―殿下と呼ぶようにしている。
 彼は無理に派手に振る舞うことはなくなり、私への愛で彼が変わったと歪曲した物語が巷では流行っているらしい。
 真面目で、地味な彼が私はやっぱり好き。
 なので、元に戻ってくれてとても嬉しい。
 
 妃として足りないことも多いけど、ゆっくり学んでいけたらと思っている。
(おしまい)
 
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向き
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書きたいので書く
初公開日: 2026年04月11日
最終更新日: 2026年04月12日
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