野分すぎてとみにすずしくなれりとぞ思ふ夜半に起きゐたりける
外でごうごうと絶え間なく吹き付けている風の音が、甚だ耳を衝く。
はぁ、と溜め息。消灯し床に就いたはいいものの、ここまで上陸してきた台風がうるさすぎてどうにも眠れない。おかげで手持ち無沙汰なものだから、雨粒が叩き付けられ風にがたがた震える窓とその外を、なんとなしに眺めていた。
まぁ、音がある分まだ気が紛れるからいい。胸の中で渦巻くものに、目を向けないで済むから。
今、本当にいやなのは、自分と向き合わなくちゃいけないような暗闇と静寂だった。
とはいえ、あんまり寝付けないと自然とそっちに思考が流れてしまうわけで。
どうしたもんかなぁ、とぼんやり考えていたところで、不意にスマホのバイブレーションが響き渡った。
すぐさま飛び付くと、通話画面に表示された名前は思った通りの人だった。
一呼吸、二呼吸。窓の外みたいな状態になってる心を無理矢理抑え込む。
「もしもし?」
『あ、もしもし、侑? 寝てた?』
その声は、落ち着いた声質なのに妙に上擦っていて、それがなんだかおかしくて仕方がない。
騒々しいとはいえ時間が時間なものだから、隣の部屋に気を付けて声を絞りながら答える。
「寝ようとしてたんですけど、外がこんなだから寝付けなくて」
『私も。その、もしよかったら少し話さない?』
「いいですよ」
その誘いを快諾する。どうせしばらく寝付けそうにないし、それなら暇潰しがてらにこうして話をするのはおかしくないことだ。余計なことを考えずに済むし。うん。
でも。嬉しそうなこの人の声を聞くのは、嬉しい。
「明日学校休みでよかったですね」
『ねー。あったら授業中寝ちゃってたかも』
「私も寝ちゃいそうだなー」
『ここまで台風がくるのって珍しいよね』
「そうですね。大体はこっちくるまでに逸れるか消えるかしてますし」
そうやって、他愛のない言葉を打ち返す。
それが、他愛のないことだというのに何故だか楽しくて。
ついついわたしも、余分に話し込んでしまっていた。
『文化祭、もうすぐだね』
「ですね。設営大丈夫ですかね」
『そうなんだよねー。休み明け大変そうだなー』
「手伝いますよ」
『ありがとう』
気付けば、次第に心の中で渦巻く嵐が、その姿を変えていくのが分かった。
……だめ。
それ以上は、この人は察してしまう。
『……ねぇ、侑』
――一瞬、そんな胸の内を見透かされたのかと、肝が冷えた。
そして続く言葉を聞いて、そんなわがままで勝手に怯えてしまった自分に、無性に腹が立った。
『私はまだ、侑の言ったことが分からない。自分にそんな価値があるのかなんて。でも』
そこで一旦言葉を区切って、震える声で、それでもこの人は言った。
『侑が言ってくれたことだから。信じるよ。……信じたい』
……その、言葉は。
喜ぶべきはずなのに。背中を押すべきはずなのに。
どうしてだろう。
『侑は私のこと、好きにならないでね?』
何故、あの時と重なるんだろう。
それだってわたしから言ったことのはずなのに。
それが苦しくなる。
わがままだ。あなたも――わたしも。
「……劇、成功させましょうね」
絞り出した声に、余分な感情は乗らなかっただろうか。
『うん』
にわかに会話が途切れる。
だから、だろう。
『……あれ、もう台風過ぎた?』
先に気付いた声に、わたしも顔を上げる。
「あ、ほんとだ」
全然気付かなかった。
『それじゃあ侑、付き合ってくれてありがとう』
そう言う先輩は、気遣っているのだろうか、それとも。
「どういたしまして」
いつまでも名残惜しんでしまいそうだったから、わたしは通話を切った。
からりと窓を開ける。雨のにおいと涼しい風が、わたしを撫ぜ付ける。
もうすっかり外は静かになっていた。さっきまでの騒がしさが嘘のように。
でも、わたしの心には逆に、嵐が再び吹き付けていた。
静かな嵐。わたし自身、こわくて見つめられないもの。
ほんとは向き合った方がいいのかもしれない。だけど。
……だめだ。少なくとも、まだだめ。
あの人が大丈夫になるまでは。
あの人は、わたしを信じてくれてるから。
その信頼を、今のわたしは裏切れない。
……そうは思えど、どうしてだろう。
さっきまでの賑やかさが、わたしは急に恋しくなっていた。