「おとうとだって俺と同じに空虚だったのかもしれん。求められる役割を演じただけの。……だが、死んでしまった。今となってはどうでもいいことだ」
尾形は嘘をついている。けれど、嘘の中に一欠片、本当があるのだろうとアシㇼパには感じられた。
あまのじゃく
月もない凍えた夜だ。
「……何してる?」
カチン、パチッ、とかすかな金属音が、闇の雪原に鳴った。
「銃の整備だ。見てわからんか」
アシㇼパの問いに、尾形は視線も向けずにそう答える。〜あとでしらべて書く〜
整備油を指してこれはなんだと少女が問うと、やっと男が顔を上げた。
「杉元がやってるのを見なかったか。……あの馬鹿が」
機械のように正確に動きながら、男の指先はかじかんで震えている。
「中に入れ。こんなところでグズリに襲われたら、お前だって死ぬぞ」
「はは、ちがいねぇ」
夜、一丁の銃を命綱のように抱いて眠るこの男の背中が、ひどく心許なかった。早く。早く整備を終えなければ悪いことが起こる。そう思うのに、アシㇼパはその側を離れられない。
「おとうとがいた」と、尾形は静かに話し出した。
尾形の話は嘘だ、と直感する。けれど、どこまでが嘘なのか、それがわからない。自分の気持ちを覆い隠す術に長けた彼の──いや、ともすると、尾形自身、自分の気持ちを探っているのかもしれない。口に出してみた言葉が真実の響きを持つのかどうか、それを確かめているようにも聞こえた。
「尾形は、……金塊が見つかったら、お前はどうするんだ」
「どこかに引っ込んでのんびり暮らすさ。暖かい海の側がいい。誰も俺を嫌わず、関心を持たない田舎だ」
「自分から嫌われようとしなければ、誰も嫌わない」
そう呟くと、尾形はアシㇼパの瞳を覗き込んで嘲笑した。……そうやって、まるで予防線を張るようにするから、誰のことも信じず、自分を預けないから、誰もが彼につらくあたる。
そんなあまのじゃくには、世界はこの凍える夜のように寂しくつらいものだろう。
そうやって氷の中に両手を沈めて血で汚しながら、何か美しいものを探そうとしている。
「俺のことも哀れんでくれるのか? アシㇼパ。俺が哀れなら、そばにいてくれ。お前が杉元にしたのと同じように」
「……今の私を連れて行っても、役には立たない。アチャのことを思い出すには、まだ」
「違う、そうじゃない。……俺はただ、思い出してみたいだけだ」
真意を計りかねて眉を顰める少女に対し、尾形はふっと目元をゆるめた。
「俺にも思い出させてくれるか、アシㇼパ? 昔の、人を殺す前の俺っていうやつを。誰にも祝福されず、疎まれて生まれた俺にももし何かがあるのなら」
日本から遠く離れた樺太の地で、二人は同じ男の、純粋な目を思い出していた。尾形には、殺人の道理を受け入れ、血で汚れた杉元がアシㇼパにだけ向ける優しげな瞳の、その意味がわからなかった。犬橇の上で少女のからだを抱えながら、もし自分にもそれが得られるならと、空想した。
「私は、……私は杉元を哀れだと思ったことはない。お前も同じだ、尾形」
「ほう?」
「いつだったかアシㇼパを俺に貸せと言ったら、あの野郎、ひどい勢いで殴ったんだ。あいつはずるい、冷酷な男だよ」
「お前たちが私に何を見ても構わない。でも、憧れすぎるとその正体を見失う」
「アイヌのことばか?」
「いや、私だ」
尾形はなにか思案を巡らせるように頭の上のあたりに視線をさまよわせたが、やがてあきらめてふっと顔を歪めた。笑ったのかもしれない。けれどおよそばらばらの、的外れの表情だった。
アシㇼパには急に、目の前の男が無力な生き物であるように感じられた。大きな犬が雷雨に怯えて、ひたすら身を寄せるような。その名前を呼ぼうとしたとき、
「退屈な話に付き合わせて悪かったな」
と、尾形が組み立て終えた銃を手に立ち上がった。
「尾形」
「寝ろ。はは、気をつけろよ。こういう状況じゃ惚れっぽくなるって言うからな。恋した女は厄介だ。まだ女でもないようなお前を斬り捨てられるほど、俺は冷酷じゃないぜ」
「それに、すぐに来る」
笑い混じりの言葉に、なにが、と尋ねることはできなかった。二人は仲間が眠る小屋に戻り、そしてそれきり言葉を交わさなかった。
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