初めて日傘を買った。持ち運びしやすい折り畳みタイプの黒い日傘。
「……なんていうか、影響されやすいというか」
 自分でも思ってもみなかった変化に、呆れた苦笑がにじむ。
 一人で生きていこうと思ってたのに。
 だから、少し肌が弱い方であっても、日焼け止めクリームを塗るだけで済ましてたというのに。
『試してみてもいい』
 彼女の――理子のそんな言葉から始まった関係に、そのままじゃいられなくなった。
 そんな風に女の子に受け入れられたのは、初めてだった。
 自分じゃ枯れた枯れたと思ってたけど、付き合うと決まった途端にこれなのだから、我ながら見当はずれだ。
 そうなると、これまで楽だからとメンズライクな服ばっかり着ていたけど、それもちょっと見直すべきかもしれない。
 自分で言うのもなんだけど、切れ長の目と低い声だからそっちが似合いやすいってのもあった。だから男の人と勘違いされて告白されたことなら何度かある。
 ただ、私が女だと正直に伝えると、曖昧な笑顔の謝罪が返ってくるのが常だった。
 でも、理子は女の私をそう見てくれた、のだと思う。なら、私もそうした路線に挑戦してみるのは悪くはないのかも。
 そう思い、同じデパートのお店を回ってみるけれど、いまいちピンとこない。
 今まで意図的に外してきたのだ。すぐには判断が難しいのかもしれない。
 頭を悩ませすぎてオーバーヒート気味になってしまった。仕方ないのでデパートを出たところで、ばったりと当の理子に出くわしてしまった。
「こ、こんにちわ」
「や。……なに硬くなってるのさ」
「別に、なんでも」
 どうにも落ち着かないように見えたけれど、気のせいだったらしい。
「み、やこは?」
「うん?」
「なにか買ったの?」
「あぁ」
 そう相槌を打ちながら、ちょっと言い出しにくい。だってこれまで日傘なんて持ち歩いてなかったんだし、絶対理由を訊かれる。
「ちょっと、ね。そう言う理子は?」
「ちょっと用事があったから」
 むっとした様子でそっぽを向かれる。
「あ」
 その表情が強張る。
 どうかしたんだろうか、と思い視線を追うと、そこには見覚えのある男性が歩いてきていた。
 一度だけ見たことがある。誘われた合コンで理子と口論していた――つまり理子と破局した男性だ。
 まだ向こうは気付いていないようだけど、理子の方は半ばパニックになってるようで、微動だにしない。
 手を引いていくには理子が動けるか分からなかったし、判断が遅かった。
 だから私は理子の前に立って、あくまで自然に日傘を差した。
 黒い布地が、紫外線と視線から私たちを守るように広がる。
「――え」
 視界に黒が立ち塞がって気が逸れた理子が、小さな声を漏らす。
 そうやって傘を彼に向けたまま方向を変えて、私は理子の手を引いた。
「……日傘?」
 ようやく理子が、硬さが残りながらもいつもの調子でそう言った頃には、デパートが見えなくなった辺りだった。
 早速役に立ったな、なんて暢気に考えてた思考に、さっきまでの気恥ずかしさが戻ってくる。
「あー、うん」
「都、持ってたの? 差してるの見たことないけど」
「……買ったの。さっき」
 観念した私が白状すると、理子はきょとんとしていた。
「なんでそんなこと隠してたのよ」
「今更気になりだしたの。どっかの誰かのせいで」
「は?」
「付き合ってる子にはいいかっこしたいでしょ」
 そう言うと、理子は何度かまばたきを繰り返して、不意に噴き出した。
「なにそれ。やっぱそっちのが可愛いんじゃない?」
 そんなことを言い出す理子に、私も釣られて苦笑した。
「理子以外に言われたことないよ、そんなこと」
「そう? じゃあそれまで見る目のある人に恵まれなかったのね」
 なんとまぁ強気な発言だ。
 理子は素直な子だ。それが可愛げがないだとか生意気だとか言われたのだろうけれど。
 ……それを言ったら、そんな理子の可愛さに気付かなかった彼も、見る目がなかったのかな。
 そんなことを考える自分がおかしくて、つい笑ってしまった。
「……まぁ、私もおんなじなんだけど、さ」
 ふと、小さく理子が囁く。よく聞き取れずに振り返ると、理子は少しだけ頬を染めていた。
「ん?」
「私も! 新しいリップ探したかったの」
 ふん? と気になって理子のリップの調子を検めるようにして見てみる。
 ……うん。いいじゃん、相変わらず。赤く熟れた唇は申し分ない。
 そうしてまじまじと見ていたところで、ふと、魔が差した。
 周囲を確認する。日傘を少し傾けると、追い立てられた理子がつんのめって体を寄せ、訝しげに見上げてくる。
 その唇を、音もなく味見する。
 甘いのは唇の味なのか、香水の匂いなのか。前者だと思っておこう。
「……いる?」
 ゆっくりと顔を離してそう言うと、理子は見る見ると顔を赤くした。
「――ば、なにやって」
「なに、そっちも可愛いじゃん」
「都!」
 小さく叫ぶ理子に、「ごめんごめん」と平謝りする。
「前食べたいって言ってたベイクドチーズケーキ作ったげるからさ」
「……なら、許す」
 むすっとしていた表情が、途端に崩れる。
 作るのも久し振りだから大変だけど、理子の笑顔の前には些細なことだ。お母さんにまた見てもらわないと。
 ……無理して私の女を見てもらう必要がない。そうしなくても理子が見つけてくれる。
 それがなんだか、安心する。
 まぁそれはそれとして、そっちを意識してももらいたいから。
「今度、買い物付き合ってくれない? 服買いたいんだ」
「いいわよ。ばっちりコーディネートしてあげる」
 折角なのだから、理子に選んでもらおう。
 私の可愛い恋人に。
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