SNOW TOWN
名作にリスペクトを。
ひみつの魔女
 誰が呼んだか、百年雪。長い、長い時間をかけて、ゆっくりと溶けていく空のかけら。
 この世界のどこか、世界でいちばん深く、世界でいちばん広いもみの木の森を抜けると、真夏の昼でも雪景色が広がる、小さな町にたどり着きます。
 SNOW TOWN。百年雪の降る、冬の町。こどもたちは雪と戯れ、大人たちは雪野菜を育てる。
 世界が今よりもずっと青かったころの空気が、この町にはまだ残っています。
 ふかふかの毛糸の帽子に、まばらに降りてくる雪を乗せながら、小さな男の子が一人、ぷらぷらと町を歩いています。
 彼はジャック。楽しいことが大好きで、いたずら好きな小悪魔。SNOW TOWNの住人です。
「なーんか、おもしれーこと、ねーかなぁ……」
 さくさく。さくさく。靴底で雪を鳴らしながら、ジャックはぷらぷら歩きます。
 SNOW TOWNは今日も雪。高く浮かんだ灰色の空には、とおくで雪遊びをするこどもたちの、楽しそうな笑い声が響いています。
 けれどジャックは、雪だるまを作るのにも、雪合戦をするのにも、すっかり飽きてしまっていました。
 さくさく。さくさく。歩き続けていると、一軒のお店が見えてきました。
 大きな大きな切り株をくりぬいて作られた建物には、大きな窓が開いていて、その中には、たくさんの鍋や、大きな棚が並んでいます。
 ジャックは、窓の向こうに向かって言いました。
「なーなー、おばさん、なんかおもしれーこと、ない?」
「お姉さんとお呼び」
 ぬっと顔を出したのは、ふくよかな魔女でした。眠そうな目でジャックを見下ろすと、ふんと鼻を鳴らします。
「イタズラ小僧は、今日は一人かい」
「小僧じゃなくて小悪魔だよ、お姉さん」
「ふん」
 ジャックがまだ細くて短いしっぽをゆらゆら降ると、魔女はくるりと背を向けて、右から七番目の棚の扉を開きました。
 ジャックはその場でぴょんぴょん跳ねて、なんとか魔女の肩越しに棚の中を覗いてみようとしましたが、魔女の大きな体に隠れて、ちっとも見ることができません。
「およし。魔女の秘密を見ちゃいけないよ」
「だってよぉ」
 ジャックは、ぷうと頬を膨らませました。
「そんなか、だぁれも見たことないんだろ?」
「そう。あたし以外、誰もね」
「だから見たいんだ!」
「困った小悪魔だねぇ」
「だってさぁ、生まれてこのかたずーっとまいにち雪ばっかりで――」
 ふくらんだほっぺたの中身を、ジャックは、いっぺんに吐き出しました。
 ちょうど降りてきていた一粒の空のかけらが、ふわりとどこかに流れていきます。
 それは、空の灰色に混ざって、どこに行ってしまったのか、すぐにわからなくなりました。
「――つまんないんだもん」
「……それじゃあ、そんなあんたには、これをあげよう」
 魔女はそう言うと、棚から取り出したものを、窓越しにジャックに差し出しました。
 それは、ちいさなジャックの手では、片手だけで支え切れないくらいの大きさの、濃い緑色をしたカボチャでした。
「えー。雪野菜なんていらないよ!」
「あたしは魔女だよ。やさいそのまんまなんて、そんな芸の無いことをするかね」
 魔女はそう言うと、ジャックの抱えるカボチャのへた・・に手を伸ばしました。カボチャの分厚い皮の、ちょうど一番上のところが、蓋のように外されると、中にはきんいろのスープが湯気を立てていました。
「わぁ!」
「新作だよ。あたし以外じゃ、味見をするのはあんたがはじめてさ」
 ジャックの顔が、ぱあっと輝きました。
 ジャックの目が、きらきらと輝きました。
「だれもしらない?」
「ああ。あたしとあんた以外、誰もね」
 眠そうな目の魔女は、やっぱり眠そうな目のままで、ちいさくジャックに笑いかけました。それから、ちいさな木のスプーンを手渡して。
 その日ジャックが食べたスープが、いったいどんな味だったのか。
 それを知っているのは、世界でたった二人だけ。
 SNOW TOWNには、今日も雪が降っています。
 明日も、あさっても、その先も。
 ここは、百年雪の降る冬の町。
*****
ものしりコーラス
 静電気はおともだち。毛糸の帽子はお気に入り。
 ねぐらに向かって歩くジャックが、けぷ、と小さく噯気あいきを出しました。
「美味しかったなぁ……『だれもしらない味』……」
 まばらに降る雪が、ぽかぽかの吐息とすれ違います。
 SNOW TOWNは、今日も灰色の雪景色。ジャックが歩くこの道も、もう何回も何回も、見飽きるくらい通りました。
 べつに、嫌いなわけではありません。けれど、ちょっとつまらないのです。
 SNOW TOWNの中でも、ひときわ大きなもみの木が、ジャックのねぐらです。
 枝と枝の間に張られた、ボロボロのハンモック。悲しいことがあったり、辛いことがあったり、それから、何か考え事をしたり。
 そんなとき、ジャックはこのハンモックの中で、ゆらゆら揺れながら、じぃっともみの葉っぱを眺めるのです。
「なーんか、おもしれーこと、ねーかなぁ……」
 ぎしぎし。ゆらゆら。ハンモックには、誰の返事もありません。
「だれもしらないこと……でも、この町にあるものなんて、せいぜい雪野菜くらい……雪野菜?」
 ぴたりと動きを止めたジャックは、何か思いついたようでした。
「……そうだ!」
 ジャックはそのまま、勢いよく体をひねりました。ハンモックから飛び出すと、小悪魔の小さな黒い翼をパタパタと動かして、空を滑り降りていきます。
 雪に降りたら、ぴんと尻尾を立てて、まっすぐ走り始めました。目指す先は、SNOW TOWNのはずれ。そこには、物知りなおともだちの家です。
 その家のドアは、高さも幅も、ジャックの体の五倍以上もありました。
「おーい! 『コーラス』! いるんだろ!」
 ノッカーまで手が届かないので、ぎゅっと握った右手でドアをどんどん叩きながら、じゃっくはともだちを呼びました。
「はいは~い」
 のんびりとした声が、ドアの向こうから聞こえてきます。
「今、行きますから」
「離れてください~」
 聞こえてきたのは、三つの声。全部違うけれど、同じ声です。
 ジャックが三歩後ろに下がると、大きなドアがゆっくりと開きはじめました。
「おやおや、ジャックさん」
「今日も、良い雪ですねえ」
「どんなご用件ですか~?」
 ぬうっと首を出したのは、竜のこどもです。こどもといっても、ジャックよりもずっと大きな体に、太くてたくましい手足と尻尾、力強く空をとぶ、広い翼も持っています。
 そして、彼――コーラスには、頭が三つありました。三又の首の先に付いた三つの顔が、順番にジャックに話しかけます。
「だれもしらないことも、『ものしりコーラス』なら知ってるんじゃないかと思ってさ」
「はてさて、私にわかることでしょうか?」
「寒くて外に出られないから、本を読んでいるだけですから」
「知らないことも、たくさんたくさん、あるんですよ?」
「だから聞きに来たんだよ!」
 ジャックは、自信あり気です。コーラスならきっと知っている。そう信じている顔でした。
「この町じゃ見たことなんてない。けど、きっと本には書いてある」
 まるでナゾナゾです。コーラスは顔を見合わせました。
「ここにはないけど本にはある」
「それはいったい」
「何のことでしょう?」
 揃って三つ首をかしげたコーラスに向かって、ジャックは言いました。
「……花。花っていったい、どうやったら咲くんだ?」
*****
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【習作】SNOW TOWN
初公開日: 2021年07月28日
最終更新日: 2021年07月28日
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クソ暑いので雪に思いを馳せながら日本語の練習をします。