熾天戦記第17話「黒炎」
 ぱちぱちと、あるいは、ごうごうと。炎が爆ぜ、火種が燻る音が響いていた。
 黄昏時である。低く、地平線からぼんやりと差す茜色が、あたりをぼんやりと照らし出している。
 窓という窓が割られ、ところどころ崩れた建物。道路上に転がり、炎上する車両。通りに倒れ伏す、人だったタンパク質の塊。昼にはたしかに活気があったはずの街は、今や死者の都と化していた。
 破壊された建物のあちこちから、火の手が上がっている。破損したガス管が原因となった火災がいくつも発生し、黒煙が街の上空を覆いつつあった。
 その、分厚い黒の雲海を、一筋の光が貫いた。上空から降り注ぐ天使のきざはしを伝って、廃墟に影が――否。光が舞い降りる。
 それは、三対の翼をもつもの。人に似た姿をしているが、その全身は、ゆらめき輝く炎に覆われていた。かれは全身を炎に焼かれながらも、涼しい表情を崩さない。それが当然のことであるが故に。
 自らが燃える輝きを、大きな二対の翼で隠しながら、残る一対の翼をゆっくりと羽ばたかせ、かれは地上へと降りていく。
 かつて街の景観を構成していた看板の破片を、燃える踵が踏み砕いた。傍らに転がっていたひとつの死体が、かれの纏う熱を受けてぼうっと燃え上がり、瞬時にして白き灰へと変わる。
 かれはその場にしゃがみ込み、灰を手で救い上げると、ふう、と息を吹いた。炎に乗って、灰が天へと還っていく。かれが降りてきた階を昇って。
「これは、蛮行だ」炎を纏うかれの声が、動くもののいなくなった街に響く。「なぜ、こんなことをしたのだ。……友よ」
 灰を見送ったのち、かれはゆっくりと振り向いた。ところどころ穴の開いた道路には、誰の姿も見えない。しかしかれは、じっとある一点に視線を向け続けた。
 ほどなくして、じわりと空間が滲む。影が集まるようにして、空気が揺らぎ、そこに炎が現れる。かれが纏う炎よりも、わずかに鈍く輝く炎の中に、やがてひとつの影が現出した。
 それは、三対の翼をもつもの。常にその身に炎を纏う御使い。かれの同類であり、かれの友であるもの。
「そうだ、蛮行であったのだ」
 友は、神妙に告げた。その表情は翼で隠され、かれの目には映らない。
「ここに住まう者共は……熾天使たるこの身を前にして、その口に偽りを上らせた」
「偽りか」
「そうだ。偽りであり、甚だしい侮辱であった。この罪人たちは、こともあろうに、私の翼を……黒いと、そう言ったのだ」
 友の声は、激しい怒りに震えていた。
 かれらの――熾天使の翼とその全身は、自らが仕える主への愛と情熱によって、常に炎に包まれている。大火の如く激しく燃え上がるわけではない。しかし、その温度は比類なく……かれらの炎は、赤を超えて、白い輝きを放っているのだ。
 白き炎。白き翼。それが、かれらの誇りだった。
「酷く、惨い、蛮行であった。到底許せるものではない。嘘をつく口は、閉ざされるべきだ。……そうだろう、友よ」
「そうだな、友よ」
 かれの視線が、炎を揺らめかせる友から外れ、今にも崩れ落ちそうな傍らの建物へと向けられた。
「しかし……罪人のほかにも、きみの怒りを受けたものは多いように見えるな」
「歪んだ鏡は、隠されるべきだ」
 吐き捨てるような声だった。
「この街の鏡は、ひとつ残らず歪んでいた。正しい色を映さなかった」
「ひとつ残らず、か。それ故に、窓もすべて叩き割ったと」
「……歪んだ鏡は、隠されるべきだ」
 繰り返す言葉の中に、苦々しさが滲んでいる。友の言葉を受けて、かれは一度、深く静かに息を吸った。
 この場の空気は、ひどくよどんでいた。
 かれは、この場に漂うものと同じ空気を、一度味わったことがる。それは、忌むべきものであったはずだ。
「なあ、友よ。きみはなぜ、顔を隠しているのだ」
 その問いを口にするためには、少なくない勇気と覚悟が必要だった。
「……何を言っている? そんなこと、おまえも同じだろう」
「いいや、違うな。……聞き方を変えよう。きみはなぜ、おれを見ない」
「…………それは――」
 返答に至るまで、長い間があった。
「――侮辱になるからだ」
「ほう?」
「ここは暗い。今おまえを見れば……私の目には、おまえの翼が暗く黒く映ってしまうだろうから」
「そうか」
 かれは、静かに目を閉じた。
「……友よ。きみの目には、今、きみの翼は何色に映っているのだ? その顔を覆い隠す翼は」
「それを私に言わせるのか!? 友よ、いくらおまえが相手でも、これは――」
「謂れなき侮蔑か、それとも真実か。たしかめてみればいい。この場において、おれの翼が何色であるかを」
「――貴様ッ!」
 炎が、広がった。かれの友の身から炎が膨れ上がり、周囲の瓦礫や死体を消し飛ばす。激昂と共に爆発的に増加した熱量が、足元の大地すら溶かしながら広がっていく。
 しかしその熱波を受けても、かれの身は揺るがない。ただ己の体を隠していた二対の翼を広げれば、それだけで事足りた。かれの体から発される炎が、殺到する炎を打ち消していく。
「我が身を見よ。この白く輝く主への愛の証を。己が身を見よ。黒き炎を纏い、黒き翼を背負ったその姿を」
「黙れェッ!! おまえまで私を侮辱するのか!! 私の炎は――私の翼は!!」
 炎が膨れ上がる。闇に溶ける、黒い炎が。
 激しく、激しく燃え盛り、上空にわだかまる煙も消し飛ばす勢いで、黒い炎の柱が上がる。
「この炎を見よ! この烈火こそ、我が主へと捧ぐ愛の証だ!!」
「……愛にも、二種類あるそうだな」
 天を焦がさんばかりの勢いで高く高く伸び続ける黒炎を見上げながら、かれは言った。
「他者へと捧ぐ、無償の、美しき愛。そして――己を守るための、ちっぽけで、醜い自己愛」
 黒炎の中から、けんを携えた影が飛び出した。三対の黒い翼を広げて、音よりも早くかれに肉薄した黒い天使が、黒い炎を纏う剣を振り下ろす。
 受け止めたのは、文字通り白熱する刃。かれがその手に握ったつるぎ
「きみは、愛を見失ってしまった」
「嘘を言うなっ! この身をこれほど狂おしく焼き焦がす愛は、私の主への愛は、何一つ変わることなく貫き続けてきたものだ!」
 振り上げられた剣が、黒い軌跡を残しながら振るわれる。
「熾天使たるこの身の愛を疑うとは、友といえど許せるものではない!」
「……きみは、もう――」
「言うなぁっ!!」
 剣同士がぶつかり合い、互いの体が弾き飛ばされる。距離をとってかれが見たものは、必死の形相で剣を構える友の姿だった。
「――そうだな。きみは、まだ、天使であろうとしている」
「私は天使だ! これまでも、これからも! 主への愛と情熱にこの身を焦がす熾天使だ!」
「そうだな。そうだ。だから、おれがきみを斬る」
 ふたりの熾天使が放つ熱により、半ば溶け落ちた廃墟の中で。白い輝きを纏ったかれは、眼前に相対した黒い輝きを見据えた。
「せめて、きみが堕ち切ってしまう前に。きみの魂まで、その黒に屈する前に」
「私が堕ちる? 堕天するだと? ……有り得ぬことだ!」
「ああ。その前に、おれが必ず止めてみせる。それが、友であったきみへの、せめてもの――」
「その侮辱をやめろと言っているんだ、私は!」
 二つの影が、同時に走り出した。交錯と同時に、金属がぶつかり合う音が響く。
 剣を交わす相手を、かれは、悲しみを湛えた目で、ただじっと見つめていた。
「――きみは天使だ。天使だった。私の友であり、善き理解者だった」
「何だ、その目は! 何を憐れんでいるんだ!」
「病を患った友を。……そうだ、これは病だ。堕天病とでも呼ぼうか」
「貴様……!」
「不名誉な記録は残さない。きみは、ただ病に倒れるだけ。介錯をおれが務めるだけ」
 剣を振るいながら、熾天使は寂しそうに笑った。
「さらばだ、友よ」
おしまい
 万物を焼き尽くす炎! あらゆる魔を切り裂く剣! 悪魔に対して振るわれる筈だった力が、同じ熾天使の手によって、互いを傷つけ合う!
 翼を黒く染めたかつての友を前に、悲壮な覚悟を固めたかれの運命やいかに! 友の魂が完全に堕ちきってしまう前に、決着を付けることはできるのかッ!?
 次回! 熾天戦記第18話「堕天」
 お楽しみに!(嘘)
反省のコーナー
 主人公の名前くらい考えようね。「かれ」とかだけじゃわかんねーよ。
 やっぱこの流れで堕天病にこじつけるのは無理あるよ。
 執筆ペースはそんなに悪くないっぽいけど、まともに発表するための作品として仕上げるなら全然これじゃだめだよね。
 もっとゆっくりじっくりちゃんと考えて書くべきかもしれない。感覚で突っ走るのはもうやめよう。(たぶんまたやる)
 勢いだけで書く方が楽しいのが悪い。
 というわけでこのへんで。たぶんいないだろうけど、ここまで読んでくれた方はどうもありがとう。こんなの読んでないでもっとちゃんとした分を読みなさい。
 おつかれさまでした。
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熾天戦記第17話「黒炎」
初公開日: 2021年07月17日
最終更新日: 2021年07月17日
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コメント
見切り発車じゃんよ