好物の甘い匂いを漂わせたピザが一切れディノの手によって消えていく。「食べないのか?」なんて視線を向けられて小さく首を振るとまたピザへと手が伸びて、満月だったそれはいつの間にか半月からまた一つ欠けた。毎日のようにピザパーティーをしているが、普段とは違った種類なのには理由がある。
「……で、ディノ。相談があったんじゃなかったの?」
ビクリと肩が反応して動きが止まる。ゆっくりと向けられていた視線がどんどん泳いでいくのがディノにしてはなんだか珍しいのに見慣れたようなものにも思えてくる。
「えっと、その……なんて言葉にしたら良いのか分からなくてさ」
「ふうん?」
「……キースのことなんだけど」
やっぱりね。そんな相槌は声にしないで肩を落とす。ディノの様子がおかしい時は大抵ピザを食べてない時か、キースやブラッドに関する事が原因だと一緒に過ごしていく内に分かった。それに俺も巻き込まないでほしいけど、ディノの様子がおかしいとキースの様子もおかしくなる。それにつられておチビちゃんの騒がしさや挙動不審な行動が増すから悩みを吐き出してくれるのなら、どうにかしておくのが面倒臭くないし最善だ。
「キースがどうかした?」
「俺がいない間にメジャーヒーローになってただろ? だからファンが沢山いるだろうってことは分かってたんだ。バレンタインの時も随分と撮影慣れしてたし、限定ショップの販売の時もキースにプレゼントを渡していたお客さんもいたから何とも思わなかったんだけど」
「けど?」
「……この前のパトロールの時、女の子が真っ赤な顔してキースにプレゼントを渡してたんだ。それが珍しいお酒だったみたいでキースもすごく喜んじゃって」
なんか、嫌だと思っちゃって。
小さく付け足された言葉に目を丸くする。単純な生活態度やメンターとしての仕事についての悩みかと思っていたらそうではないらしい。これは恋のお悩み相談のように思えてくる。二人の距離が異様に近い事には気が付いていた。付き合っているんだといわれても俺はそう驚かなかっただろう。けれど今の話の流れにディノは「こ」の字すらも自覚していないように思えてきた。
「ディノってさ……」
「ん?」
無自覚な恋心からの嫉妬なんて、大の大人がするようなものなのだろうか。まともな恋愛を経験していない俺が言うのもなんだけど、こういったところは子供っぽさが見えてきてなんだか親近感が沸く。大人でも子供のままでいいんだ、という安心感に似た何かだろうか。
一度喉をすり抜けようとした言葉を飲み込んで、他に何か良い言葉を投げかけるべきだろうかと模索する。ふと、頭に過ったのはキースがディノに向ける視線。あれもあったから恋人同士にも思えていたんだが、もしかして。
「キースならディノが渡すものは何でも喜ぶんじゃない?」
「なんでもってそんな適当な……」
「というよりも、キースはディノが傍に居てくれればそれでいいんじゃない?」
どれだけディノの為にキースが動き回っていたかを知っているから、この言葉はきっと間違いない。俺の言葉に目を丸くするとディノはどこか照れ臭そうに、嬉しそうに小さく笑った。肩の荷が下りたような気がして、残っているピザの欠片に手を伸ばした。
*
「ただいまー!」
相談をしている時の落ち着きのなさはどこに行ったのか、テイクアウトのピザを抱えてタワーに戻って来ると部屋にはキースとおチビちゃんがいた。「おかえり」という声をかけては箱の数を見て少し呆れたような表情をしていた。うん、そうなるのは本当に分かる。
「おまえら随分遅かったな? パトロールの終わる時間は大分前だっただろ?」
「まぁ、ちょっとね」
「ふうん?」
ご機嫌な様子でピザパーティーの準備をするディノを余所に、近付いてきたキースが問いかけてきた。尋ねてきた本人のことについての相談を受けていた、なんてディノもきっとよくは思わないだろう。曖昧な言葉で誤魔化すとキースの目が細められた。
「おーい、ディノ~一緒に酒呑まねぇか~?」
「えぇ、明日もパトロールあるだろ?」
「午後からだしちょっとだけだから大丈夫大丈夫」
「……しょうがないな~」
さもなんてことないという態度で離れていったキースはお酒が入った戸棚を開けて高級そうな瓶をひとつ取り出した。それを見た瞬間僅かにディノが固まったような気がするが、結局折れてしまった理由もきっと相談していた内容に関わることなのだろう。俺に一瞬見せたキースの瞳は、ディノが話している時に見ていたものと似ていてこっちもか、と溜息をついた。
ほんと、二人揃って面倒臭い。さっさと付き合っちゃえばいいのに。
面倒事はゴメンだ。そのスタンスは変わらないのに不器用で無自覚なメンター二人のことになるとしょうがないから付き合ってあげようか、なんて思ってしまうから不思議で仕方がない。