『せいかつ』の時間に花を育てていたことを思い出した。あれは朝顔だっただろうか、チューリップだっただろうか。一人一人に鉢が配られて、ペットボトルに穴をあけて作ったじょうろで水をやる。
結局面倒がってしおれさせたような気がする。何かの世話をするのは苦手なことだった。
そんなことを想起したのは、目の前で花がほころぶような笑顔を浮かべて種を手にしている彼女を見たからだった。パッケージには、Margaretと書かれている。
マーガレット。花占いで有名なあれだな、というのは彼女が始終口にしていたから掘り起こされた記憶だ。夏の季語だった、と思う。今から植えれば夏に咲くのだろうか。
「ねぇ、さーちゃん。お花の種……もらっちゃった」
語尾にハートマークでも付きそうな甘ったるい声。知っている。この声色を使うのは、自身の要求が私に拒否されないと確信しているときだ。逆に、不確定な頼みごとをするときは、いかにもシュンとした声をしてみせる。
甘え上手な恋人だと思う。そういうところが、ズルいと思う。そういうところが、嫌いじゃない。
駅前で、なにかのキャンペーンとして配っていたのだ、と説明をするときはもういつもの口調に戻っているのだから、まったく、敵わない。私に対しての塩梅が上手い。
「香月が水やるなら、育ててもいいけど」
植木鉢を買ってこなければと思う。小学生じゃあるまいし、プラスチックよりは、花が映えるレンガのやつがいい。じょうろも、まさかペットボトルに穴をあける訳にいくまい。土は、肥料は。
あれやこれや必要なものを思い浮かべながら返事をする。洗濯物が良く乾くからという理由で選んだ南向きのベランダのことを考える。まさかあれが、植物を育てるために感謝することになろうとは思いもよらなかった。
何かの世話をするのは、苦手だ。それは今も。
香月だって、一緒に暮らして二年になるのに、いまだに夕飯を作るのを忘れる。その時は自分にも餌をやるのを忘れているということだが。自分は空腹を感じづらいたちなのでまぁ一食二食抜いたところでどうということもない。
けれど、彼女はそうではない。小食のわりに燃費が悪いのか、一食でも抜くととたんに悲しげな声を出す。公平なじゃんけんの結果決まった夕食当番だが、私でいいのかと毎回彼女が鳴くたびに思う。
香月は、「たしょう遅れたとしてもさーちゃんが作ったご飯が食べられるなら幸せ」なんて笑っているのだが。
家事のわりあてをじゃんけんで決めようと言ったのは香月の方だった。その時の彼女は甘い声をしていて、当然のようにその提案は了承された。私が特にこだわりがなかったが故なのだが、しかし、もう少し考えるべきだったと今になって思う。
彼女を鳴かせるのは本意ではないのだ。ただ、なんど反省しても忘れるだけで。
「植木鉢も買ってこなきゃね。カワイイじょうろも用意しよ? 土とか肥料はどうしたらいいかなぁ……」
私が思っていたのと同じことを口にして、香月が小首をかしげる。一緒に花屋へ行ってくれ、と目が口ほどにものを言っている。
いいよ、と答えた。一緒に買いものに行こう。ついでにどこか喫茶店に寄って、甘いものを食べよう。最近はデートらしいデートもしていなかったし、いい機会だろう。
「やった! さーちゃん大好き!」
香月が文字通り飛び跳ねて喜ぶ。ほんとうに小動物のようだ。
ものを世話するのは苦手だ。ただ、彼女と一緒なら、そういうことをしてもいいと思う。
彼女を朝起こすのも、彼女のために夕食を作るのも、彼女のために風呂を沸かしておくことも、彼女と一緒に植物に水をやるのも。苦手だし、きっと忘れる。でも、そのたびに彼女がねだるので、なんとか忘れ果ててしまうことがない。
香月のおかげで、朝起きることができる。夕食を食べ忘れることも、風呂に入り損ねることもない。きっと、きれいな花をみることもできるのだろう。
だから、彼女は私にとって、無くてはならない存在なのだ。
ものを世話するのが苦手な私は、自分の世話をするのが、いっとう苦手なのだから。
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今日の味噌煮
マーガレットを育てることにした。ピンクのマーガレット。花言葉は「恋占い」「秘密の恋」「真実の愛」。この恋の行く先はどうかな?花も恋も一緒に育てていきましょう。
#shindanmaker #今日の二人はなにしてる