やけに静かだった一日が終わる頃、屋上で煙草に火をつけて口にあてる。もはや日課のようになっている行動は誰かに見つかると咎められるけど人がいない時間帯を見計らっているのだから少しは容赦してほしい。白い煙は吐く息と似ていて、暗い空に溶けてはいつの間にか消えていく。そんなすぐに消えてしまう白色の薄い膜の向こう側、幾つもの星だけではなく月が大きく辺りを照らしていた。一般的な人間だったらこんな夜空を綺麗だと称すのだろう。なんとなくそのことは分かるが、綺麗だという感想を抱くには何かが物足りない。
 突然、スラックスのポケットに入れているスマホが震える。画面に表示される名前を目にしては音にはならない声で口にすると通話ボタンを押した。
「もしもーし」
『キース! 突然ごめんな、今、大丈夫か?』
「おー、ディノ。一服してるトコだ」
『また屋上か? 怒られても知らないぞ』
「だいじょーぶだろ、多分」
『そうかなぁ』
 電子音に変換されたディノの声にどこか違和感はあるが、この向こう側にいるのは正しくディノなのだと分かっているから気が付けば短くなっていた煙草をケースへと戻す。ここまで吸えたのはいつぶりだろうか。いつもは吸っているとディノがやってきて長いまま吸えなくしてしまうことが多い。結局今日もこの時間を中断させるのはディノなんだと考えると不思議と口元が緩む。鏡が無いからどんな表情をしているかなんて自分自身では分からないが、今が夜で、誰も居なくてよかったと心の底から思う。
「楽しんでるか?」
『うん。おじいちゃん達も泣いて喜んでくれて、ずっと喋ってたら喉が枯れちゃった』
「そりゃよかったな」
『ありがとなキース』
「なんのことだ?」
『んー? いろいろ』
 ディノが復帰してから結構な時間が経つというのに、実家の方には帰っていなかったディノに半ば無理矢理オフを与えて実家へと行かせた。電話をしている姿はよく見かけていたものの、顔を会わせるのがどこか怖いと思っていたのだろう。今朝最後に見たディノはどこか不安そうな表情をしていたのに、この機会から伝わってくる声はそんな気配を微塵も感じさせなかった。
 戻ってきてから毎日のように一緒に居たからか朝見送って以降声も聞かず、顔を会わせずに過ごす時間はやけに長く感じた。それでもあの時とは違って、ちゃんと生きているのだと分かっていたから世界の色は失わずにいる。この目で、耳でディノが生きているのだと確認しなくてもこの足で立っていられるのだと分かり、それを実感させられるから電話がかかってきて良かったと口には出せないが思う。
『なんだか変な感じだなぁ』
「何がだよ」
『ほら、復帰してずっとキースと一緒に居たからさ。実家に戻ってきて楽しいのにどこか落ち着かなかったというか、寂しくなっちゃったというか……』
 やけに素直すぎるディノはすぐに思ったことを口にするから、時々聞いてるこっちが恥ずかしくなる。周りに誰かがいるのが当たり前な人間が、オレがいないだけで寂しいと思うなんてアホだろ。そう思うはずなのに心の中では嬉しくて仕方がない。生きていることだけでも良いと思っていたはずなのに、物足りないと思っていたから。さっきまで何も感じなかった夜空が突然綺麗だと思うようになってしまったのはディノの声を耳にしてからで、どれだけ単純なのだろうと自分自身に呆れてしまう。
「……帰ってこれば、また嫌でも顔を会わせることになるだろ」
 だけどオレはそんなキャラじゃないから素直な言葉なんて口にはすることが出来ず、ぶっきらぼうな言葉を投げるしかできなかった。
『うーん、まぁそうなんだけど……』
「……明日、何時にこっちにつく電車だった?」
『えっ? 確かお昼にこっちを出るから十六時とかその位だったかな?』
「じゃあ迎えに行くわ」
『……いいの?』
「オレが言いだしたんだから良いっつーの」
 それでも寂しいという気持ちはオレの中にも確かにあるから、少しでも早く会える方法を提案しては嬉しそうな声が戻って来ることにホッとする。生きていることが分かっているだけでも平気だと思っていたちょっと前の思考と矛盾するような気持ちに、人間って欲張りだよなぁ、と心の中で自嘲する。一つ欲しいと思ったものが手に入ると、あれも、これも、と手を伸ばしてしまうのはもうどうしようもないことだ。
『……なぁ、キースは今屋上なんだよな?』
「お? おぉ、そうだけどどうかしたか?」
『今日って凄く月が綺麗なんだなって思ってさ』
 なんだっけ。昔ブラッドが日本には独特の言い回しがあるとかいうのを聞いたことがある気がする。それは月に纏わるようなものだったけど興味が無いから忘れてしまった。それでもディノの言葉に思い出されたのは何か関係あるのだろうか。何か答えのようなものがすぐそばまで来ているはずなのに、その正体が分からずに首を傾げる。
『キース?』
「あぁ、イヤ、わりぃ。考え事してたわ」
『そっか、突然何も聞こえなくなってびっくりしちゃった』
「……ディノとみるから綺麗だと思うよ、オレは」
『えッ、』
 厳密に言うと一緒には見れてないけど。この世界には月は一つだけしかないから、別の場所で見ているとはいえディノの声を聞いてようやく綺麗だと思えたのだから同じようなものだろう。伺うような問いかけにそのままの言葉を口にすると、電話の向こう側でやけに驚いたような声が聞こえてきた。
「……どうかしたか?」
『んっ!? あ、いや、なんでもない!』
「ほんとかよ」
『うん、大丈夫! そろそろ電話切ろうかなっ!』
「お、おう……」
 絶対に何かあるだろ、という疑問は飲み込む。隠し事は下手なディノだけど、流石に目と手の届く場所に居ないと何を考えているのかなんてサッパリ分からない。明日戻ってきてからも様子が可笑しければ探ればいいだろう、と一つディノの確認することを忘れないようにする。
 電話を切ると言いだしてからも一向に切れる気配のない電話をオレからも切ろうという考えはなく、お互いに何も喋らないまま息をする電子音だけが聞こえていた。
『……キース』
「なんだぁ?」
『声、聞けて良かった。おやすみ』
「……オレもだよ。おやすみ、ディノ」
 ようやく切り出したディノの声に言葉を返すと、嬉しそうで、楽しそうで、少し寂しそうな声がした。オレの声は向こうにはどう聞こえてんのかな。なんて考えながら通話終了のボタンを押して、もう一度空を見上げる。はやくディノに会いてぇな。ただそれだけが心の中を占めていた。
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20216019キスディノワンライ
初公開日: 2021年06月19日
最終更新日: 2021年06月19日
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