頭に浮かんだことばをひたすら書いていく。自由連想文ってやつをやります。目安の時間は10分。
今回のはじめのキーワードは「悔恨」。
悔恨、悔恨、悔恨。何度繰り返してきたのだろうか。わが人生こそが悔恨の極み。うしろを振り向いてばかりいる。むしろ、ずっと後ろを見ながら、ムーンウォークで歩き続けてきただけかもしれない。
後悔こそが人生だよ。なんだっけどこで見たんだっけ。もう思い出せない。人生思い出せない思い出の方が多い。けど、たぶん、思い出せない程度のことだから、まあ別にいいんじゃないかな。思い出せなくても。
なーんて雑な思い出のしまい方をしているから、ダメなんだよ。ひととのつながりも大切にできない。過去から現在への、自分同士のつながりさえ大切にできないんだから。
自分を大事にできない人間が、他人を大事にできるわけ無いよね。自己中なのはまあ嫌われるだろうけど、まったく主体が無いのも駄目。ちゃんと自分のことが好きじゃないと他人とのつきあいだってうまくいくわけ無いんだ。
私は私が嫌いだけど、あなたは私を好きになってほしい。なんて傲慢。いとおしい。
きれいなだけの人間なんて嫌ですよ。汚い部分とか、醜い部分があるからこそ美しさが際だつ。むしろ醜さだけでもいい。私にその醜態を見せてくれ。
ネットはいいね。インターネットはリリンの生み出した文化の極みだよ。いろんな人たちの醜態をたっぷりと拝むことができる。僕自身も含めて。いったい今までどれだけの黒歴史を生み出してきたのだろうね。
なんだいエヴァパロといい黒歴史といいオタク臭いな今回は。まあ私オタクなんですけど。
ところでオタクの定義って何なんでしょうね。いまだによくわかりませんが。そもそも今私自分のことオタクって言ったけど自信をもってそう断言できるのかと問われるとちょっと困る。私なんて全然たいしたことねーです。ほんとに。クソザコ。オタクの風上にも置けない。
じゃあ俺はいったい何なのかって話なんてですけど、善良な一般市民です! とむねを張って言ええるほど善良でもない。おれはなんなんだ。いったい。本当に人間なのか? 真っ当な人間ではないのは確かだ。でも、真っ当な人間のふりをして生きている。今もそう。息苦しさを感じているくせに、ここから逃げ出したいとは思っていない。ただ、消えてしまいたいとは思っている。
死について考えることもある。痛いのはいやだ。けど、ここからいなくなることは苦ではない。消えてしまえるのなら、消えてしまいたい。本当に? 自分は本当に、死に直面した時、みっともなく泣きわめいて命乞いをするのではなく、死を受け入れることができるのでしょうか?
消えたいと、死んでしまいたいと、ここからいなくなってしまいたいという己の願いは、はたしてどれほど本心に近いのでしょうか?
自分の心なんて自分自身にだってわかりやしないよ。まして、他人なんて。ならばどうするかっつったら対話でしょ。そのために人には言葉がある。言葉。私はそれを正しく使えているのだろうか。腐っても文字書き。最初からぐずぐずな気もするけど、それでも私は、まだ、もうすこしだけ、言葉と向き合っていたい。
そう思っている。