お互いそれなりの地位になったことでいい相手紹介するよ〜みたいなのが増えてきてまたかよ(思い返すハイスクールデイズ)ってなりながらいろいろめんどくさくなるアメリカ幼馴染、もうお互い付き合ってるってことでいいのでは?で合意してノリノリでペアリング用意するやつはある(別に恋愛関係ではない)別に付き合ってないし恋愛感情もないけどパートナーとしてお互いにとってお互い以上は存在しないことを知ってるし、世間を欺くのは楽しい悪巧みみたいでいいなってノリでペアリングつけるスタとゼ、あるんだよなぁ 凝り性なのでそれっぽくて且つお互いに似合うリングを妥協せずに探すゼ、いるもん
 科学を志すもの全てが科学のみに生きるべきだとは思わない。人はパンのみにて生きるにあらずとは言ったもので、例えばNASAの同僚がスープも飲みたいなと思ったところで、それはゼノに取ってはどうでもいいことだった。スープもコーヒーも大いに結構。マーマレードが必要ならばたっぷりつけるといい。ただゼノにとっては化学こそがパンで、それ以外を必要としていないだけだった。福音書におけるこの言葉の意味するところは理解しているとは言え。
 そう、個人の嗜好並びに指向はどうでもいいのだ。ただ科学という一つの場において、それだけを目的とした議論ができるであれば。
「素晴らしいスピーチだったよ、Dr.ゼノ」
 壇上から降りてカクテルグラスをボーイから受け取ったところで不意にかけられた声に振り向くと、恰幅の良い壮年の男性が笑みを浮かべていた。確かどこぞの大学の権威だったかと脳内から雑な情報を引き出して、おざなりな笑みを浮かべて向き直る。
「光栄です」
「先ほど言及していたスペースデブリの除去問題は私も研究テーマの一つでね」
「ほう」
「よければ有意義な時間を共に過ごしたいと思うんだが、如何だろう、次の休暇に我が家にくるというのは?」
「それはそれは、実に光栄なお話で」
 言葉数少なに握手を交わしつつ、次の休暇という単語に思いを馳せる。今回のこのレセプションを終えれば無理矢理押しつけられた有給消化期間となる。予定はいくつか入っているが、それもしばらく先の話だし、数日くらいは目の前の男と過ごすのもやぶさかではない、そんなことを思っていれば、満更でもないゼノの反応に気を良くしたのだろう、相手は探るような目で続けた。
「……ちなみに、今回はパートナーは同伴では? もしいらっしゃるのであればご一緒にお誘いできればと思っているのだが」
 しかし、その言葉一つでゼノの休暇の計画は無に帰した。ついでに目の前の男がどんな権威だろうとそれも意味はなくなった。塵芥ほどの価値もない衆愚として脳内でカテゴライズし直すことにする。
 無言を貫くゼノに慌てる風でもなく、むしろ何かに納得したように顔色を良くして、男は続ける。
「おお、そうか。いや不躾なことを申し訳ないね。ただそういうことならちょうどいい話があってね」
 続く言葉がゼノには容易に想像できた。カクテルで唇を湿らせてから、口を開く。
「"Dr.ゼノ、君のようなNASAの──ひいては人類の叡智が独り身というのも寂しい話じゃないか? 君もそろそろ足元を固めてみてもいいのではないかと思ってね”」
「は、」
「失敬、あまりにも独創性のない誘い文句だったもので」
 独創性がない。学者にとっては屈辱的な一言をにっこりと突きつけてから、ゼノは踵を返す。
 背後のざわめきはもはや気にならなかった。ただ一つ思い浮かんでいたのは、ああ、ここに幼馴染みがいたらよかったのに、それならばこんな退屈はせずに済んだだろうに、と。ただそれだけだった。
 不快でしょうがない夜だったが、しかし幼馴染みの名前を口の中で転がして、あの涼やかで不適な笑みを思い浮かべれば、なんだか少しばかり胸がすくような心地がした。
 ゼノは口の端をほんのり吊り上げると、カクテルグラスをボーイに返して、会場を後にすることに決めた。
 だからレセプションは嫌いなのだと、何度繰り返し呟いたか覚えてはいない。もちろん優秀な科学者と意見を交換するのは楽しく刺激的だが、そこで得られる新たな知見と、こう言った政治的あるいは社会的な煩わしさを秤にかけたときに前者に傾くことの方が珍しい。今日も行く前からくだらないことはわかり切っている集まりだったが、そのくだらなさの証明のために慣れ親しんだ土地を離れて研究時間を削ったのかと思うとめまいがしそうになる。
 ゼノは大きく息を一つ吐いた。会場となっていたホテルを出ると、日はとうに落ちているが肌を撫でる風にはまだ日中の暑さの名残がある。
 さて、これからどうしようか。夕食をどこかで手配してさっさと部屋に戻って、明日のフライトに備えて眠りに就くべきか。
 優秀な頭脳を今度の予定の検証に費やしていたゼノだったが、ホテルの敷地を出たところで不意に鳴り響くクラクションに足を止めた。
 思わずその音の方向に目線を向ければ、車が一台、歩道を歩く自分に寄ってくる。遮光シールの貼られた不透明な窓ガラスでは、運転席の人物は覗けない。
 見知らぬナンバーの車に一瞬警戒心を強めるが、しかしすぐにそれが無意味であることを知ることになる。
「よおドクター。暇してんなら、ドライブに付き合う気、ない?」
 運転席の窓ガラスが下がると、そこに現れたのは大きなサングラスをかけた青年だった。目を丸くするゼノに、彼はにっとわらって続ける。
「今ならもれなく、あんたのエレガントな幼なじみがついてくんだけど」
 言ってサングラスを下げた彼は、涼しげな目に悪戯っぽさをにじませた。美しく整った顔立ちが一気に親しみを得るこの瞬間が、ゼノは嫌いではない。
 気取った仕草のドライバーに、ゼノは勿体ぶって考え込んで見せる。
「ディナー付きなら文句はないんだがね」
「そこはご安心、ワインもついてっかんね」
 ゼノは笑った。
 ああ、実に最高だ。注文前から届いてくれるデリバリーなんて世界のどこを探したってまだ存在しないに違いない。開いたいと思っていた、その瞬間に目の前に現れるだなんて、一体どんな魔法を使ったのだか!
「実にエレガントな誘い文句だよ、スタン」
 得意げに笑う青年──スタンリー・スナイダーの頬に軽く口付けて、ゼノは助手席に回り込むことにした。 
「……にしてもさ、ずいぶん荒れてんね」
 言いながら、いやこうした会議やらの後では常か、と納得したスタンリーは、元気に衆愚への恨み辛みのこもったファックワードを吐き出し続けていた幼なじみを愉快そうに眺めつつ、自分もワインを喉奥に流し込んだ。
 マリーンバラックスに所用で出向していたスタンリーが幼なじみも同じこの地──ワシントンD.C.にいることを思い出したのは、任務を終えた夕方のことだった。お互いこれ以降はしばらく休暇に入ることになるということで、それなら地元で会おうという約束はしてはいた。お互い現地で落ち合おうという話にならなかったのは自分の任務が今日中に終わるとは言い切れず、またゼノも同じような見通しの立たなさであったが故だった。
 ただ、こうもはやく自分の任務が終わってしまうと、思考を幼なじみの様子の心配が半分、もし会えたら驚くだろうなといういたずら心が半分を占めてしまう。迷ったのは数秒で、すぐに近隣で車をレンタルして、ゼノが話していた内容からホテルを割り出して車を走らせたというのがスタンリー側の事の次第だった。
 そんなスタンリーの運転で、ケータリングと酒を買い込んだ二人が、ゼノの部屋で酒盛りと洒落込んでから数時間が経った。もともとツインで取られていた部屋にスタンリーの分の宿泊も追加したため、飲酒運転の心配もこのままの寝落ちにも余念はない。スタンリーが実際心配したのは、何よりも幼なじみの二日酔いの方ではあるのだが。
「おら、ゼノ。水も飲まねーと貴重な脳細胞が死ぬ」
「う、……加齢に伴う認知症発症リスクとアルコールの常用の相関関係の観点から言うのであれば、一週間あたり純アルコール80グラム──ボトルワイン1本程度であればむしろ予防に効果的というデータもある。僕には君以外とアルコールを常習的に嗜む習慣はないし、身長体重からしても今日1日でこのワインを空けるくらいはなんの問題も……ううん」
「そんだけ喋れんならまあいいけどさ、水は飲め。ハイスクールのガキじゃねえんだから」
 蓋を開けたミネラルウォーターのペットボトルをゼノに握らせると、彼はまじまじとボトルを見つめながら、机に頬をくっつけたままぼんやりと呟く。
「……ハイスクール、か」
 その様子に、おや、と思う。別にハイスクールに格別いい思い出も悪い思い出もなかった──前科がついたのは別にして──ゼノがあの頃を振り返るようなそぶりを見せるのは珍しい。
「ときにスタン、ディアナとはその後どうなんだい、プロムに一緒に行った」
「……バカみたいに時間が飛ぶじゃん、何年前の話だよ」
 一瞬、なんの話かと思った。プロムなんて10年も前の話だが、酔ったゼノはその記憶力の良さから度々時間の感覚を超越するようなことを言い出す。
 ゼノの言う少女とは、プロムにどうしてもと言われてハイスクールの最後の1年間だけお飾りで付き合っただけで、卒業後一切の連絡は取っていない。どこだかの有名大学に進学したことしか知らない。したたかな女だったから、いまもきっとどこかでそれなりにうまいことをやっているのだろうと、言われて思い返す程度だった。
 こりゃよっぽど参ってるな。
 そう思いつつ、宥めるように背をなでてやろうとすれば、ゼノはふん、と軽く鼻を鳴らした。
「他ならぬ君が結婚をするのなら、余興でロケットを打ち上げてやるくらいの甲斐性はあるんだがね」
「いやそれあんたがやりたいだけじゃん。俺の結婚式に託けんなよ」
 少し調子が戻ってきたような、はっきりとした少し楽しげな口調に、スタンリーも苦笑を漏らす。
「てか、何度も言うけど付き合ってねーかんね……ってプロムの後にも言ったよな」
「いいじゃないか、君ほどではないが美しい顔立ちをしていたし、何より愚かじゃなかった。……だが今の方がもっと選択肢は広がっているのか……」
 調子が戻ったかと思えば人の話は聞かないままだった。もともとマシンガントークが売りの男ではあるが、ほかならぬ自分とここまでキャッチボールが成立しないのも珍しい。
「まじで珍しいね、あんたがそういう話でぐずってんの」
 そう言って背を撫でてやれば、ゼノはむくりと机から身を起こした。
 彼はペットボトルにやっと口をつけて、その半分ほどを一気に飲み干すと、ため息を吐いて机に肘をついた。
「あの忌々しいパートナー至上主義のせいさ」
 地の底から響くような、「忌々しい」という単語を体現したかのような声音に、悪いと思いながらもスタンリーは少し笑った。
「なんだよ、また女けしかけられたん?」
「紹介されかけたね、独創性のない誘いには興奮しないと断ったが」
「さいっあくだね」
 今度は遠慮のかけらもなく、思わず手を叩いて笑ってしまったスタンリーだったが、じろりとこちらをぬらむゼノに両手を挙げて降参の意を示す。
「研究の成果とパートナーの有無になんの相関がある?」
「ま、そこは軍もどこもかわんねーな。権威主義のロートル的なこだわりどころ的な?」
「そこのこだわりに意義を見出せないという話だよ」
「そこいわれっとトートロジーになっけど。立派な大人ならお付き合いしてる相手の一人や二人、過程の一つや二つ持ってて当然ー、みてえな」
「家庭は二つは持てないだろう」
「言葉の綾くらい見逃せよ」
 あえて軽口でいなしながら、スタンリーもまた同じような立ち位置にある自身のことを省みざるを得なかった。
 軍の上層部は良くも悪くも上流階級との関係が根強い。貧困層からのし上がるための手っ取り早い手段が軍に入ることだと言うのは一般的な認識と言っていい。完全な実力主義の社会であると同時に、故にこそ、優秀であればあるほど、上層に近づけば近づくほど社会の構造の中に取り込まれざるを得ない圧力を感じるのだ。
 スタンリーは若く、優秀で、そして美しかった。それは自分でも認識しているところであり、つまりは恋人に、あわよくば結婚相手にと所望されることも多いことを意味する。
 ままならないもんだな、とスタンリーはゼノの背を撫でる。自分の背を自分で撫でるわけにはいかないから。
 ただゼノの作った銃を撃って、ゼノはそれを分析して。そこからわかった何かしらのデータを元に別の実験に手を出すゼノの背中を見ながら、たまにこっちを振り向く興奮したような笑顔に笑ってやって。
 場所は変わってもやることは変わっていないはずなのだ。自分は銃を撃って、ゼノは研究をする。それなのに、それだけでいることが、どうしても難しいのがもどかしくてしかたない。
「……ま、あんま気にすんな、ってのは慰めにはならねーだろうけど」
 言いかけて、ためらった。どうしようもないよな、とか、世知辛いよな、とか、そんな無意味な同調はしたくなかった。
 少し口をつぐんでから、スタンリーは続ける。
「……俺は、あんたが楽しそうにしてたらそれでいーんだよな」
 結局何にもならないのは同じだけれど、その言葉が自分の全てだった。
 子供の頃、初めて出会った時から、面白いやつだなと思っていた。彼が自分に向ける眼差しが、それまでに出会ってきたどの人間とも違ったから、その眼差しに対する好奇心と少しばかりの意地が、自分が彼に向けた最初の関心だったと記憶している。そうして共に在るうちに、嫉妬も羨望も恥も外聞も関係なく。ただ自然体の個と個として隣に在る関係に心地よさを覚えるようになった。またその心地よさとは相反するような、彼のパーソナリティと思想に伴うスリリングな体験も、スタンリーの人生の方向性を決定づける一助となったと言っても過言ではない。
 出会わなければきっともっと違う人生があったのだろうと、スタンリーは折に触れて思う。それこそ女と付き合うのももう少し楽しかったのかもしれない。快楽を求めることにも貪欲であったかもしれない。しかし同時に、それに虚しさも感じていたのではないかと、そう思いもするのだ。それは、ゼノに出会う前の幼き日々にあった諦念の延長線上にある感覚だとわかるから。
 けれど、そんな想像は無意味なのだ。なぜなら、今の自分の人生には、ゼノがいる。
 ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールドという男を知ってしまった今、スタンリーにとってはこれ以上の人生は考えられないのだ。
 ゼノが微睡から覚めたように目を見開いてスタンリーの顔を覗き込む。
「スタン、君以上に僕を理解してくれる存在はいないだろうね」
 その言葉に、表情に、スタンリーは一瞬自分が何を考えていたのか分からなくなった。
 ゼノが自分を見る目はずっと変わらない。そうして自分が彼に向ける眼差しも幼少期からなんら変わることはない。
 けれど、その上でたった今、何かが致命的に噛み合ったような気がした。
「そりゃ、光栄だね。お互い様って言葉も付け加えとく?」
 茶化しながら、お互いの目をまじまじと見つめている。
 ……誰よりも大切に思っている。それは、確かなのだけれど。
 目の前のゼノも、妙な顔をしていた。チルチルとミチルが青い鳥がそばにあることに気づいた時というのは、実際こんな顔をしていたんじゃないかと思う。いや、そんなことあるかよ、というような。
 そうしてゼノの優秀な頭脳と自分の頭は、同時に似たような結論を導き出したらしい。
「ところでスタンリー、一つ提案があるんだが」
「あー、」
 先に口火を切ったのはゼノの方だった。
「今の会話で利害の一致を改めて認識できたというのが僕の側の認識なんだが、君の目からはどうだい、スタンリー・スナイダー」
 ひどく真面目な顔で告げられた言葉。その真面目な顔の裏側には堪えきれない好奇心と押さえ込むのに必死な笑いがあるのが見え隠れしている。スタンリーはグラスに残ったワインを飲み干してからデスクに置いた。
「周りくどいのはエレガントじゃねーな、ゼノ先生」
「おや、エレガントな君ならどんな回答を出してくれるのかな」
「そりゃ、こうだろ」
 余裕ぶって立ち上がる。この程度のアルコールで酩酊するような自分でもないはずだが、今の気分を端的にいうのなら最高の一言だった。
 ゼノの前に跪いて、彼の手を勿体ぶって手に取った。
 そうして指先に軽く口付けた。
「俺の人生の残りをあんたに捧げさせてくんねぇ? May I devote the rest of my life to you?」
 しん、と静まりかえった室内。
 数秒の無言の後、ついに堪えきれずに笑い声をあげたのはゼノの方だった。
 声を上げて笑うゼノは久しぶりに見たな、と感嘆しながらも、スタンリーもまたつられたように笑う。く、と声を殺そうにも、どうにも愉快で仕方がなかった。
「いや、君のその物言いだと“常に忠誠を”Semper Fidelisの方がしっくりくるね」
「言ってから思ったんだよ、俺も。人生をあんたに捧げてんのは今更だな、ってさ」
「残りどころか前半も余すところなくいただいてしまっているからね」
「じゃ、御所望の方も捧げとくかね。Semper Fidelis」
「おお、本物だ」
 満足げに手を叩くゼノに敬礼をする。ゼノはひとしきり笑うと、そうして少し考えてうなずいた。
「ふむ、まあしかし、僕も君のいない人生は考えられないしね」
「んじゃ、やっぱここがお互いの墓場ってことじゃん?」
 言いながら、スタンリーは妙な納得を得てしまう。墓場。確かにそれが自分には一番ふさわしいような気がした。どんな人間だって行き着く先は墓場なのだ。最後の審判のあとに天国に招かれるような善行はしていない自覚はあるが、それでもただゼノの隣で眠る想像をするだけで、全てが報われるような気がした。
 楽しく笑って、愉快に踊って、バカみたいに踊らされて、軽やかに憎まれ口を叩いて、そうして後の最後まで足掻いてやる。ゼノはゼノのやり方で、俺は俺のやり方で。
 その想像だけで、胸の奥にあった焦燥が消えていくような気がした。
 ゼノは楽しそうに新しいワインを開けた。真っ赤な血の色がワイングラスを満たしていくのを眺めていれば、ゼノがボトルをこちらにも向ける。グラスを手に取れば、そのまま注がれていく深い赤。どくどくと、立てる音まで血潮みたいだと笑えば、管を通る液体という意味では同一だからねと笑われる。
「さて、これから僕と君は世間を欺く共犯関係になるわけだが、スタン」
「あー、そんなんハイスクールまでで飽きるほどやってきたじゃんよ。何を今更はしゃいでんだか」
「懐かしくはあるだろう?」
 ゼノが眉を釣り上げて、グラスを掲げる。
「そりゃ」
 スタンリーも同じようにして笑った。
「サイコーだと思ってんよ、ハニー?」
「君ならそう言ってくれると思ったよ、ハニー」
 心地よく酔いはすれども、覚めるのも早いのがお互いの特徴だった。しかし覚めたところで互いの結論の妥当性に揺らぎはない。空になったボトルを並べてゴミをある程度片付けたところでゼノはスタンリーに切り出した。
「さて、善は急げという言葉が東洋の格言にあってね」
「善なんかね、これ。欺くって意味では悪ぃことっぽいけどね」
「僕らにとってはいいことだろう。煩わしさから解放されるのだから」
「ま、そうか」
「ともあれ、必要なのは指輪だ。おお、スタン、君の美しい指先を彩るのに完璧な指輪を用意しなくてはね。さて、休暇の残りに用事は?」
「ねえよ、あんただけ」
 すこしあくびまじりのスタンに、ゼノは満足そうに笑った。もちろん、そうでなくてはいけないとも。エレガントな僕らの生涯をかけた完全犯罪の第一歩は、こんなところでつまずいてはいけない。
「エレガントな回答だ。では明日はショッピングと洒落込もうじゃないか」
 指輪を選ぶのなら選択肢が広い方がいい。男同士で指輪を選ぶことに対する差別的な視線が残っていないとは言い切ることができないという意味でも、まずは地元からほど遠い場所から慣らしていくのがきっとお互いにとっても最適解だ。それにせっかくの休暇を幼なじみと楽しみたい気持ちもあった。普段とは違う土地で、好ましい相手とスリリングな遊びをする楽しさは、幾つになっても変わらない。
 そんなことを思っていれば、スタンリーは少し考え込んだ後に口を開いた。
「じゃ、明日の運転は俺な」
「せっかくの休暇なのだからスタンは休むといいよ。君は知らないだろうが先日運転免許は取ってね」
「いや知ってっけどさ。あんたよりぜってぇ俺のが運転うまいし、俺の心の安寧のためにも助手席でくっちゃべっててくんね」
「それは、なかなかにプライドが傷つく発言だがね、スタンリー」
「この程度で傷つくプライドならとっくの昔に粉々だろ」 
「言ってくれるね」
 意に介した風でないスタンリーの様子に唇を尖らせていたゼノだったが、それをみたスタンリーは、当然だとでもいうように悠々と笑った。
「あんたのことはあんたより詳しい自信があっかんね」
「ほう? ならば明日の君の仕事は僕の指輪のサイズを当てることとしようか」
「できるよ、んなの余裕だっての」
 挑発的な流し目がたまらなく美しい男だな、とゼノは思う。そしてそんな男が、その眼差しに少年じみた悪戯っぽい無邪気さを乗せるもの、同様に好きだと思うのだ。
 スタンリーは、言い切った後、しかしすぐに首を捻って付け足した。
「あー、ただ、デザインはあんた担当な。物の良し悪しはわかんねえかんね、俺」
「おお、もちろん。君に最も似合うデザインを見繕おう」
「楽しみだね、そりゃ」
 スタンリーはそう言うとベッドに倒れ込んだ。
「指輪ね。恋人ってんなら俺のドッグタグ預けんのもそれっぽいけどさ」
「ふむ、それも悪くはないが。まずは段階を踏んで行くことにしよう」
 スタンリーが柔らかな微睡の中にいるのを横目に見ながら、ゼノは明日に思いを馳せる。
 恋人らしさを押し出した指輪。銃を握るその指を彩る金属。幼い頃からゼノを引きつけてやまない、その神秘的なまでの正確性を有した繊細な指先と、それに懸ける近いにふさわしいもの。
 ゼノはスタンリーが横たわるベッドに腰掛けて、そっと彼の額にかかる髪の毛を梳いた。
「材質はもちろんプラチナ一択だね。数千年経っても変わらぬ想いを君に捧げようじゃないか」
「ほぉん、愛にも変わらず、恋も知らずに?」
「もちろん、身も清らかなままでね」
「ウケんね」
「おおスタン、きみに捧げるものは全て最上級でなくてはいけないからね。たとえそれがジョーク一つであろうとも」
 耳に流すようにかけてやれば、整った鼻梁があらわになる。くすぐったそうに身をよじらせる彼におどけてそういえば、スタンリーは軽く鼻を鳴らして、満足げに笑った。
「そりゃ、飽きずに済んでありがたいね」
 ここに在るのは恋でもなければ愛でもないのだ。二人を繋いでいるのは後生大事に抱えていた腐れ縁。それを腐食しないプラチナでコーティングして、一生抱える覚悟を決めただけの話だった。
 恋愛相手としてはお互いを知りすぎていて、友人というには配慮がない。これ以上お互いに何も求めるところはなかったし、ただ離れて生きるにはお互いが不可分となりすぎている。
 だから、名目だけでよかった。周りの声はどうでも良くて、お互いにとって最後に戻ってくる場所がここにあると、そう言い切れるだけでよかった。
 パンのみにて生きるわけではない生で、とりあえず明日の朝はコーヒーが飲みたいなと。
 ゼノはそう思いながら、眠りに落ちた幼なじみの髪の毛をもう一度撫でてから、シャワールームに足を運ぶのだった。
 
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偽装恋人スとゼ
初公開日: 2021年06月09日
最終更新日: 2021年06月09日
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