昔から、よく勉強のできる子だと言われて育った。
言葉を覚えるのも早かったらしく、家の仕事も忙しいのにその合間を縫って町のグラマースクールに通わせて貰えば、読み書きは難なく身に付けられたし、それは外国語も同じことだった。数学も簡単だったし、本を読むのも勉強をするのも嫌いじゃなかった。
でもそんなことよりも、けっして裕福じゃない家のことだ、はやく仕事を手伝いたい、一人前になりたい、ならなければと思っていたのだ。
「……そのはずなのにだったんだけどなぁ」
馬車を降りて、目の間に広がる広大な土地を見て、一つため息を吐いた。
荷物を抱える。新品の制服は名前らしくもなく身の丈にあっていないと思う。けれどしょうがないのだ。僕は成長期で、学校の制服は高い。大は小を兼ねる以上、このサイズが最も合理的なのは明白だった。
掌の半分までを覆う袖を見て、つい、帰りたいなと溢しそうになって口を抑えた。
両親が生活費を削って無理して入れてくれたのだ、そんな事は言ってられない。なんとしても卒業して、いい大学に行って、ミドルアッパーに。家族を楽にしてやらなければ。そうでないと、釣り合いが取れない。
そんなことを考えていると余計に肩が重くなる。校門へ向かう足が動かない。
やだな、帰りたいな。こんなところ、本当に、相応しくないよ。
歴史を感じる豪奢な建物を見るほどに泣きたくなってくる。思わず俯く。
「なあ、あ……そこの」
しかし、不意に聞こえた声と共に肩を叩かれて、思わず勢いよく振り返った。
そこにいたのは、なんというか、言葉を選んでも選ばなくても、とにかく綺麗な子だった。
綺麗な銀髪は細く艶やかでゆるやかに波打っている。長い睫毛の縁取る淡い色の瞳は、その色の彩度と明度に比して深みを感じさせてひどく引き込まれる不思議な輝きを宿していた。
なんで女の子がこんなところに、と思ったところで、「聞いてる?」と訝しげな声を上げるその子に慌ててうなずく。
「あ、ごめん。何かな」
こちらが何を考えていたのかは、おそらく見透かされているのだろう。苦笑したその子は、スッとこちらに手を差し出してくる。
その手にあったのは、ハンカチだった。
「落とし物。君のだろう?」
綺麗な発音は耳に心地よかった。僕が苦労して身につけた上流階級のイントネーションを軽やかに扱うその子は、なるほど確かに高貴な血筋なんですと全身で主張しているような輝きをしていた。
そして全身を見たことで、初めて、その子が身につけているのが自分と同じ制服であることに気付く。
そして、彼が少年であり、僕と同じ学校の生徒であることにも。
「新入生?」
ハンカチを渡してくる少年に感謝を述べようとすれば、そう問われる。
「え、あ、うん。て言っても特待生枠だからね。君みたいに家柄がいいわけじゃないから、身分不相応、かもしれないんだけど」
「僕が?」
「違った? 綺麗な英語を話すから」
「や、ううん。ありがとう」
僕の言葉に一瞬目を丸くしたものの、すぐに落ち着いた表情に戻る。
「あ、ハンカチ、ありがとうね。助かったよ、ええと……」
名前を呼ぼうとして戸惑っていれば、彼は小さく笑った。
「スタンリーでいいよ。君も新入生なんだろう?」
なら、同級生だ。
その言葉に、どうしてか、ふっと今まで背中にのしかかっていた重荷が軽くなったような気がした。
同級生。その言葉にはっとする。確かにそうだ。僕は僕一人で勉強をするわけではなくて、それに学校は勉強をするためだけの場所ではない。グラマースクールに通っている時だって確かに友達がいた。
友達ができたら。新しいことを学べたら。できることが増えたらしてみたいことがたくさんあった。そんなことを忘れかけていて、それこそが両親に対する裏切りだったのかもしれない。
「……そういうのもあんだな」
「え?」
そんなことを思っていれば、彼が何やら感心したように呟いたのが聞こえたが、何を言ったのかはよく聞き取れずに聞き返す。
彼は首を横に振った。
「こっちのはなし」
「同級生なら、同じクラスになることもあるかもしれないね。その時はよろしく」
そのまま身軽な彼はひらりを手を振って校舎に向かって歩き出す。
「じゃ、僕は先に行くよ。またね、テイラー」
名前を呼ばれて、ハッとする。
「なんで名前」
僕に背を向けて歩き出していた彼は、肩越しに半身で振り返って、にやりと笑った。
「ハンカチの刺繍。もうちょい気ぃつけなよ、秀才くん!」
その発音があまりにも下町で僕自身の耳になじんだもので──けれどどうしてか、あの綺麗な英語よりも彼に馴染んで見えたから。
何が何やらわからないまま、僕は校門に向かって駆け出した。
馬車を降りたときの息苦しさなんか、すっかり忘れ去ってしまっていた。
13歳の秋。
父も兄たちも入学し、そして卒業した名門寄宿学校に入学するのは生まれた時から決まっていたことではあったし覚悟もしていた。兄たちが語るのは恐ろしく面倒くさく堅苦しく、でも振り返ってみればいい学生時代だったと言えるような日々のことで、それはつまり在学中は地獄であるということではないかと怯えながら物心ついてからを過ごしていたのだが、その日々がとうとう現実となってしまった。
馬車に揺られながら、ひどく心細い気持ちを堪えるようにバッグを抱きしめていた。
のだが。
「やあ、僕はウィングフィールド。君が僕のルームメイトとなるわけだね、ええと」
「あ、ええと、ハーバートだよ。サミュエル・ハーバート」
「サミュエル、いい名前だ。共同生活には不慣れでね。不快な言動が多ければ言ってくれ、改善できる部分については譲歩しよう。僕も君への要望はためらわずに伝えるからそのつもりで」
「あ、うん……?」
「ウィングフィールドくん」
「うん?」
「その……不快でなければ、君の名前を聞いても?」
「ああ、失礼。僕はゼノ。ゼノ・ヒューストン・ウィングフィールド」
「スナイダーくんはウィングフィールドくんと仲がいいんだね」
「まあ」
「俺が見とかねーと死にかねねぇかんね、あいつ」
「えっ、と」
ああ、と一瞬納得してから、やってしまったなという顔をした後、彼は人差し指を立てて小さく笑った。
「内緒にしてくれると助かるよ」
13歳の秋。慣例に則って入学したパブリックスクールは慣れないことばかりで苦労したけれど
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19世紀
初公開日: 2021年07月20日
最終更新日: 2021年07月20日
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