世菜を待っている。歩道が目の前に見えるカフェの窓際で、アイスラテを少しずつ飲みながら、私と瞳と恵が三人並んで、そろそろ歩道に現れるはずの世菜を待っている。まだかな。せっかちな瞳が呟く。
「今日は映画でしょ? 上映時間までには到着してくれるんじゃない?」
「世菜って見た目より真面目だしね」
「でも待ってる時間ってやっぱ焦れったいじゃん!」
 恵とフォローをしてみても、瞳は落ち着いてくれそうにない。瞳はいつもこうなのに、世菜を待っていたい私たちに合わせて早めに待ち合わせ場所まで来てくれるのだから、優しいやら律儀やらで、可愛いところもある。普段はせっかちなせいで怒っているように見えることもあるので、それを乗り越えて深く付き合ってみないと可愛さがわからないのが玉に瑕だ。
 恵は言う。
「焦れったくても結局早く来るってことは、待ち人来たるの醍醐味がわかってるってこと」
 なんだそれ。恵はよくわからないことを言い出す不思議ちゃんだが、付き合いはいいしリサーチ力もあるので、複数人で行動するときは欠かせない存在だ。それも、不思議ちゃんとの付き合い方を覚えて一緒に行動するところまで持ち込まないと見られない利点なのが勿体ない。今日のこのカフェを見つけたのも恵だが、店内は適度に空いているし、店の奥にはグランドピアノが設置してあるしで、洒落た空間は居心地がいい。ピアノの生演奏は日曜と祝日限定らしい。今日は土曜日なので聞けないのが残念だ。
 瞳の顔がこちらを振り返った。
「南、仕事休んで大丈夫?」
「有給使う権利くらいあるし、たぶん大丈夫」
「前回みたいに電話が鳴りっぱなしになったりして」
 瞳と私は似たような業界で働いているが、瞳は土日が休日なのだ。私は日曜だけが固定休で、もう一日は休める時に休むので、土曜に会社にいないのは久しぶりだったりする。だからどうした、世菜のためだぞ、という気持ちでいるので、電話が鳴っても気にならない。むしろ、電話を受けない意思を見せつけるために電源を切ってしまいたいが、世菜が来る時間のこともあるのでそれはできない。ここのところ、仕事とプライベートとでスマートフォンを分けようか審議中だ。
 私と瞳と恵はタイプの違う三人組だが、世菜はもっとタイプが違う。世菜だけ年齢が下なのでそもそも生きている時間すら違うのだが、長い黒髪を巻いて前髪を立ち上げ、韓国ブランドの服で細身の体を着飾って、細い真っ白な脚でかっこよく歩くので、まるでアイドルのようなのだ。韓国ファッションをここまで着こなせる子が他にいるか、という話題になったとき、今日と同じようにカフェでくつろぎながら通行人の観察をしたが、やっと見つけたと思ったら待ちわびていた世菜だった、ということがあった。あの日のことは、世菜は別格だということを改めて実感させられた出来事として、私たち三人の中に刻まれている。
 そろそろ来てもいい頃合いなのに、駅方面から歩いてくる人波の向こうを見ても世菜らしき頭は見えない。どうしたのか、とスマホを確認すると、世菜がラインを送っていた。
「あ、電車遅れてるって」
 報告すると、瞳はテーブルに突っ伏した。恵は気にする素振りもなくアイスコーヒーをすする。正反対の二人に笑いながら、電車の遅延情報を見た。人身事故で遅れていたら映画に間に合わないかもしれないと心配したが、信号機が作動しただけらしい。これなら五分とかからず電車は動き出すだろう。一安心だ。
「もう待ちくたびれたから、今日の映画のネタバレ見ちゃおうっと」
 体を起こした瞳がスマホを操作し始める。私は予告以上の事前情報はいらないので放置を決め込み、世菜のラインを見張った。相手の男からの返事が遅い。男は移動中で確認を怠っているのかもしれないが、時間を守る世菜は焦っているはずだ。早く返事をしてあげてほしい。むしろ私が返事をしたい。しかし、そんなことをしたら存在がバレてしまうので、できない。
 やきもきしながら瞳の独り言を耳に入れないようにして過ごすこと四分、やっと駅から人の塊が出てきた。電車が到着した。瞳もそれを察知して窓の外に釘付けになったが、私と瞳よりも先に世菜を見つけたのは恵で、彼女は世菜を確認するなり勢いよく立ち上がった。
「行こう!」
 瞳も立ち上がり、飲みかけのピーチティーを一気に飲み干して返却カウンターへ向かう。ふらふらと出口へ向かってしまった恵のグラスは私が返却してやり、瞳と競い合うようにして恵を追った。私たちが外へ出ると、ちょうど世菜が目の前を通過した。歩いていてもスマホを確認していて、返事の遅い男に腹が立つ。私ならすぐに返事をして、焦らなくてもいいと伝えてあげるのに。
 少しだけ距離を取って世菜の後ろを歩きながら、瞳は言った。
「今回の相手って彼氏になってくれるかな?」
「世菜が我が儘言わなければ大丈夫なんじゃない? 南が見てるラインはいい感じなんでしょ?」
 たぶんね、と返しながら、世菜の後ろ姿を観察した。いつもより歩くスピードが速いのは当たり前だが、少し違和感がある。なんだろう、とよくよく見ると、ダッドスニーカーを好む世菜の足元がパンプスだった。歩きにくそうではあるが、この違和感は恐らく靴擦れ。左足をかばっている。これは、男が気付いて気遣ってくれない限り、痛みで不機嫌になった世菜から我が儘の爆発が起こる恐れがある。
「あ、世菜、もしかして足痛いんじゃないかな」
 恵も気付いた。今すぐ呼び止めて絆創膏を渡したいが、それは私たちには御法度なのだ。干渉できないのが今回ばかりは悔しい。恵も横で、「可哀想、きっともう歩きたくないよね」と同情をたっぷり含んだ声で呟く。瞳は瞳で、「私たちの世菜が……」と世菜の体に傷ができたことを嘆いた。
 私たち三人は、元々は接点のないただの他人で、それぞれが世菜を見ていた。私が最初に存在を認識したのは瞳で、恵もそうだったらしい。私は世菜だけでなく瞳の観察もするようになり、自分と同類ということを確信してから行動を共にするようになった。恵が私たちに加わったのも間もなくで、自分と同類らしき怪しい二人が一緒にいるのを見て、高みの見物をやめたと語った。それ以来、集めた情報を三人で共有するようになり、私はクラッキングに成功した世菜のスマートフォンの中身、瞳は郵便物や捨てられたゴミの中、恵は覗き見や住居侵入という、偶然にもそれぞれ違った情報収集方法を行っていたために、世菜に関する知識は膨れ上がった。
「ねえねえ、今日の映画なんだけどさ、衝撃のラストの真相まじやばいよ!」
 瞳がみんなの注意を逸らそうとしたが、「言ったら家に入る」と言い放った恵のおかげでネタバレを聞かされることは避けられた。どのみち見守ることしかできないのだから、世菜の靴擦れはどうしようもない。彼氏ができますように、というのは三人の共通の望みで、全員が世菜の幸せを願っている。
 左足をかばう世菜。可愛い世菜。私たちの世菜。どうか今日は上手くいきますように。
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