朝型、夜型というおおまかな分類を人類が使うようになってからは随分経ったようだが、遺伝子配列により生物学的に分類ができるようになってからは、まだ三十年も経っていない。たった二十数年前に話題になった論文を元に人類が新しく分類され始めた割には、社会の変化は上手くいっているように思う。
 この朝型夜型という分類が成される前は、深夜に明かりが灯っている場所と言えば、繁華街や駅、コンビニ、交番や終日営業のスーパー程度だったらしい。らしい、と言うのは私がまだ生まれる前の話だからで、母親から聞いただけの身としては、あまり実感が湧かない。それじゃあ夜型の人はどうやって病院に行ったの、と聞いてみたら、母親は仕事の手も止めずに素っ気なく「知らない」と答えただけだった。
 この母親と私は同じ遺伝子配列をしており、毎日朝の六時頃から十五時頃までを休息とする超夜型の生活を送っている。夜型と一口に言っても色々いるようで、夕方から活発になる人、夜から活発になる人、明け方からやっと活発になる人と活動時間帯は様々だ。朝型の人も同じなようで、早朝から活発な人もいれば、昼前や午後になってから身体のパフォーマンスが上がる人もいる。
 元々は、この朝型の人たちの間で活動時間帯が話題になったようなのだ。遺伝子配列についての論文が話題になるより先に、社会に導入されていたのがフレックスタイム制という労働体制で、その時間帯を更に幅広く取ろうとする動きが最初にあったらしい。その後、何がきっかけだったのかリモートワークとやらが推進されると、出社の義務、通学の義務さえ薄れていき、そこへ来て革命的な論文が発表されて話題になったお陰で、自身の活動時間さえ自由に選択できるようになった。深夜に区役所の窓口が開いているのも、診察時間を昼と夜の二部制にしている病院があるのも、何も突然始まったことではないらしいのだ。昨年やっと、銀行での夜間帯の出金や送金の手数料が昼間の利用と同じになった。こうやって、世の中の仕組みが少しずつ変わってくれたお陰で、深夜の二時半に母親は仕事をし、私はオンライン授業を受けることができている。
 しかし、もう三時半か。そろそろ仕事も学業も終わっていいだろう。私は母親の仕事部屋を覗いた。
「えいちゃん、ご飯食べる?」
「うん、今日もデリバリーしちゃう?」
「ううん、作るよ。今なら和食と洋食選べるけど」
「今日は和食の気分」
 親指を立てて見せてからキッチンへ行く。鶏肉があったはずだから親子丼でも作ろうと冷蔵庫を開けたが、肉はなくなっていた。きっと母親の昼食にされたに違いない。他にメインディッシュに使えそうなものもなく、仕方が無いのでスーパーへ行くことにして、仕事部屋から出てこない母親に一声かけてから家を出た。
 夜にマンションの明かりが灯っているのはずっと昔から同じだそうだが、社名入りの営業車や運送会社の配達トラックが走っていたり、自転車に乗った子どもの姿を見られるようになったのは、ここ数年のことだ。私が小さい頃は、まだ夜間帯の外出は非常識で危険を伴う行為と見なされ、昼より悪化する治安が問題視されていた。治安改善のために今ではずいぶん街灯が増え、住宅街でも監視カメラが目立つようになった。それだけでも抑止力にはなっていたそうだが、一番効果を発揮したのは仕事をする人たちの姿だった。元々夜型の人材を多く抱えていた運送会社は、早いうちから夜間帯の配達を始めていたが、配達先の人間が夜型の生活を送っていなければ仕事ができない。社会全体で自由な時間帯で生活できるように働きかけたからこそ、深夜の三時を回った今でも段ボール箱を持って走る配達員を見ることができるし、住宅街の明かりも増え、治安が守られている。
 せっかく買い物に出たのだから、親子丼より単価の高い牛丼を作ることにして材料を買い集め、空腹に急かされて家路を急いでいるところで、後ろから声をかけられた。せっちゃん、と呼ばれて振り返れば、母親の数少ない友人の一人である澪が小走りで追いかけて来ている。澪は母親より少しだけ年下だが、見た目はもっとずっと若く見えた。童顔というわけではないのに若く見えるのは不思議だが、小さい頃から変わらない見た目で笑顔を振りまく澪のことを、私は好いていた。
「澪さん、仕事終わったの?」
「うん、さっきね」
 追いついた澪と並んで歩きながら、私は晩ご飯を牛丼にしたことや、先ほど受けていた授業で出た課題の面倒くささを話し、澪は懐かしむ様子を見せながら相槌を打ってくれた。
 私と母親も、澪も、同じマンションに住んでいる。夜型の生活をする人専用のマンションなので、深夜だからと物音を気にする必要もないし、日中も真上の部屋で掃除機をかける音が響いたりすることもない。
 工場に働きに出ている澪と、滅多に出歩かない母親の間に、住まい以外の接点がある様子は見受けられないのだが、澪はよく母親の様子を聞いてくる。今日も、私の話が終わると母親の話題に移行し、様子が気になるなら晩ご飯を一緒に食べないかと誘っても断られる、というところまでのやり取りをいつも通りに行ってから、マンションのエレベーターで澪と別れた。私は澪と一緒にご飯を食べてみたいのに、それが叶う日はまだ来なさそうだ。
カット
Latest / 118:08
カットモードOFF