八月十五日 日曜日 午後零時四十九分 スクランブル交差点にて
どこかで、無意識の内に、今のような日常がずっと続くのだと思っていた。
変わらないいつも通りの日々が、いつまでも続くのだと信じていた。
瑞希と、絵名と、奏と一緒に曲を作り上げる毎日が、ずっと……、ずっと。
そしてたまには皆でどこかに出かけたりして、それぞれのトラウマを克服しあって、少しずつ、けれど確かに変わっていくのだと、そうやって歩いていくのだと、そう思っていた。
願っていた。
父親を『殺して』しまった奏が救われるように、
才能の無い絵名が救われるように、
他人との違いに苦悩する瑞希が救われるように、
そして、両親の人形でしかなかったまふゆが救われるように、
支え合って、認め合って、疵を舐め合って、似た者同士の共依存の共存で毎日を過ごして言って、そうやって少しずつ、本当に少しずつ直して、治して、なおして、幸せというモノを掴んでいくのだと、そう思っていた。
そんな風に希っていた。
もちろん、それをまふゆは自覚などしていなかっただろうけれど、けれど確かに、無意識レベルでそんな期待があったのも事実なのだ。
「……………………………………………ぇ?」
でなければこんな風にはならない。
でなければこんな風に呆然としない。
でなければこんな風に伸ばした手が空をきることはない。
でなければこんな風に唖然とした声などでない。
でなければこんな風に一歩も動けないなんてことは無い。
でなければこんな風に、こんな風に、こんな風に、
でなければ、でなければ、でなければ、
こんな、こんな、こんな無様はさらさない。
「ぁ、え?」
だけど、あっさりと終わるのだ。人生なんてモノは本当にあっさりと終わる。
赤く、染まる。朱に、染める。緋く、塗られる。そして、消える。
「な、……ぁ、か」
まふゆは驚いていた。自分自身がこんな表情を浮かべられること、その事実に驚愕していた。
分かる。『これ』は本心だ。『これ』は本当だ。ようやく知れた。分かった。この感情だけは朝比奈まふゆのモノだ。
けど。
だけど。
「か、かな、……で?」
人はみんな、自分は死なないと思っている。いつか死ぬことを理解していても、自分だけは死なないのだと思っている。少なくとも今日は、明日は、明後日は死なないと、そんな風に思っている。
だけど死ぬ。
人は死ぬ。
善人も悪人も病人も老人も男も女も子供も大人も特別も平凡も関係なく人は死ぬ。
殺されて偶然で病気で愚行で死ぬ死ぬ死ぬのだ。
人は死ぬ。
当たり前のように死ぬ。
「────────────────────────」
だから、別れはいつだって突然だ。
タンパク質の塊と化した『それ』はもう何の言葉も発さない。動かない。彼女はもう、何も紡げない。
《《まふゆを救うための曲はもう完成しない》》。
「かな、で…………………………?」
《《信号を無視して突っ込んできた大型トラックは》》、
「奏えええええええええええええええええ!!!!!」
《《あまりにも簡単に》》、《《大切な人の命を奪った》》。
その九時間三十二分後、朝比奈まふゆは頸動脈を切り裂いて自殺した。
◆
八月十五日 日曜日 午後零時二十三分 喫茶店『アリアドネの糸』にて 《《二度目》》
《《そして朝比奈まふゆの意識は再覚醒した》》。
「ッ!?」
「じゃあ、みんなー!今日の打ち上げはこれくらいで解散しよっか!」
瑞希の声が聞こえた。
「はーい、お疲れー……。ほんともう、こっちは徹夜続きなんだから次はもっとスケジュールに気を遣ってよね……」
「そんなこと言って、絵名いっつも来てくれるじゃん!絵名もなんだかんだで楽しみにはしてるんでしょ?」
「それとこれとは話が別でしょ、瑞希!……今日は学校もあるから寝られないし……」
絵名の声が聞こえた。
「まふゆ?」
「……………………奏?」
奏の声が聞こえた。
「どうしたのまふゆ、すごく顔色が悪いけど……」
「顔色……」
《《まふゆは今》》、《《ニーゴの皆で打ち上げをした喫茶店にいた》》。
だから、まるで意味が分からなかった。
(……………………?)
さしものまふゆも混乱していた。それこそ、いつもの無表情が崩れてしまうくらいには。それくらいに衝撃的であったのだ。
《《なにせ》》、《《目の前で奏が大型トラックに撥ねられたのだから》》。
(あれは、……夢だった?)
だとしたらあまりにも悪夢過ぎるが、しかしそれ以外にいったいどんな説明ができるのだろうか?疲れがたまっていたのか、ストレスが溜まっていたのか、他の原因があるのか。
ともかくまふゆは悪夢を見た。それで己自身を納得させようとした。
……だとしても本当に、悪夢過ぎる悪夢だったが、。
「ごめん、少しぼぉっとしてたみたい」
「そうなんだ、……珍しいね、まふゆがぼぉっとするなんて」
「疲れてたのかも」
わずかに冗談めかして、まふゆは言った。
「…………そう、なんだ」
納得はしていないようであったが奏はそれ以上の追及はしなかった。こたえてくれないと思ったのか。それともそれ以外の『色』をまふゆから感じたのか。
とにかく奏はまふゆのことをそれ以上追求しなかった。
「奏!まふゆ!何してるの!?先に出ちゃうよ!?」
「ッ、あっ、待ってて、今行く!」
喫茶店の扉から声をかける瑞希に奏は返答する。
そして、そのまま座ったままのまふゆに手を差し伸べた。
「ほら、行こ?まふゆ?」
「一人で立てる」
「うん、知ってる」
まふゆが一人で立てることは奏も知っている。けれど、一人で立てるからといって独りきりで立ち続けられるのかと言えばそれは違う。
救うと決めた。
どんな手段を使っても。
奏の音で、まふゆを救うと。
だから奏は手を伸ばすのだ。拒絶されても、拒否されても、まふゆを救えるその時まで。
約束を果たすために。
「瑞希、今行く!」
「………………………………」
この時点で、
まふゆの脳内に何か小さな違和感がよぎっていた。
◆
八月十五日 日曜日 午後零時四十五分 スクランブル交差点にて
普段ならまふゆと奏の帰り道は違うから、二人が一緒に帰ることは無い。だけどどうやら今日はたまたま奏の好きなアーティストがCDを出す日らしい。
だから奏とまふゆはスクランブル交差点まで一緒に歩き、そこで別れることにした。
信号待ちの間は、二人は軽く雑談をする。最も、奏が問いかけまふゆが答えるという形式でしかなかったが。二人とも、瑞希や絵名とは違って口数が多い方ではないのだ。
それでも、まふゆは別に不快感は感じなかった。
クラスメイトや両親、塾仲間と話す時とは違って。
「そういえば、まふゆは歌詞を作る時に参考にしてるアーティストとかいる?」
「参考にしてるアーティスト?……別にいないけど」
あれ、とまふゆは思った。
《《この会話》》、《《あの悪夢の中でもしなかったか》》?
「じゃあまふゆはいつもどんな風に歌詞を作ってるの?」
夢の中でも同じことを奏が言っていた気がする。
「どんな風って、…………それは」
夢の中でも同じように答えた気がする。
「……分からない」
そう、あの悪夢の中でも『分からない』と答えて、
それでそうしたら奏は確か、
「そっか、でもきっと人形店の時みたいに感じたことを歌詞にできるなら、まふゆの中にも」
そうだ。
あの悪夢の中でも奏はそういう風に答えて、
「想いが」
それでこの後、奏は言葉を言い切ることができずに、
轢さ──────、
「奏ッッッ!!!!!」
まふゆは反射的に奏の腕を引っ張った。
助けるように、救う様に、無意識の内に、歩道の更に内側へと引っ張った。
《《次の瞬間大型トラックが奏に向かって突っ込んできた》》。
「ぇ」
《《だけどそれはまふゆが夢で見た光景そのままだった》》。
《《だからまふゆは奏を助けることができた》》。
「ッ、ひ」
大事故。鳴り響くクラクション。信号機にぶつかってひしゃげた大型トラック。
悲鳴が上がった。
「きゃああああああああああ!!!!!」
「いやああああああああああああああ!!!!!!」
そんな中でただ茫然と、まふゆは呟いた。
放心状態の奏を胸の中に抱えたまま。
「たす、……け、……られた?」
「っ、まふゆ、ありが」
《《信号にぶつかって炎上した大型トラックが大爆発を起こし》》、
《《積まれていた荷物の内の一つが奏に向かって飛散し》》、
《《奏の頭蓋が粉々に砕け散った》》。
「ぇ……?」
は?
え?
あ?
「かな、……で?」
なにこれ?
助けたでしょ?
助けられたでしょ?
悪夢の通りにはしなかったでしょ?
動いたじゃん?
なのに、
え?
どうして?
「奏……?」
奏の全身から力が抜ける。
膝が折られ、抱きかかえていた腕から奏の身体がずり落ちる。
嫌だ。居なくならないでよ。言ったじゃん。作ってくれるって。
私を救える曲を!
なのに!!!
「奏えええええええええええええええええ!!!!!」
現実はあまりにも唐突に、大切な人の命を奪っていった。
その三分後、朝比奈まふゆは舌を噛み千切って自殺した。
◆
八月十五日 日曜日 午後零時二十三分 喫茶店『アリアドネの糸』にて 《《三度目》》
《《そして朝比奈まふゆの意識は再覚醒した》》。
「ッ!?」
「じゃあ、みんなー!今日の打ち上げはこれくらいで解散しよっか!」
瑞希の声が聞こえた。
「はーい、お疲れー……。ほんともう、こっちは徹夜続きなんだから次はもっとスケジュールに気を遣ってよね……」
「そんなこと言って、絵名いっつも来てくれるじゃん!絵名もなんだかんだで楽しみにはしてるんでしょ?」
「それとこれとは話が別でしょ、瑞希!……今日は学校もあるから寝られないし……」
絵名の声が聞こえた。
「まふゆ?」
「……………………奏?」
奏の声が聞こえた。
「どうしたのまふゆ、すごく顔色が悪いけど……」
「顔色……」
《《まふゆは今》》、《《ニーゴの皆で打ち上げをした喫茶店にいた》》。
だから、流石にもうまふゆも理解できた。
(《《私はループしてる》》)
つまり、そういうことなのだ。どんな理屈かは全く分からないが、まふゆは自殺すれば今日をやり直すことができる。おそらく、何度でも。
(やり直せる)
やり直せるなら、助けられる。
同じ展開を繰り返しているのであれば、今度はスクランブル交点を通らないようにすればいい。
それで助けられる。救える。今度こそ。
あの大型トラックを避けるように動けばいいだけだ。
「ごめん、少しぼぉっとしてたみたい」
「そうなんだ、……珍しいね、まふゆがぼぉっとするなんて」
「疲れてたのかも」
わずかに冗談めかして、まふゆは言った。
同じ言動をすれば同じような展開になるはずだ。そのうえで、あの交差点とは別ルートで帰る様にすればいい。まふゆが自分の意志を示せば、奏は従ってくれるだろうから。
「…………そう、なんだ」
助ける。今度こそ絶対に。
奏を助ける。あんな偶然の事故なんかに殺させたりしない。絶対に。
「奏!まふゆ!何してるの!?先に出ちゃうよ!?」
「ッ、あっ、待ってて、今行く!」
喫茶店の扉から声をかける瑞希に奏は返答する。
そして、そのまま座ったままのまふゆに手を差し伸べた。
前と同じように。
「ほら、行こ?まふゆ?」
「……一人で立てる」
「うん、知ってる」
まふゆが一人で立てることは奏も知っている。けれど、一人で立てるからといって独りきりで立ち続けられるのかと言えばそれは違う。
救うと決めた。
どんな手段を使っても。
奏の音で、まふゆを救うと。
だから奏は手を伸ばすのだ。拒絶されても、拒否されても、まふゆを救えるその時まで。
約束を果たすために。
「瑞希、今行く!」
「………………………………」
この時点で、
まふゆの脳内には今までのまふゆにはない、絶対に奏を救うという強い決意があった。
◆
八月十五日 日曜日 午後零時三十八分 センター街にて 《《三度目》》
チャンスは一度だ。
もう絶対に奏を殺させたりしない。
どういう理屈かは全く分からないが、せっかく繰り返すことができたのだ。
必ず救う。
絶対に。
「あ、まふゆ、今日はCDショップに寄りたいから一緒にスクランブル交差点までは行くよ」
「……………………」
ダメだ。
それは赦せない。
スクランブル交差点に行かせるわけにはいかない。
それじゃ、奏は死んでしまう。
《《だからまふゆは初めて自分から行動を起こした》》。
奏の腕を、掴む。
「奏」
「どうしたの、まふゆ?」
「ちょっとショッピングモールに寄りたい」
「っ!!!???」
それが奏にとってどれだけ衝撃的な言葉だったのかは奏の表情を見ればわかった。まさしく驚天動地な言動だったのだろう。
まふゆ自身もそう思う。
それくらい珍しい、否初めてのことだったのだ。
まふゆが自分自身の意志でどこかに行きたいというなんて。
「ショッ、ピングモール……?」
「うん、……奏に、……ぇっと、私の服を選んで欲しくて……」
「ッ!!!???」
びっくりなんて言葉じゃまるで足りなかった。隕石が落ちてくる方がまだ現実味があった。
「わ、わたしなんかよりも瑞希と絵名の方が」
「ううん、奏に選んでほしいの」
「ッ!?」
思わず奏は自分の頬を抓った。夢かと思った。あるいは都合の良い幻覚か。
だって急に、こんな、いったいどうした!?
「夢じゃないよ、奏……」
「ぁ、ご、ごめん。……そういうつもりはなかったんだけど、ちょっと、……衝撃的で」
「それで、……選んでくれる?」
「っ、選ぶ!選ぶよ!わたし頑張って選ぶから!」
「そう、……なら早くいこう」
握っていた腕を離し、気恥ずかし気に奏から目を逸らしてショッピングモールの方向を向いて、
《《次の瞬間奏の頭蓋に植木鉢が落下した》》。
「がッ!?」
「ッ、奏!?」
崩れ落ちる身体。
赤く染まる銀髪。
罅割れた額。
そして、見開かれた目。
その全てが、たった一つの事実を示していた。
《《もう》》、《《助からない》》。
「っ、奏!?しっかりして、今救急車を!!!」
「ぁ、……まふ、……ゆ」
ふるえる指を、ゆっくりと、まふゆの頬に伸ばす。
「動かないでっ、話さないで!大丈夫だか」
「すくえ、……くて、……ごめ」
そしてだらりと、奏の腕が垂れ下がった。
「かな、で……?」
繰り返した。二度も。
スクランブル交差点には行かなかった。
なのに!
「どう、して…………」
また助けられなかった。
今度は植木鉢が落ちてきた。
奏に直撃した。
どうして!?
「どうしてええええええええええええええええええええええッッッ!!!!!?????」
慟哭が響いた。涙が滝のように流れた。
その八分後、朝比奈まふゆはマンションの屋上から身を投げて自殺した。
◆
四度目、植木鉢を下げるために話しながらショッピングモールに向かって進むも急に電柱が倒れてきて奏が下敷きになって死んだ。
五度目、四度目とは別ルートでショッピングモールに向かうも今度は通り魔に奏が刺されて死んだ。
六度目、四度目とも五度目とも違うルートでなおかつ駆け足でショッピングモールに向かって進む。ショッピングモールには辿り着いたが立っていたエスカレーターが逆走して奏が将棋倒しに巻き込まれて死んだ。
七度目、エスカレーターではなくエレベーターで上階に向かって進むが急にエレベーターの中に有毒ガスが蔓延して奏が死んだ。
八度目、階段を使って上階に向かうも走って下りてきた人に奏がぶつかられて足を踏み外して階段から落ちて死んだ。
九度目、人にぶつからないように奏を庇って上階に進む。目的地である洋服店に辿り着くもまふゆが試着室で試着をしている隙に奏がいなくなった。十七分後、女子トイレで腸を抉り出された奏を見つけた。やり直す。
十度目、一緒に試着室の中に入って奏から目を離さないようにする。カーテン越しに何者かに銃撃されて奏が死んだ。
十一度目、疲れから油断していたらまだ上空から植木鉢が落ちてきて奏が死んだ。やり直す。
◆
八月十五日 日曜日 午後零時二十三分 喫茶店『アリアドネの糸』にて 《《十二度目》》
《《そして朝比奈まふゆの意識は再覚醒した》》。
「ッ!?」
「じゃあ、みんなー!今日の打ち上げはこれくらいで解散しよっか!」
瑞希の声が聞こえた。
「はーい、お疲れー……。ほんともう、こっちは徹夜続きなんだから次はもっとスケジュールに気を遣ってよね……」
「そんなこと言って、絵名いっつも来てくれるじゃん!絵名もなんだかんだで楽しみにはしてるんでしょ?」
「それとこれとは話が別でしょ、瑞希!……今日は学校もあるから寝られないし……」
絵名の声が聞こえた。
「まふゆ?」
「……………………奏?」
奏の声が聞こえた。
「どうしたのまふゆ、すごく顔色が悪いけど……」
「…………奏」
《《まふゆは今》》、《《ニーゴの皆で打ち上げをした喫茶店にいた》》。
(どうして)
助けられない。もう十回以上、繰り返しているのに、なのに助けられない。まるで世界が奏の生存を許さないかのように、奏は確実に死んでしまう。事故で、事件で、故意に、偶然に死んでしまう。
どうして?
どうして!?
「大丈夫?まふ」
「奏、来て!!!」
奏の腕を掴む。力強く。
もう外聞を気にしている場合じゃない。
すべきことをしなければならない、何でも、何でもだ!なんだってしなければならない。じゃないと、じゃないと奏が死んでしまう。
奏が死んじゃうから!
挨拶もそこそこに喫茶店の扉を早足で潜る。
奏を引きずる様にして。
「瑞希、絵名、先に帰って。私は奏を家まで送るから」
「はあ?まふゆそれってどういう」
「さよなら」
「っ、まふゆ、待って痛い!」
歩道の外側を歩く。もしかしたらまた車が突っ込んでくるかもしれない。だから奏を庇えるように。
そして同時に上空に意識をやる。もしかしたらまた植木鉢が落ちてくるかもしれない。だから奏を庇えるように。
さらに前方にも最大限注意する。もしかしたらまた通り魔に襲われるかもしれない。だから奏を庇えるように。
もちろん後方にだって注目する。もしかしたら後ろから自転車が突っ込んでくるかもしれない。だから奏を庇えるように。
向かいの歩道を歩く人は安全か?いきなり銃をぶっぱなしたりしてこないか?
今すれ違った人は安全か?通り魔が偽装はしてないか?
「奏、奏の家まで案内して。今日はCDショップに寄らないで真っ直ぐ帰って」
「ぇ、なんで、知って……」
答える暇なんてない。
(余計な寄り道をするからダメなんだ。CDショップにも、ショッピングモールにも行かせない。真っ直ぐ帰らせる。そうすれば!)
もちろん、根拠なんてない。それはあまりにも希望的な観測だ。家に帰れば安全だなんて、そんな保障はない。
けれど、
だけど、
外よりも中の方が、自宅の方が安全に思えた。
鍵を閉めれば通り魔だって入ってこれない。
そのはずだ。
「まふゆ!聞いてまふゆ!」
「奏、奏の家まで案内して」
「まふゆ、痛い!離して!」
「奏、奏の家は何処?今日はまっすぐ帰って、それで家から出ないように」
「っ、まふゆ。お願いだから聞いて!いったい何が」
「いいから教えて!!!!!」
立ち止まって、怒鳴る。
激情のままに、怒鳴りつける。
「まふゆ……、何か、あったの?」
「違う、何もない。だから早く家を教えて、一緒に帰るの」
「何かあったよね?相談して、わたしは、まふゆのことを」
「違う!何もないって言ってるでしょ!!!いいから、いいから早く奏の自宅を教えて!今日は送るから!!!」
鬼のような形相でまふゆは叫んだ。周囲の目なんて気にしてられない。もう、どうでもいい。助けないといけない。絶対に助ける。
《《だけど》》、《《信号が点滅していた》》。
「あ」
何時の間にか二人はスクランブル交差点にまで来ていた。
そして今の時間は午後零時四十五分だった。
「っ、奏走っ」
まふゆは走ろうとした。
奏は急に動いたまふゆについていけなかった。
「まふ」
繋いでいた手が、離れた。
《《そしてそこに大型トラックが突っ込んできた》》。
景色が、ブレる。
「あ」
喪った。
また、何度も。
助けられなかった。もう、何度も。
「あああああああああ」
これで何度目だ?
どうしてこんなことになる?
何度繰り返せば助けられる?
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!」
その一分後、朝比奈まふゆは炎上するトラックに身を投げて自殺した。