昼の続きをやるぜ。
「——アヤカ」
ピク、と。眼下の薄掛けが揺れる。先程までの規則正しい寝息ではない。明らかにリチャードの声に反応した動きだ。しかしそれ以上の動きはなく、小さく揺れた後は頑なに沈黙を貫いている、
弧を描く弓のように綺麗に歪む口角を隠そうともせず、リチャードは先程は触れなかった彼女の肩に、躊躇うことなく手を乗せた。それでも、彼女は動かない。
「…アヤカ、なぁ」
言いながら、リチャードはその手を彼女のなだらかなS時の曲線を描く肩から腰までのラインをするすると撫ぜるようにして移動させていく。そうして辿り着くいっとう細い腰に手を回し、リチャードは薄掛け越しにアヤカの耳元に顔を寄せる。そのまま、先程彼女のこぼれ出ていた髪にそうしたようにその唇を寄せた。
薄掛け越し、再びアヤカがピクリと揺れる。
「起きてるんだろ?アヤカ・・・なら、ほら。相手をしてくれないか」
ぎゅう、と。腰に回した腕に力を込めて。薄掛け越しに彼女の耳元に唇を寄せたまま、低く潜めた声を流し込んで。狭いベッドの上、リチャードと壁との狭いスペースに挟まれたままのアヤカは。抱き寄せられたまま、ますます密着するリチャードの熱に――
「わ、かった!わかったから!!」
頑なに動こうとしなかった身体を、ついに反転させるのだった。
ザアアアと、つまらない雑音と化した雨音が続く。薄明りがついに室内の暗闇の大半を押しのけ差し込んできた部屋の中、半ば無理やりに振り返り見上げた男は実に――実に、楽しそうに笑っていた。形のいい唇を笑みの形に引き上げ、柔らかな光を宿した瞳の眦を下げ、薄明りを背に笑うリチャードはどこまで楽し気で嬉しそうだった。
とんだ起こし方をされたアヤカとしては一言苦言を呈そうとしていた部分があった。当然である。しかし、そのリチャードの顔を見た途端に毒気を抜かれてしまう。思わずぽかんとして見上げれば、リチャードは己に向き合った彼女へそっと顔を寄せた。
「わ、」
くしゃ、と。色味の異なる金髪が触れ合う。
互いの前髪越し、軽く額を触れ合わせたままリチャードは深く息を吸い込んだ。
そうすれば、やはり香るのはあの安いいかにも人工的な甘い匂い。しかし、その奥に確かにある、決して主張することなく控えめに存在する彼女の香りが。遠い記憶を呼び起こすほどに懐かしい、優しい匂いが。リチャードの中の何かを、ゆっくりと。音もなく、満たしていく。
ザアアア。
雨は、止む気配がない。
互いに動かないまま、しばらくじっとして。そうしてどれくらいたっただろうか、アヤカはリチャードの腕の中でもぞもぞと身体を動かそうとした。が、なぜか途端に腰に回された腕に力を込められて動けないようにされてしまう。いつの間にかご丁寧に足まで拘束されているのだから手に負えない。対して力は入っていないが、体格も、力の差も歴然なのだ。こうなってしまってはアヤカに抜け出す術はない。
抱きしめる、とは少し違う。
腰に、背に、足に。アヤカの動き封じるそれは、まるでどこにも逃がさないとでもいうような、柔らかな、檻。
「…セイバー、ちょっと」
「…」
「ねぇったら、セイバー」
「…」
どうも先程までと立場が逆転したらしい。いくら呼び掛けても答えないリチャードに、アヤカは小さく溜息を漏らす。それから、どうにか回した手で軽く彼の背中を叩いてやった。ポンポンと一定のリズムで叩くそれは、まるでぐずる赤子をあやすかのようになんの含みもない。あるのは、そう。どこまでも穏やかな、慈愛にも似た何かだ。
――相変わらず、外は雨が降っている。
つまらない雑音と化した雨音は、けれど。
「…セイバー。大丈夫だから。少しだけ離して」
ゆる、と。わずかに緩んだ拘束を逃さず、アヤカは横向きのままずりずりと身体を動かした。今いる場所よりも少しだけ上の方、リチャードの胸よりも少し上の位置。そこまで上がってから、アヤカは自分の願いを聞き入れ動向を見守っていたであろう男の頭にそっと腕を回した。それからぎゅう、と。彼の頭を、アヤカは自分の胸に抱き寄せる。わずかな抵抗の後、しかし素直に抱き寄せられることにしたらしいリチャードの後ろ髪をアヤカはゆっくりと撫でつけた。
いつもはきっちりと編み上げている彼の後ろ髪は、長く背中に垂れている。ピンピンと自らの主人の性格を表しているかのように跳ねる見た目と反して指通りがよく、以外にも柔らかい。撫ぜる度、アヤカの指の間をくすぐっては落ちていく。