夢中、覚めないで。霧中、晴れないで。
プロセカ ニーゴ 瑞希メインの短編小説 予定文字数5000字前後
展開 鬱展開 それ以外決定事項無し
23:30から書きます
◆
初めに言っておこう。
これはただの夢だ。どうしようもないほどの悪夢だ。
こんなの、現実じゃあり得ない。起こり得ない。彼女たちはそんなに優しくないし、冷たくもない。
だからこれは暁山瑞希という個人が夢見たただの夢。悪夢。妄想劇。
だけど、その可能性は何時だって存在している。
そのことだけはどうか、胸に刻んでいてほしい。
刻み付けていて、ほしい。
◆
いつもの日常がいつまでも続くだなんて限らない。
今の形が明日になってもそのままだなんて、そんな保証は何処にも存在しない。
終わり何時だって、何時だって突然で、
始まりは何時だって、何時だって唐突で、
合図なんて無く、予兆なんて無く、切欠なんて何も無く、『それ』は不意に訪れる。
崩壊も、
崩落も、
崩潰も、
全部、急にやってくる。
やってきた。
「瑞希」
声が、あまりにも怖ろしくて、
自分の名前を呼ぶ声が、あまりにも怖すぎて、
それで、だから、瑞希は伏せた顔を上げられなかった。顔を上げれば見えてしまう、東雲絵名の表情が視界に入ってしまう。いつも隣に居た彼女、何時だって隣に居た絵名。なのに、今絵名の顔を見てしまえば正気を保てないという確信があった。
『瑞希』と、呼ぶ声が。
その『先』を、無意識の内に期待して、恐怖する。
「っ、ぁ」
蘇るのは、過去の情景。自分自身の全てを余すところなく否定され、拒絶され、拒否されたその記憶。誰一人として受け入れてはくれなかった。クラスメイトも、友人も、両親でさえも。
瑞希の『瑞希らしさ』を。
『もう近寄らないで、瑞希。あなたがそんな趣味の持ち主だって知ってたら、私、最初からあなたと友達になんかならなかった』
そう言ったのはあまり話もしなかったクラスメイト。
いいや、違ったのかもしれない。そうではなかったのかもしれない。
クラスメイトだと思っていた。友人だと思っていた。両親だと思っていた。それが瑞希の勘違いだったのかもしれない。
クラスメイトであれば否定しないでくれると思っていた。
友人ほどに近しい関係であれば拒絶されないと思っていた。
両親のように血の繋がりさえありば拒否されないと思っていた。
なんて甘い見込み。砂糖菓子よりも遥かに甘く、温い。
認めてくれるだなんて、受け入れてくれるだなんて、抱きしめてくれるだなんて、そんな訳が無いのに。
『気持ち悪い』
そう言ったのは半年以上の関係性がある友人。
マジョリティとマイノリティ。一足す一が二であることは世界の常識だ。その輪に急に二進数で生きる人間が入ったところで馴染めるはずもない。
ましてや、ほんの少し前までは瑞希も十進数で生きていたのだから。
十秒前まで瑞希も一足す一を二だと言っていたのだから。
『瑞希、その格好はどうしたんだ?』
そう言ったのは血の繋がった父親。
それでも、何処かしら楽観的な展望はあったのだろう。あの時の瑞希はまだ青く、青臭く、奇蹟やら希望やら絆なんてモノを信じていた。
数年の付き合いと、十年以上に渡る付き合い。
偶々同じ学校に通っていたから親しくなった『誰か』と、生まれてからずっと一緒にいた『誰か』。
前者がダメだったとしても、後者ならばまだ。
同年代の人がダメだったとしても、家族ならばまだ。
なんて、
なんて、甘い観測。
蕩けそうなほどに、甘く。
『ねぇ、瑞希? どうしてしまったの?』
そう言ったのは血の繋がった母親。
そう言ったのは血の繋がった
逆説的な意味での悪意が、家の中にすらも氾濫していた。
善意という名の悪意が。
白い、白すぎて、焼かれる。黒く塗りつぶした瑞希の全てが真白に染め上げられて、それだけで瑞希の『瑞希らしさ』が無くなってしまいそうだった。
亡く、成って、仕舞い、総毛立った。
そして、最後の希望。
いいや、もうその時点ではその期待感すらも、きっと。
食事すら、まともに喉を通らなくて、
鏡で『瑞希』を見て、吐いた。
吐き出した、何かを。
今までの自分を、吐いてしまいたかった。
『瑞希、何か悩み事でもあるの? もしかして学校で虐められてるの? お姉ちゃんに話してみて、絶対に力になってあげるから』
そう言ったのは血の繋がった姉。
それが百パーセントの善意であると分かったが故に、瑞希は余計に辛かった。それが悪意からの行動であればどれほどよかったのだろうか。
血の繋がった姉は一切の悪気も無しに瑞希の全てを否定した。
今の瑞希の全てを拒絶した。
全てから、だった。
この世の全てから異常と断じられ、異質と切り捨てられ、異様と仲間外れにされた。
瑞希の『瑞希らしさ』は、誰にも受け入れられなかった。
血の繋がった家族にさえも。
『ねぇ、言ってみなさいよ。瑞希』
そこまでしてようやく瑞希は気付いたのだ。
《《あぁ》》、『《《これ》》』《《はバレちゃいけないことなんだ》》、と。
人間は『違う』人間を嫌う。周りの人と同じようでなければこの世界じゃ生きられない。
同性愛は受け入れられない。
自傷癖は受け入れられない。
天才性は受け入れられない。
周囲の人間と『違う』。それだけで人間は人間を排斥にかかる。大前提が『同じ』であることが人の輪の中で生きることの条件なのだ。『違う』ことは、ダメ。それは受け入れられない。
瑞希の『瑞希らしさ』は、この世界では受け入れられない。
それが分かった時、世界の全てが無機質に変わったような気がした。
『…………ごめん、お姉ちゃん。ボクが悪かったよ』
言葉通りの意味ではない。瑞希は瑞希の『瑞希らしさ』を悪いとは思ってはいない。
ただ、
だけど、
瑞希の取った行動は、きっと悪かったのだろう。
家族だから無条件に受け入れろだなんて、そんなの傲慢だったのだろう。
家族だって、血の繋がりがあったって、人間だ。瑞希だって姉が食人趣味だったらきっと拒絶する。それと同じことなのだろう。
でも、
だけど、
頬を、篤い雫が伝った。
『そうだよね、こんなの、受け入れられないよね。気持ち悪いよね』
『瑞希、泣いて……?』
溢れて止まらなかった。全てを失くしてしまったと理解できたから。
当たり前のように受け入れられると思っていた。
当然のように生きていけると思っていた。
そんなに甘くなかった。
そんなに温くなかった。
瑞希は、『瑞希』ではなく暁山瑞希だからこそこの世界で生きていけたのだ。
『でもさ、でもさぁ』
その時に、純粋な心配を向けてくる姉に向かって、
泣きそうな、哭きそうな、啼きそうな声で、
訴えるように、狼狽えるように、薄ら笑うように、
瑞希は言ったのだ。
『《《ボクは》》、《《受け入れてほしかったよ》》…………』
『瑞、希?』
『ボクは、認めてほしかったよ。お姉ちゃん』
心からの言葉だった。
もう、分かったよ。十分に、十二分に分かった。
違うのはボクだったんだ。
変えないといけないのはボクだったんだ。
ボクが、合わせないといけなかったんだね。
でも、
でも、
でも、
捨てられないんだ、と。
『瑞希、アンタは』
『ごめん、何でもない。……もう寝るよ、お姉ちゃん。……ありがとう、話を聞いてくれたことは嬉しかったよ』
『瑞希! 待っ!』
『…………ごめん、もう、…………《《一緒だなんて思えない》》』
その時は、自分自身でも驚くほどに冷たい声が瑞希の口から出た。それほどまでにショックだったのか。それほどまでに衝撃だったのか。それほどまでに、それほどまでに、それほどまでの喪失感だったのか。
『っ!』
声を掛けてくれたのは、それが最期だった。
血の繋がった家族にさえ、瑞希の『瑞希らしさ』は拒絶された。
声が掛かったのは、それきりだった。
悪意無く、
声を掛けようと思ったのは、それだけだった。
悪徳無く、
声を聞きたいと思えないほどに、逸れてしまった。
悪気無く、
「」
そして、
そして、
そして、今、
そして今、もう一度、瑞希は喪おうとしている。
失って、喪って、それが分かっていてもなお挑戦している。挑み、戦いている。
強制的に、反強制的に、
バレたのだ。
切欠はもはやどうでもよく、結論として瑞希の秘密がバレた。
黒い、甘い、秘蜜が。
「」
その先の言葉が、怖い。
だって一番バレたくなかった人たちなんだ。
宵崎奏が好きだ。
朝比奈まふゆが好きだ。
東雲絵名が好きだ。
奏が無理をしていると支えたくなる。
まふゆがちゃんと人間になれるように手伝いたいと思う。
絵名が頑張っている姿に励まされた。
瑞希は、だって、好きだ。
『ニーゴ』が、大好きなのに。
「ボクは」
言わないといけない。
言うべきだ。
何を?
何を言えばいい?
分からない。
分からないよ。
だけど、
だけど、言わないと。
何かを。
そうじゃないと、きっとまた、
瑞希は、
うしなって。
「……………………………………………………嘘吐き」
「っ、ぁ」
瑞希の、
意識が、
反転した。