「買い物行くか」
リビングで少し遅い朝食をとっていたディノの前に、ようやく起きてきたキースがきっちりと出かける準備をしてそう誘った。正式にと言うと語弊はあるが、ディノがヒーローとして復帰して最初のオフの日。戻ってきてから当然のように毎晩お酒を飲んでいる姿に目を丸くしていたが、それと同じぐらい、いや、それよりも大きく目を見開いて一度瞬きをする。キースから買い物に誘うなんてあっただろうか。あまり記憶にない。
「キースから言いだすなんて、なんか珍しい。どうかしたのか?」
「今度ルーキーズキャンプあるだろ。それに必要なモン持ってるのか」
「……あ」
キースに言われて先に迫った予定を思い出す。認識としては約一ヵ月ぶりにヒーロー活動をしている気分だが体はそうではない。忘れてしまった感覚に慣れようと必死になっていると一日なんてあっという間で、すっかり忘れていた。そんなディノの反応を見て「やっぱりな」というように溜息をつく。
「何か予定あったか?」
「う、ううん!別に用事は無いから大丈夫、直ぐ準備するね」
「お~」
朝からランニングに行っていたが、折角だしこの後スパーリングでもしようとジムに行こうとしていたディノは慌てて残りの朝食を口の中に頬張ると服を着替える為、一度部屋に戻った。そんな後姿をじっと見ていたキースは肩を竦め、ディノの準備が終わって出てくるまで、適当に何か飲んでおくかとディノが残した食器を手に取ってキッチンの方へ足を向けた。
*
二人で向かったのは馴染みのあるイエローウエストのショッピングモール。ここに来れば大体の物はこの建物の中だけで揃ってしまうから楽だという理由。それでもキャンプで必要なものと言っても行き先である施設に最低限の物はあるし、荷物をあまり必要としないキースの買い物はすぐに終わる。キャンプで必要なもの以外にも今回出てきた理由は別にあるが、それは別に後回しでも良い。それよりもディノが見るからに不要なものを買わないようにと目を光らせていた。当の本人は記憶とは少し違っているモール内をキョロキョロと楽しそうに見渡して、気になった店に入っていく。何度も繰り返し、小言を受けながらも両腕に袋を増やしたディノにキースは呆れるように溜息をついた。まぁ、消費するものだしどうにかなるか。なんて肩を竦めながら目当ての店の前でようやく立ち止まって自らディノを呼び止める。
「ディノ、ここちょっといいか」
「うん、勿論……?」
ディノが肯定をしながらも首を傾げてしまったのは、キースが体を向けたお店が予想外の場所だったから。所謂日常雑貨を置いてある店はキャンプに何か必要なものが有るだろうか。そんな疑問を抱きながらもディノはなんだか楽しそうなものが有りそうだとワクワクしながら、さっさと店の中へ入っていくキースを追いかけた。
大きな家具のあるコーナーを抜け、キースが向かうのはキッチン用品のコーナー。そういえばテレビショッピングで少し前に調理器具のセットを注文していたものはいつ届くのだろうか、なんて考えていると立ち止まったキースの横に並んで目の前の棚を見る。
「……食器?」
「おまえ、自分用の食器買ってねぇだろ?」
「あ、」
キッチンの中身を思い出す。一緒に暮らしているジュニアもフェイスもキッチンに立つような人間ではないが、一通り自分用の食器は棚に入っている。無いのはディノの分だけで、ずっとキースの物を使っていた。
「復帰祝い。好きなモン買ってやるよ」
「えっ」
キースの言葉に、思わず心臓が跳ねる。もしかしたらいつか、案外早い内に出ていくかもしれない。そんな不安もあってなんとなく自分用の物を増やすのを躊躇ってしまっていたから、嬉しいはずの提案に即答できずにいる。なんとなく空気を悪くさせているのかもしれないと自覚もある分、どうしようかと更に考えてしまう。珍しく黙りこくったディノの様子を見て、キースは小さく息を吐き出した。
「何考えてるかは知らねぇけど、オレが買って無理やり押し付けたいだけだから」
「……ありがとう」
「ほら、さっさと選べ」
相変わらずの察しの良さにどこまで気が付いているんだろう。こういう所、昔からキースには敵わないなぁ。なんて心の内だけで呟く。結局申し訳なさよりも嬉しさの方が勝っているから、言葉に甘えることにした。
それにしてもなんだか面倒見の良さが増している気がする。キースの新たな一面に眉を下げると、ディノは大人しく一目で自分の物だと分かるようなデザインの食器を一通り籠の中に入れていく。そしてマグカップのコーナーに辿り着いて籠の中身と同じようなデザインの物を取ろうとして手を止めた。
「どうかしたか?」
「んー……キースってさ、マグカップ持ってたっけ?」
「一応あるけどあまり使ってねぇな」
「そっか」
一度ディノは手を引っ込めて数歩隣に移動する。じっと目で探し物をして、一点に定まると嬉しそうに顔を綻ばせてマグカップを二つ、手に取った。
「これ、お揃いで買わない?」
「……お揃いっていったい何歳だよ」
「えー、いいじゃん。ほら俺のDもあるし、キースのKもあるよ!」
運が良いことに色もお互いの能力を発動するときの色に似ている。こんな事普通あるだろうか。かなり低い確率の出来事に思わず目を輝かせているディノに一歩キースは後ろへ下がってしまう。もうすぐ三十にもなる男が己のイニシャルのついたお揃いのマグカップを使うなんて恥ずかしくないのか、と疑問が頭を埋め尽くしている。
「ダメ、か?」
何も言わなくなったキースに対して目の光を抑え、しゅんとした表情をディノは作る。犬の耳が生えていたら落ち込むように垂れていただろう。そんな幻覚を見て喉が詰まる。嫌だという言葉を飲み込んでまた息を吐き出した。
「……しょうがねぇな」
「わーい、やったぁ!ありがとうキース!」
今まで見せてたものは本当に幻覚だったんじゃないか。そう思ってしまう程に一瞬でパッと花を咲かせるような表情にキースは肩を落とすしかできない。
やっぱり四年経っても変わらねぇな。懐かしさも感じるやりとりにキースは僅かに口元を緩めてしまう。それがディノにはバレないようにと、ディノの手の中にあるマグカップを籠へ入れると早足でレジの方へと向かった。