頬を撫でる風が暖かいものになり、マフラーも必要となくなってくると街の様子がパステルカラーに彩られていく。少し前までは甘いチョコが埋め尽くしていたというのに暢気なものだと、考えながら歩いていた幼い頃が頭に浮かぶ。今も考えていることはそう大差はないがあの頃とは違って不思議と足取りが軽い。そうして頭の中で流れるのは一人だった時から少し進んだ、アカデミーに入って最初のイースターの時のことだった。
*
「えっ、イースターのこと知らないのかキース?」
目を丸くして言うディノと、呆れと憐れみを含んだ視線を無言で向けてくるブラッドを正面にして、オレはただ小さく頷く。家の中では生きることに精いっぱいで、一般的事なんて興味もない。町の人間が浮かれた時期程スリはしやすかったけど。なんて昔やらかした事を思い出しては口を紡ぐ。コイツらに言ったらどんな反応を向けられるか。なんとなくの予想は出来るが無かったことにできない過去に対して同情してもらいたくはない。
「まぁ簡単に言うと春の訪れを祝う祭りだよ。復活祭とも言うんだけど、その当日になるまで卵や兎はその象徴」
「実際にはもっと別の意味もあるのだが……概ねディノの言ってることで間違いはない」
「へぇ」
この時期にカラフルな模様のついた卵の戦利品が多かったのはそういうワケか。流石に生卵ではなかったが、ゆで卵だったり中にお菓子が入ってるものばかりで何が良いのかちっとも分からないけど。いまいちピンとこない行事のする必要性は分からないまま、ディノは相変わらずのテンションで口を開いていく。
「エッグハントとかも毎年やってたなぁ。ブラッドは?」
「家の方で毎年祝ってるから勿論あるな」
「なんだ、そのエッグハントっつーのは」
「名前の通り、隠れた卵を探すゲームだよ」
また新しい単語が出てきた。そのゲームのどこに一体春の訪れを祝う要素があるんだよ。クエスチョンマークを浮かべていると、何かをひらめいたような表情をディノが浮かべた。
「今年は三人でやらないか?」
「何を」
「エッグハント!」
嫌な予感がする、と頭を過ったのは一瞬の内に正解になった。最高に面白いことを思いついたとばかりの笑顔が眩しすぎてただ「めんどくせぇ」という単語で頭を埋め尽くすオレには何も言うことができない。助け舟を求めるのも癪だが、今回ばかりは仕方がないとブラッドへ視線を移す。妙に真面目そうな顔で思案をしているブラッドがそこにはいて、すぐにディノの方へと顔を向けた。
「……卵を隠す役割はどうする」
「おいおいお前まで何を言いだしてんだ?」
「卵は三人それぞれが隠すっていうのはどう? 自分が隠したもの以外を探し出すってことで!」
「それは面白そうだな」
「勘弁してくれよ、」
予想もしてなかったブラッドの言葉に目を丸くして、肩を落とす。これで二対一だ。ニッと楽しそうに笑うディノとブラッドにもうどうにでもなれ、と投げやりな言葉を心の内で呟く。
「……卵を見つけた人には、他の人よりも沢山の幸せが訪れるっておばあちゃんから聞いたんだ。だからキースも幸せを探そうよ」
心の声を呼んだのか、ディノは急に真面目なトーンと視線になってオレを射抜く。何をそんな真面目になる必要があるんだ、と口にしてやりたくもなるが何か思い入れでもあるのだろう。それを無下には出来ない。ディノの捨て犬みたいな顔でじっと見られるのは落ち着かないが、この表情に対しても弱い。何か人に訴える時に魔法でも使ってんじゃねぇかと勘繰ってしまうがそんな非現実的な力をコイツが持っているはずがないのだから、結局は俺の問題だ。一つ、息を吐き出す。
「…………しょうがねぇな」
「やったあ! よーし、それじゃあ卵も用意しなきゃだね」
「もう今なら街に行けばエッグハント用の物が売ってるんじゃないか?」
「確かに。それじゃあ今日はこれから三人で買い物だなっ」
とんとん拍子のまま進んでいく会話についていくだけ。それでも不思議と、去年までとは違う視線で街を見れるのかもしれない。そう思うと不思議と嫌な気はしておらず、少しだけ気分が軽くなったような気がした。
*
懐かしい記憶を辿りながら、気まぐれに寄った店で買い物をしてタワーに戻ってくる。あの時の卵は結局どうしたんだっけ。どこに隠したのかも、オレのものがどっちの手元に行ったのかも覚えてはいない。「珍しい買い物をしたんだね」なんて言うフェイスを余所に部屋に入ると、朝出た時にはなかった段ボールが幾つもあって思考停止する。機嫌の良い鼻歌にすぐにスイッチは入った。
「……ディノ? なんだこの荷物は?」
「あっ、お、おかえりキース!」
「おいオレの質問に答えろ」
戻ってきたら話そうと考えていたことを頭の隅にやり、まずはディノを問い詰める。目が泳いでいるディノを無視して段ボールの中を見ると沢山の卵の形をしたプラスチック。
「もうすぐイースターじゃん? イースター・リーグもあるしあまり大きなことは出来ないけどウエストの皆で何かやりたいな~なんて思っちゃって!」
「四人分の数じゃねぇだろ、それ」
「うう……纏め買いがお得って書いてあったからつい……」
しゅんとあるはずのない犬の耳が垂れさがる。
「……まぁ、数のことに対して言ってやりたいことはあるけど、提案自体に文句はねぇよ」
「え?」
「ん」
手に持っていた袋をどさりと開いてる段ボールの上に置く。中には段ボールの中身と似たようなものと子供でも使うようなお絵かきセット。ディノは袋の中身を瞬きをしながら見たあと、袋とオレを交互に見ては嬉しそうに笑った。
別にオレの幸せはすぐそばにあるのだけど。その幸せがより沢山の幸せを与えられたら良い、なんて恥ずかしいことを考えてしまったのだからきっと同罪だ。それに、オレの部屋にある引き出しの奥には何故かピザの絵が描かれた卵とは別にコレクションを増やしてもいいか、と気まぐれに考えただけだ。