「あの、この前は迷惑ばかけてしもうて、すみませんでした!」
自宅の玄関先でなにやら挙動不審にしている青年に声をかけたゆうぎりは、その顔を見てすぐに合点がいった。
先日、花見の途中で偶然行き合った若者だ。
自分の落とした風車を拾い、さらには自分を車から庇おうとして、勢い余って池に突っ込んでしまった青年。 
こちらが礼を言いこそすれ、詫びを入れられるようなことはないはずだが――
「俺が余計なことばしたせいで、着物も汚してしもうて……せっかくの花見ば台無しにしてしまったんやないかと思ったら……その……」
律儀な青年だ。顔を赤くしながらたどたどしく言葉を紡ぐ姿は、見た目よりもずっと幼い印象を抱かせる。
自分とそう歳も変わらぬはずだが、昔、世話をしていた禿が"姐さんの着物に茶を溢してしまった"と泣きながら謝ってきた姿と重なって、思わずくすりと笑みが漏れそうになる。
が――
「その、これ、よかったら受け取ってください!」 
その時、ゆうぎりは頭の先から爪先まで一部の隙もなく叩き込まれた行儀作法を一瞬だけ忘れ、ポカン、と口を開けてしまった。
――櫛だ。
ガバッと勢い良く頭を下げた青年の手に乗っているのは、梅の意匠をあしらった赤い櫛。
高価なものではないが、決して二束三文の安物でもない。目の肥えたゆうぎりには一目で分かる。
――何度みても、櫛だ。
しかし、その品物の値打ちより何より、降って湧いたように「突然現れた男から櫛を贈られている」という、この状況は如何。
それも玄関先で、ほとんど初対面といっていい相手。
酌ひとつ、言葉ひとつ交わすのにも天井に届かんばかりの金子を積まれるのが日常だったゆうぎりにとって、それはあまりにも予想外の光景だった。
「……櫛、でありんすか」
「?……あ、いかん、やった、ですかね」
「ああ、いえ、そんなことは」
まるでケチをつけるような発言になってしまったが、そう漏らさずにはいられなかった。
青年の自分を見つめる視線には、確かにそれ相応の熱がこもっている。
――しかしまさか、本当にそういう意味で?
櫛は、苦死の音に通じ、縁起が悪いとされることもある。贈り物には適さない、という者もいる。
しかし、それをあえて贈る場面、というものがある。
――これから死ぬまで末長く共に苦楽を分かち合おう、と。
平たくいえば求婚だ。
この青年はまさか、ゆうぎりに一目惚れした、とでも言うつもりなのだろうか。
ゆうぎりは市井の男女の距離感なんて知らないが、"普通"の町娘なら近所の若者に見初められ半ば無理やり嫁いだり、本人たちの知らぬところで家同士が勝手に縁談をまとめたりするとも聞く。
少なくとも、女ひとりが嫁するのに、国を傾けるような金が動いたり、政争まがいのいざこざが起きたりすることはない。
だから、今やただの人でしかない自分にも、そういう"普通"が起こり得るのだ――とは、なかなか思えなかった。
決して、最高位に君臨していた花魁という来歴を鼻に掛けているけでも、自分の容姿に自惚れているわけでも決してない。
しかし、凡庸な見た目などと自虐すれば嫌味にしか聞こえない容姿をしていることも理解している。
だから、この青年がもし――自分の見た目に惑わされて懸想をした、と、言っても、ゆうぎりは然もありなん、と思うしかないのだ。
顔もろくに見たこともない相手から、山のように貢ぎ物をされてきた過去がある。
一目会いたい、一言話したい、と格子の向こうから何対もの目が、いつもじっとりとこちらを見つめ、周囲は流し目ひとつで浮き足だった。
もうここは、そんな世界ではない、と分かっていても、長年染み付いた感覚を拭い去るのは難しい。
実際、煌びやかな簪も化粧も何もしていないというのに、周囲は決してそうは見ないのだ。
さすが、いい着物を着ている、とか、普段何を食べているんだろう、とか。
歩けばさざ波のように、感嘆する声、ため息混じりの称賛、時にはチクチクとした茨のような視線も。
――いったい今の自分は、どんな反応を期待されているのだろうか。
「あれしきの事で、こんな大層なものをいただくわけには」
やんわり、受け取りを拒否する雰囲気を察したのか、青年は声を落とすしてうつむいた。
「……あ、その、やっぱり、迷惑やった、です……か……」
青年は叱られた子犬のようにしょぼん、と眉を下げる。
「俺、こういうときどがんしたらいいかわからんくて、友達に相談したとです。そしたら、うるさいな、菓子折りでも持っていけばいいだろって」
「……ご友人に」
はい、と青年は頷く。
「でもそれじゃさすがに味気なかやろって言ったら、だったら捨てても惜しくない普段使いできるものにでもしとけ、装飾品なんか迷惑でしかないって……」
身振り手振りを交えて、ご丁寧に友人との会話を再現する青年に思わず吹き出しそうになる。その友人の呆れ顔が目に浮かんでくるようだ。
「確かに、年頃の娘さんやったら、露店とかで自分の好きな飾り物ばたくさん買うとらすよなぁって」
青年は照れ臭そうに頭をかく。
自分がまるでそこらの町娘のように言われるのが、あまり似つかわしくない気がしたが――不思議と、悪い気はしなかった。
「それで、櫛、と?」
「はい!櫛は折れたり欠けたりしたもん使うと縁起の悪かけん、予備はいくらあっても良かやろ、と思って」
青年は曇りない笑顔を見せる。
「俺なんかは手櫛でバッて結んでしまうばってん、女ん人は綺麗に結い上げるとに絶対要るかなて……あ、いや、うち男所帯やけん昔見とっただけですけど……」
つまり要約するとこの青年は――ただ純粋に、日用品としてこれが一番役に立つ、と思ってこれを選んだのだ。
ゆうぎりは、己が装飾品ではなく、日用品を使う姿を想像されていたことにまず驚く。
店の人にすすめられた中から選んだので、そこまで悪いものではないはず、と自信なさげな青年に、ゆうぎりは答えあぐねて言葉を探す。
青年の手の中にある櫛は、普段使いをするにしては高価な部類だ。友人が"装飾品は止めろ"と言った理由と、同じだけの重さがある。
ただ、話を聞く限り、青年に他意は全くない。なんせ"いつ折れてもいい"などと言うのだから。
単に、女性に贈る、と聞いた店員が勘違いしたのだろう。
「あれこれと、考えてくださったのでありんすな」
あのほんの些細なやり取りで、好きな色まで把握されているとは思わなかった。
偶然かもしれないが――あの日手に取った風車も、赤。
特に赤が好きという自覚はなかったが、振り返ってみればかつての自分の一張羅にも赤が多い。
今は忌中というのもあって避けてはいるが、無意識に選んでいたことに気付かされる。
――この青年は、目の前の相手をよく見ている。
それも、なんの打算もなく、ただありのままを。
ゆうぎりは、この青年相手に少しでも下心を疑った自分を怍じた。
「……とりあえず、お上がりなんし」
少なくとも、この青年は周囲とは違うのだな、と思った。
このとき喜一にもらった櫛と、死後の苦労をも共にすることになるとは、想像すらしていなかった。
*
メモ
捨てても惜しくないようなもの、と軽々しく言ってたけど、もし歯が折れたらすごく悲しいと思う。
二期の最後、瓦礫に埋もれてなくなっちゃったのかな……
普段使いしてもらいたいという意向に沿ってはいるけど、姐さんがすごく大事に大事手入れしてたらエモいよね。
本番前とか不安なときとか、落ち着くために喜一の櫛で髪をすく姐さんという幻覚。
喜一くんが花魁というのを分かってんだか分かってないんだか、みたいな感じなのがかえって姐さんにとっては新鮮で、嬉しかったんじゃないかなぁと思ったりした。
あと自分の趣味で実用品を選ぼうとするあたり、女心分かってねぇ感があっていいなと思ったし、その結果、一周回って櫛(現代でいうと指輪とか重ためのアクセサリー)に落ち着いてしまうのもまたいいなということでこんな感じになった。
櫛は受け取ったけど、「もうお帰りなんし。あなた様のためになりんせん」っていうあれはどういう意味なんだろうなっていまだに考えている。
「自分と関わると、周囲にあることないこと噂されるぞ」って意味かなぁ?
引きこもってる理由もそこにあるのかな。
"町の噂くらい知っとけよ"と伊東がいうくらい、伝説の花魁が佐賀に来たことが噂になってるんだよな。
"なん食べて暮らしよんさっとやろ"みたいに、みんなは伝説の花魁という"生き物"に興味津々ってことが示唆されている……
皇族ほどじゃないけど、町を歩いたら、伝説の花魁様だぞ、ざわざわ……みたいになるのかなぁ。
京都ほど人はいないし(悲しい事実)顔も現代のアイドルほど知られてるわけじゃないけど、そんなん続くと嫌になっちゃうかもね。
姐さんが一人で歩いてるとナンパとかされんのかな……いや逆にする勇気あるやついるのか……?
美人って迫力あるらしいから逆に声かけられづらいとも聞くし姐さんはあしらえるよな。
それはそれとして、旦那が亡くなって、外に出掛ける理由がなくなってしまったのかもなぁ。
桜とかは綺麗なんだろうけど、一人では別に見なくてもいいか、みたいになりそう。
姐さん、花魁だった頃は揚代天井知らずで客は取れないわけで、籠の中ではいつも一人。
そして籠の外には無数の目が火花散らして自分を取り合ってて。
なんて窮屈で寂しい世界なのか。
風車を拾ったのが、出会い目的のチャラ男とか酔っぱらいとかだったら姐さん無視してそのまま去ってたかもなぁ。
あの風車拾われた姐さんのちょっと困り眉な表情は、喜一くんが「お姉さんすっごい美人だね?今日は一人なの?これも何かの縁だしよかったら一緒にお茶しない?」みたいな面倒なやつじゃないか、と警戒してた説。ありそう。
籠から飛び立つにしても、目指す先がないと飛び続けることはできない。
どこにでも行ける、と扉を開け放たれたけど、出ていく理由がない。
あの人が残してくれた安寧。
波風の立たない小さな箱庭。
与えてくれた自分を守れる力。
一人でもなに不自由なく生きていけるけど、その自由さのせいでどこにも行けない。
ここでいい。ここに全てはある。
青い鳥を探す西洋の童話は、幸せはそこにあると教えていた。無理に飛び立つ必要はないのだ、と。
誰かに取り合われる日々から抜け出し、ようやく得た自由に、寂しいなんて読みを当てたらバチが当たるだろう。
ここで日々の小さな幸せを見つけて、誰にも干渉されることなく生きる。
日比谷の旦那相手じゃ分が悪い、というくらいなので、ゆうぎりを身請けしたい権力者は大勢いたんだろうな。
旦那の死後も隙あらばうちに、と狙われてたりしたのかな。
旦那の喪が明けたら是非、という手紙とかたくさん来てたりして。
そんな中に現れた喜一くん、清涼剤すぎるな……花魁の自分を欲しがる周囲に対して、誰もが自由に思うまま、を謳って未来へ駆けていく喜一くん。癒しすぎる。
男も女も関係なく、というところ。
確かにあの時代は遺産で余生を安堵されたといえど、女一人で生きていくのは結構しんどいんじゃなかろうか。
「ゆうぎりさんは、どこか行きたかところはなかですか?」
と聞く喜一くんに、そんなの思い付かなかった、となる姐さんとか。
郭の外に出ただけでも十分自由だと思っていた、という。
もったいない、という喜一。ここ以外にも佐賀には見るべき色んな景色がある、とあれこれあげるが、うっすらとしか知らないゆうぎり。
そりゃ、京ほど有名ではないかもやけど、と少し悔しそうな喜一に、本当に遊廓のなかでしか生きてないから清水寺とか超有名なものすら見てない、というゆうぎり。
ならなおさらこれからは色んなものを見に行きましょう、まずは佐賀のよかとこを全部見せたい、という喜一。
(なんせ千年単位で佐賀に生きてる徐福に育てられてるので、喜一も自然と佐賀のことには詳しくなってる。あんま一般的に知られてない逸話とか伝承みたいなの寝物語に聞いてたりする)
川古の大楠なんて何百年前からあるらしかですよ
どうやって数えたのでありんすか?
さぁ、でもじいちゃんから聞きました
みたいにして、それは見てみたいな、という話をたくさんする喜一。
桜の名所を教えてくれたお弟子ちゃんみたいに、喜一が行ってみたい場所を増やしてくれると、なんだか心が自由になっていく気がするゆうぎり。
金に困っているわけではない。どこにいても、何をしても、とりあえず生きてはいけるだけの技術を叩き込まれている。
別に、この邸宅は人に貸すなりして、佐賀を離れたっていいのだ。
しかし、だらといってどこに向かえばいいのかは分からなかった。
「他所に行く前に、まずは佐賀ば制覇しましょう!」
考えるのはそれからでいい、と喜一は堂々と言う。
「まず俺は佐賀ば取り戻して、誰がどこ行こうが、誰と何をしようが、誰もなーんも気にせんような、自由で新しか佐賀ばつくります。そしたら、名所旧跡の春夏秋冬を、隅から隅まで歩き尽くしてもろうて……」
日帰りで行ける範囲は、と首を捻ってあれこれ考える喜一くん、くっつけたいから伊東は遠出をすすめるけど三人で遊山にたくさんいくことになる
そうあってほしかった
過去形つらい
喜一くんがいないときに徐福の世話をして、「ただいまぁー」と疲れて帰ってくる喜一くんを労うやり取りに、誰かの帰りを待つ、というのはいいな、と、思う姐さんは……いる?
なんで結婚しないの?なんで?
お弟子ちゃんに促されてようやく花見に出掛けた姐さんが、初めて自分から外に出たのが喜一くんのためなのエモエモすぎるやんけ。
熱で倒れた喜一くんは多分軽く介抱してもらったと思うけど、何をいって去ったんだろうなぁ……
あのビラといい、姐さんが興味を持つようなこと言ったんだろうなぁ(姐さんは落ちた紙を鼻紙にするほど生活に困ってねぇだろという視点でものをいっている)
カット
Latest / 288:41
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ゆう喜 真櫛の心
初公開日: 2025年10月20日
最終更新日: 2025年10月20日
ブックマーク
スキ!
コメント
男から女に贈ると求婚の意味がある櫛をいきなり携えてきた見ず知らずの青年、姐さん笑顔は保ってたろうけど、正直、どういうこと?市井の男女の距離感ってこんな感じ?と内心少し戸惑ったんじゃないかなぁ~みたいな
預け傘
梅雨入りしたから相合傘するゆう喜を書きます
篠畑
ゆう喜現パロネタメモ
壁打ちしてたら割とまとまってきたゆうぎり喜一の現パロいちゃいちゃ世界線のメモ
篠畑
【二次】SS書いてく【初めてのテキストライブ】
桃鬼のむきょまゆめSSを書いて行こうと思います。書きあがったものはXにて投稿予定。
渚紗