澄み切った青空を眺めていると、薄いピンク色の欠片がひらひらと視界に入り込む。風の流れに任せたその動きは下へと向かっているのになかなか辿りつけずにふわふわと舞っていた。この国では珍しい桜の木から少し離れたベンチまできたその花びらはたった一枚で、気が付けば目で追っていた。
「あれ、キース?」
 突然花弁が急に上がっていくと同時に、聞きなれた声と見慣れた影がオレの方へと被せられた。声のする方へと顔を向けると青空を閉じ込めたような瞳と、目の前で舞っていた花弁と同じ色の髪をした同僚がそこにいた。
「よぉ、ディノ。なんでこんな所にいるんだ?」
「それはこっちの台詞だよ。キースがリトルトーキョーにいるなんて思わなかった」
「そうか?」
 寒さも落ち着いて暖かな陽気に誘われて足を運んできてみた場所は普段よりつかない場所だ。日本の趣を大事にしているこの場所は時々来る分には楽しいが、どこか落ち着かなくもある。気まぐれと言えば正解だけど、それ以外の理由があるとはディノには言いたくない。折角だからと買った日本酒を喉に通すと普段とは違った酒は美味しく感じた。好んで飲むものではないけど、悪くもないと思ったのは今年が初めてだ。
「あ、もしかして昼間から飲んでるのか?」
「今日はオフだから別にいいだろ~」
「夕方からメジャーヒーローの会議あるって聞いてるけど」
「この一杯だけだっつーの」
 ジトリとした視線が呆れたようなものになる。コロコロと変わるディノの表情はすぐに嬉しそうなものに変化させながら、当然のようにオレの隣へと腰かけた。
「俺は桜が見れるかな~って思ってきたんだよ。ほら、よく三人で来てただろ?」
「あー、ブラッドが桜を見に行くって言ったのにお前が花見をしたいとか言いだしたからな」
 単に散歩をしたいという理由で向かったはずが、ブラッドの話す日本の行事に触発されてディノが言いだしたのはアカデミーにいた頃の話だ。急遽決めた予定はレジャーシートだけを持って桜の木の下に広げて何時間も喋っていただけ。「これでピザがあれば完璧だな!」と言いだしたディノを「それじゃあいつもと変わらないだろう」とツッコミをしたブラッドと、近くのお店で買っていた和菓子を寝転がりながら食していたオレ。本来なら桜を見て楽しむはずのそれは、食べ物の記憶と他愛のない会話をしたことしか印象に残っていない。年々用意するものは増え、入所してからはジェイやリリーも交えて賑やかなものになっていったが。会話をしている背景が部屋の中から青空と薄い桃色に変わっただけで、いつもと何も変わらない時間を過ごしていただけだ。
「やっぱり覚えてるんだ」
「毎年やってたらそりゃ忘れられねぇだろ」
 記憶を辿っているとディノは嬉しそうに笑う。大袈裟なことではない。研修チームも終わり、各セクターに配属されてからは時間を合わせることが難しくなったから誰かと一緒に花見をしたのはもう六年位前になる。懐かしいな、と零すディノに目を向けると、遠くに咲いてる桜の木をじっと見つめていた。
「今年はブラッドもジェイも忙しそうだったからな。誘えなくても俺は見ておきたいなって思ったからキースがいてくれて嬉しいや」
「そーかい」
 照れ臭そうに笑ったディノにオレは毎年ここにいたぞ、とは言えずにもう一度酒を口にした。
 ひらひらと舞う桜を見て懐かしさに胸が苦しくなったのは去年までの事。自傷行為だとは分かっていたがそれでも一緒に過ごした時間を思い出しては、この空の下で舞う薄いピンク色に混ざって出てきたりはしないか、と変な期待を抱いてここに来ていたことは誰にも伝えてない。勝手に近寄ってくるくせに手を伸ばすとひらりと躱して逃げ出す花弁に誰かの姿を重ねていたなんて言えるはずもないのだけど。
「そこの和菓子屋、いつも買ってた団子まだあるぞ」
「本当? 買ってこようかな」
「オレのも頼む」
「しょうがないなぁ」
「、ディノ」
 わざと話の内容を変え、ニコニコしながら立ち上がって店の方へ向かおうとしたディノの名前を咄嗟に呼んで手を掴む。
「? どうかしたか?」
「……わり、なんでもねぇ」
「そっか。すぐ戻ってくるから待っててくれよ」
 不思議そうに首を傾げたディノに問いかけられては手を緩めた。体が反射的に動いた理由も分からず、浮かせていた腰を下ろして息を吐き出す。柔らかくて暖かい空気なのに感傷に浸ってしまうのは何故だろうか。離れていく後ろ姿から目を離せずにいると店の中に入って消えてしまった姿に落胆するように顔を落とした。
「……あ」
 手の中に納まっているプラスチックのコップの中、知らない内に舞い降りていた花弁に目を丸くする。どれだけ捕まえようとしても簡単にすり抜けて逃げてたくせに、と一人心の内だけで呟く。酒の上でゆらゆらと揺れている花びらに気を取られていると近寄ってくる足音に自然と小さく笑っていた。
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20210320キスディノワンライ
初公開日: 2021年03月20日
最終更新日: 2021年03月20日
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第三回「お花見(桜)/誕生日」