喫煙者にとって厳しい世の中になってしまったものだ。禁煙スペースを広げられては自由に息抜きをすることも出来ない。本来ならその一つであるタワー屋上の人目にはつかない場所で、キースは煙草の先端に火をつける。もう何度も同期からは注意を受けてはいるが、今となっては自室で吸うことも出来ない。「それなら喫煙所へ行け」とお堅い顔が浮かび上がってきたのを振り払うように夜空へと目を向ける。どれだけ高い場所にきても星は手の届かない場所で瞬いていて、そのことが美しくも、妬ましくも思う。体の中にたまったモヤと一緒に一度取り込んだ毒の煙を吐き出す。独特な匂いだけを残して夜の空気の中へと気体は混ざっていった。
「キース?」
「おわっ!?」
 不意に聞こえてきた声にキースはビクリと肩を跳ね上げるとともに指の力が抜けて、火のついたままの煙草がすり抜けていく。「あ」とキースの後方から聞こえているのを認識しながら、落ちていくはずだった煙草は緑の淡い光を纏って宙を浮かび、キースの手の中へと戻ってきた。
「っと。なんだよ、あぶねぇなディノ」
「やっぱり此処に居た。此処は禁煙だってブラッドに言われてるだろ~?」
「お前も同じこと言うのはやめてくれよ~」
 腰に手を当てながら近寄ってくるディノに、もう耳にタコができるほど耳にした台詞を言われて肩を落とす。今日はここまでだ。まだ長い煙草の先端を吸殻ケースに押し付けて火を消すとそのまま中に捨ててしまう。ケースを胸ポケットにしまいながらキースは煙草の余韻に浸りながら呼吸をして顔を上げると、目の前で二十八にしては丸く、大きな瞳が瞬きをした。
「もういいのか?」
「吸うなって言ったのはお前だろ?」
「いや、うん。まぁそうだけどさ……」
 歯切れの悪いディノの言葉にキースは思わず眉間に皺が寄る。こういった態度を見せるときは通販で馬鹿みたいにものを買って段ボールに部屋が埋め尽くされる前か後に見せる姿だ。今の会話の中でディノがキースに怒られるようなものは何もなかったからこそ、言いだしにくい何かがあるんじゃないのかとどうしても疑ってしまう。
「おいディノ。何かあるんならさっさと言え」
「う……うん」
 まるで攻守逆転だ。ジッとディノを見ていると最近リビングで見て約二名が感動して泣きじゃくっていた感動モノの動物との映画を思い出す。少し違うけどその映画に出てきた子犬のようだ。ディノは言い辛そうに口を小さく開いては閉じて。何度か繰り返すうちに何かを決心したのか息をのんで口をしっかりと開いた。
「今日は共犯になってみたいな~と思って」
「はあ?」
「ほら、煙草。そういえば俺吸ったことないからどんなものなのか興味あったんだよね」
 コロコロとバッターボックスに立つのが入れ替わる。ディノが最初何を言ったのかは理解できずにキースは固まってしまう。意を決して発したのに何も返ってこないことに痺れを切らしたディノはひらひらと手のひらをキースの顔の前で軽く振ると、ようやくキースの意識は現実へと戻ってきた。
「……別にうまいもんじゃねぇし、興味持つようなもんでもねぇよ」
「それでもキースが部屋で吸わずにわざわざ屋上に来てまで吸うんだから、俺が煙草吸ってれば部屋でも気楽に吸えるのかと思ってさ」
「ディノが理由なわけじゃねぇから」
 自室で吸うことは確かになくなった。それでもリビングで風通しの良い場所だったり、キッチンで換気扇を付けた状態で吸うことはある。屋上に出て吸うのは眺める景色がそれなりに好きなこと、風が気持ち良いことと、そしてずっと目で追い求めていた姿がここに来れば見つかるんじゃないかと探していたから。酒も煙草もいつの間にか無いと生きていけなくなってはいたが、それ以上に求めている存在を探さなくても傍にいると、今度は逆の立場を試してみたくもなった。それはどちらかというと出会った当初からの関係ではあるが、キースからしたらそっちの方が心地よくもあり、一番落ち着くことでもある。
「……結構屋上好きみたいだわ、オレ」
「そうなんだ?」
 脈絡のないキースの言葉に今度はディノが首を傾げる番だった。どこか一人で納得してる表情をしたキースを見ながら、ディノは無言でキースの胸ポケットへと手を伸ばす。が、中身を取り出す前にその手は簡単に捕まえられてしまった。
「ディノにはまだ早いだろ」
「えーっ!? キースと同い年だよ俺!?」
「必要ない人間には必要ないんだよ」
 反論をしてくるディノの手を離したら簡単に奪われてしまうかもしれない。
 ディノには必要なものではないと勝手に判断することに対してキースは僅かに申し訳なさが無いわけでは無い。それでも自分が煙草に手を出した理由を考え、体には毒だと言われ、世間からは厄介者扱いされることを考えるとやはりディノに吸ってほしくないと考えてしまう。自分の事は棚に上げて。そう言われると言い返す言葉もないのだけど。
「……飯に誘いに来たんだろ? どこのピザ屋行くんだ?」
「ピザでいいの!? それじゃあ最近できたお店に行こうよ」
 キースが意図して意識を好物へ向けると、胸ポケットに向けられてた視線は簡単に外れてしまう。やっぱり毒なんて似合わねぇよ。キースは声には出さずに小さく口元で笑う。いつの間にか掴んでいた手はディノに掴まれていて、キースはエレベーターの灯りへと引っ張られていった。
カット
Latest / 54:13
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
20210313キスディノワンライ
初公開日: 2021年03月12日
最終更新日: 2021年03月12日
ブックマーク
スキ!
コメント
第二回「過保護/煙草」
20220603キスディノドロライ
「好きなモノ」「音楽」「俺(オレ)は、お前が……」
みつき
20220522キスディノドロライ
以心伝心 / キスまであと… / 休憩
みつき
20220402キスディノドロライ
第50回【お題:過去のお題全て】
みつき
※夢 展示用SS書く
夢小説を書いているため苦手な方はお戻りください。znzr 🐈
糖度ゥ