「なぁキース」
「どうかしたのかディノ?」
 オフの日前日の恒例のようになった四人揃っての映画鑑賞も終わり、それぞれの自室で余暇を楽しみだした頃。ネットショッピングをしていたであろうディノに声をかけられてグラスを煽る手を止めた。振り返って言葉を返すと、ディノはパッと表情を明るくさせてオレのスペースへと侵入してカウンターの空いてる椅子、つまりオレの隣に座った。飼い主が遊んでくれることが嬉しくて尻尾を振っている犬のようだ、なんて言ったら怒るだろう。余計な言葉を発しないようにグラスに口をつけてウイスキーを喉に通す。
「キスしてみたいな」
「……っ、はあ!?」
 変なところに入り込んだアルコールに噎せて体を折る。「大丈夫か!?」なんて慌てて背中をさすってくれる手は優しいけど、今は誰のせいで、と声を大にして言い放ちたい。まるでいつもように「今日はピザ食べよう」と言っているノリと一緒に何を言いだしてるんだ。ディノの言うキスとは一体何だっただろうかと現実逃避もしたくなる。
 落ち着いて顔をあげると、いたって真面目な顔をしているディノがぼんやりと視界に入った。
「どうしたんだよ急に」
「いや、俺とキースって付き合ってるんだよな?」
「…………まぁ、そうなんじゃねぇの?」
「そこでその間がある返事は俺もショックなんだけど……」
 眉と肩を落とすディノにしょうがねぇだろ、なんて心の中で反論する。
 友情以上の好きという感情を持っていると自覚したのは、ディノが目の前から姿を消した時で。もう学生の頃みたいな輝いた日は訪れないと思っていたから今、目の前にディノがいるというだけでも奇跡に近いことだ。それなのに恋愛として付き合っている、恋人、なんて関係性が増えたことに頭と心が追い付いてないのが本音というもので。犬の耳と尻尾が生えてたら垂れさがってんだろう姿に溜息をつく。ここで有耶無耶にしていいことと悪いことがある。今回は後者だ。
「……理由は聞いてもいいのか?」
「ほら、さっき見てた映画さ、そういうシーンがあったじゃん」
「ホラー映画に出てくる恋人たちなんてオチは決まってるじゃねぇか」
「うん、まぁそうなんだけど。でも、それ以上に羨ましいと思っちゃったんだ」
 趣味の悪いホラー映画は定番と言えるシーンが大量にあった。いい雰囲気になって目の前の恋人の姿しか見えなくなった時に襲い掛かる悪夢。ご愁傷様と心の中で呟いた場面をディノは別の感想を抱いていたということだ。昔からそうだ。一緒に見た映画の感想は驚くほどに違っていて、お気楽な思考をしていると呆れると同時に尊敬したこともあった。そんな部分に惹かれたとは口が裂けてでも言いたくない。
 反応の示さないオレに対してディノはまるで捨てられた子犬のようにジッとオレを見ている。金魚のように口を開いているのに言葉が見つからないのか空気は震えることなくその意思を耳に運んでは来ない。
「……俺はキースとキスしたい。キースはどうなんだ?」
 ようやくオレの元まで辿りついた声は小さく、アイスブルーの瞳は期待と不安が混ざった色をしている。そんな顔をさせたくないのにな、と他人事のように思考は逃げているが原因はどう考えてもオレ自身だ。今ここで逃げても良いことなんて無いというのに。
 向けられた視線にオレのも重ねる。鮮明な視界には、心の底から好きだと思う存在しか映っていない。
「…………お前意外としたいなんて思ったことねぇよ」
 口を開くと心臓が飛び出そうなほど、鼓動が変にうるさい。見開かれた瞳がとても綺麗でいつまででも見ていたいと思うのに、恥ずかしくて視線を逸らしたくもなる。
「いいのか、オレで」
「キースがいいんだよ、俺は」
 即答と同時に伸ばされた手が胸元の服を掴んで引き寄せられる。急に動いた視界にはアイスブルーが閉ざされた肌色が埋め尽くされ、唇には柔らかくて暖かい感触。こんな呆気なく食器や煙草以外に口をつける日が訪れるなんてな。どこか遠い他人事のように脳は働いていて、ディノとキスをしたのだと実感したのは離れて頬を紅潮させている姿を見てから。遅れて心臓が煩く鳴り響いていく。
「……なんも味しないね」
「まぁ唇が当たるだけだからな」
「ファーストキスはレモン味なんてよく聞くんだけどな」
「……ガキかよ」
 いったいいつの頃に聞いた話だよ、それ。ジワジワと羞恥が集まってくるというのに、嬉しそうな、どこか残念そうな表情で笑うディノを見ているとこっちが落ち着かなくなる。本当はしたくない、というよりもまだ先だと思ってたんだけど。呼吸を整えるように息を吐いて、正面のまだ近くにいるディノの顔へと手を伸ばす。
「ディノ」
「どうか――」
 声はオレが飲み込んだ。開いたままの口の隙間から舌を忍び込ませると、さっきは閉ざされていたアイスブルーが今度は視界一杯に広がって。今度はちゃんとキスをしてるんだ。そんなことしか単純な脳は理解できない。やり方なんて長い間生きていても映画やドラマでしか目にしたことがない。大人のキスを不器用に子供がしているみたいだった。
「……煙草と酒の味がする」
「文句言うなよ」
「別に文句じゃないよ。キースの味を知れてちょっと嬉しいかも」
「あっそ」
 真っ赤な顔をしてるディノに鏡に映したような顔をオレもしてるのだろう。オレの方は予想通りのピザの味がしたけどな、なんて言ってやりたかったのに今度こそ心臓が飛び出てしまいそうで、何も言えなかった。
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20210306キスディノワンライ
初公開日: 2021年03月06日
最終更新日: 2021年03月06日
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