同棲アグネロ
お家は02のちょっと離れた島に建てた。比嘉の希望でルーフバルコニー(下は玄関)がある、小さめの一戸建て。まあ、金はあるだろ(多分)
2階の窓から夜更けに外に出ては海を眺めるためだけのルーフバルコニー。
夜も更け、草木すらも寝静まった午前二時。夏だと言うのにひんやりとした空気が頬を撫でて目が覚めた。クーラーはつけずに寝た筈だが、と私は目を擦る。深夜、丑三つ時もいいとこという時間だがやけに明るい。瞼を焼く日光ほどでは無いが、人工的な光では無いものが私を照らしている。
単純。月光だ。寝転がったままぼんやりとその光を眺めているうち、閉めたはずのカーテンと窓が開いていること、隣にいるはずであろう恋人の不在に気がついた。
「アグリ…? …っ!?」
ぼんやりとしていた意識が急浮上、目はバッチリと覚醒する。
勢いよく掛け布団を蹴り上げ上半身を起こす。辺りを見回しても狭い寝室に彼女の姿は無かった。ベッドのシーツを撫で、その温度からしばらく前から姿を消していることを察する。
彼女は、比嘉アグリは、海に魅せられている。
稀に気分で一人で海に赴き、びしょ濡れになって帰ってくることもあった。その度に何度心臓が止まりかけたことか。帰ってくるならまだ良い。稀中の稀に朝から書き置きひとつ、『海に行きます』とだけ残して夜まで帰らなかった時にはもう近い海岸と言う海岸を走り回り、そうして見つからずにバイクにまで跨ったことは今でも鮮明に思い出せる。
いつもいつも、考える。
彼女が、海に攫われるのではないかと。
今回もそうだとしたら、と思考回路を巡らせるたびに心臓が跳ねる音が耳につく。うるさい、うるさい。
ジャケット一つ手に取り寝室を出る。
ドアを開けた先、左に階段、右にはルーフバルコニーに繋がる窓。その窓が、開けられている。そこは家を建てる際、アグリが『海が見える場所が欲しい』と唯一言った我儘で作ったものだ。玄関の上に作られた分のスペースしかないが、アグリ用の椅子一つと私の灰皿を置くには充分なスペースがある。
お願いだから、そこに居てくれ。
こんな夜中に、海へなぞ行かないでくれ。
ルーフバルコニーに向かう足取りは重い。一歩ずつ、ぺた、と床を踏む足が冷たい。
カーテンを開けずに、鍵だけ解除する。窓を開けつつ、恐る恐るそこへ顔だけ出すと、ぼんやりとした表情で海を眺めるアグリがいた。
安堵感で膝から崩れそうになるも平静を装い、サンダルを履いて外へ出る。
彼女はこちらを見向きもしない。
「……アグリ」
「…ネロ?」
どうしてここに、と言いたげだがむしろそれは此方の台詞だ。
「なんしとーよ」
「何も…海を見ていたの」
「…そか」
何の意味もない、こっちに視線を向かわせるためだけの会話。だがそれは功を成さず、アグリの視線はまた海に奪われる。
「あのね、ネロ」
「うん?」
「ネロは、海が嫌い?」
「嫌い…と言えば嫌いかもな」
「どうして?」
君を連れ去りそうだから、なんてロマンチックなことは言えなかった。
「海は、私の全てを受け入れてくれたわ。喜びも、涙も、傷も、全部」
涙は途中で出なくなっちゃったけどね、と話す虚な瞳は大きな月光を反射した海が映っている。
「だから、ネロにも好きになって欲しい。無理は言わないわ。けど、海を嫌いと言われると…私は少し寂しいわ」
「……」
これではまるで私が海に嫉妬しているみたいではないか。恋人が取られそうだから嫌、とは。駄々をこねる子供と同じだ。
それでも、嫌なものは嫌。
「…アグリ」
「なぁに?」
「好き」
「どうしたの急に」
「別に」
「…そう? 変なネロ」
海を好きになったら、彼女は海へ行かなくなるのだろうか。…いや、きっとそれは無いな。
でも、どうせ海に攫われるというのなら、私も一緒に攫って欲しい。