「えっと、前から試合とかでかっこいいなって思ってて、」
デュースのすぐ横の角を曲がった先で、現在まさに告白が行われている。慌てて駆け込んだ植木の内側にいるデュースはますます縮こまり身を隠した。
「……好きです!」
鈴の音のような綺麗なソプラノが震えている。隠れる前にちらと見えた『校章?』はスカラビアのものだった。彼女はきっとデュースの目指しているような、絵に描いたような優等生なのだろう。
「え、エースくんさえよければ、私と付き合ってください……!」
彼女が絞り出すように恋情を告げた相手は、なんとデュースの相────悪友の、エース・トラッポラであった。
あんな奴のどこがいいんだ、とむくれてみるが、しかし人当たりのいいエースは女子に人気があるのをデュースは知っていた。実際、ミドルスクールの頃には数人の女子とお付き合いのようなものをしていたらしい。
デュースは何故かきりきりと痛む胸を右手で押さえる。
エースはあの子と付き合うのだろうか。
そうしたらデュースの隣にいる時間も減って、授業を受けるのも、昼飯を食べるのも、あの子と一緒になるのかもしれない。
それはなんだか、面白くないと思う。……面白くないと思う?
「ごめん」
悶々とデュースが頭を悩ませているうちに、エースが優しく、しかしハッキリと謝罪の言葉を述べた。どんな顔をしているのかは分からないが、滅多に聞かない真剣な声色だ。
「……その、あんまり私のことを知らないのはわかってるけど、私、がんばるから……」
「ごめん。オレ好きじゃないコとは付き合わねーって決めてんだよね」
「……っ」
エースは縋り付く相手をキッパリと切り捨てる。彼女は言葉を詰まらせて、だが熟慮に長けるスカラビア寮生は望みが無いことに気がついていた。しばらく逡巡したのち、早足で去っていく。デュースは目を閉じて、更にエースがその場を離れるまで僅かな身じろぎもせずじっと息を殺していた。
二人の靴音が完全に聞こえなくなったことを確認してから、そろそろと目蓋を開ける。今の間にか握り締めていた右の拳を解けば、無意識に掴んでいた胸のあたりの制服がしわくちゃになっていた。
デュースは、ふと天啓を得る。
「────僕は、エースのことが好きなのかもしれない」
その日の晩、寝る直前にルームメイトらへそう告げると、それまで賑やかだった自室がしんと静まり返った。ある一人はカランと手からブラシを落とし、またある一人は髪がまだ湿っているのにドライヤーを止める。もう一人も横になっていたベッドから身を起こした。揃いも揃って唖然とした表情をしている。
「……デュースに恋という概念があったなんて……」
「どういう意味だ」
「え、なんで気付いたの?」
「告白現場に立ち会った」
「あ〜……」
それはキツい。同情の言葉に、デュースは少し迷って、こっくりと頷く。
エースが即座に断ってくれたから良かったものの、あの時のデュースの内心は荒れ狂っていた。苦しくて、痛くて、ぐるぐると重いタールが胃袋に溜まっていくような心地がして。もう二度とあんな思いはしたくない。
「それで、どうやったらエースに好きになってもらえるだろうか」
「えー、脈アリだと思うけどな」
「エースに一番近い女子ってデュースだしね」
「まず告っちゃって意識させるのもいいんじゃない?」
一人の提案にはデュースが首を横に振る。
「でも、アイツ、『好きな子としか付き合わない』って……」
「なるほど」
「モテ男はこれだから」
「そこらへんの猿とは違うな」
ぶつぶつとルームメイトらが何か言っているけれど、デュースはついていけない。相談を持ちかけたのはデュースだが、なんとなく居心地悪く垂らした髪の毛をくるくる指に巻き付けたりしてみる。脱色していたせいでまだ少しパサついていた。
「とりあえず!」
目前にニュッと人差し指が突き出てきて、油断していたデュースは飛び上がる。
おそるおそる顔を上げると、ルームメイト三人がデュースのベッドを取り囲んでいた。
「明日から制服スカートね」
「へ」
「いっつも一緒にいるから距離感バグってるし、まず女子アピからしていこ」
「え?」
「あとメイクも最低限しかしてないでしょ。明日はアイメイクもしなさい。リップじゃなくてグロスかルージュね」
「は?」
「明後日空けときなさいよ、色々武器を買いに行くから」
「……武器?」
彼女らの言う通り、はじめに制服のスラックスをスカートに変える。スースーして慣れないが、足首くらいまで長くしたい気持ちをグッと抑えて膝上十センチ。
自分にスカートなど似合わないのでは。エースに何か言われてしまうかもしれない。
いつになくバクバクと心臓を高鳴らせて、寮の食堂でデュースはエースに声を掛けた。
「お、おはよう」
「……オハヨ」
ホットケーキをもそもそと頬張っていたエースはデュースを一瞥し、何も言わず低血圧を露わにした顔で挨拶を返すのみだった。
デュースは拍子抜けして、隣へ腰を下ろす。
メイクもいつもよりしっかりと施したのだが、そちらにも特に反応はない。……いや指摘されても居た堪れないので言及されないのはありがたいが。
気が付いてほしかったような、ホッとするような。なんとも言えない気分のまま、エッグサンドをかじった。
それからというもの、デュースはエースに意識してもらうため、地道なアピールを繰り返している。
ハーツラビュルは入浴後から就寝前までは服装が自由なので、ルームメイトに選んでもらった可愛いふわふわのウェアを着てみたり。
黒いゴムで結ぶだけだった髪に、小洒落たピンクゴールドのヘアアクセサリーを付けてみたり。
目がぱっちりとして見えるというマスカラをつけたり、唇がうるうるつやつやになるグロスをつけたり、爪の手入れをしてみたり。
ありとあらゆる手を尽くしたのだが、エースの態度は一向に変わる気配がない。
いつも通り、デュースを揶揄ってはニヤニヤと笑うし、デュースのとぼけた発言に肘で小突いてきたり頭をべしりと軽く叩いたりもする。どう考えても男友達の感覚だ。
ひとまず昼休みに入るなりエースから離れ、ベンチで一人ううんと唸る。
エースに好きになってもらうには、どうしたらいいのだろう。いっそのこと彼女らが初め言ったように告白してしまった方が意識してもらえるようになるだろうか。
頭を働かせるなり、ぐう、と鳴った腹にデュースは顔を赤らめる。誰に見られているわけでもないが、恥ずかしい。いそいそと袋から購買で買ったクロワッサンを取り出したとき。
「すまん、スペード。……ちょっといいか?」
デュースと陽の間に入り込んだのは大きな影。かぶりつこうと大きく開けた口を止める。
隣のクラスのサバナクロー寮生だ。何度かデュースに絡んできたので全て返り討ちにしている。また何か仕掛けてくる気か?
デュースは剣呑に眉をひそめるが、彼は慌てたようにひらひらと手を振った。
「違えよ、今日は、その、だな」
「何だ?」
「…………スペード、お前が好きだ」
「……は?」
思わず低音で聞き返してしまった。いくら人気が無いとはいえ、よくこんなところで言えるな。
「いや、あーっと……お前、最近スカート履いてるだろ」
「そ、うだな……?」
「それで、その、お前も女だったんだな〜とか、思うようになって……」
誰だコイツは。以前までデュースに敵意をむき出しにしてきていた彼と本当に同一人物なのだろうか。“恋は盲目”とはこういうことなのか?
デュースは狼狽するが、それでもがばりと頭を下げた。
「すまん!」
「……」
「僕、いま好きなヤツがいるんだ。だからその、お前の気持ちには、応えられない」
「……そうか。悪かったな」
いやに聞き分けがいい。デュースが唖然としているうちに、彼はさっさと背を向けて立ち去ってしまった。
青天の霹靂に暫くぼんやりとしていたが、昼休みが残り少なくなっていることに気が付き我に帰る。
エッグサンドを口に詰めてアイスカフェラテで流し込み、パンくずを払いながら腰を上げた。早食い記録を更新したかもしれない。
ゴミをくしゃくしゃと丸めながら校舎に入ると、入り口のところにエースが背を預けて立っていた。共に行動していたはずのグリムと監督生の姿は無い。
デュースは目を瞬かせる。
「……エース? グリムと監督生は?」
「日直だから先行った」
「そうなのか」
……あんなことがあったばかりなので、なんとなく気まずい。デュースが踵を返すエースの隣に並ぶと、エースがぼそりと呟いた。
「告白、受けんの?」
「は!? 聞いてたのか!?」
「さっき廊下から見えた」
「あ、あぁ……」
あの独特の雰囲気は確かに分かりやすいかもしれない。告白された回数はデュースよりよっぽど多いだろうエースなら尚更。
おずおずと
エースを見上げれば、横目でデュースを探るように見つめてくるエースと目が合った。
「断ってきた」
「そ」
「……どうして、そんなこと訊くんだ」
期待に鼓動が速くなる。少しでも、デュースのことを意識しているのか。そわそわと落ち着かない気持ちで返答を待つ。
「別に。お前がオレより先に恋人作んのがムカついただけ」
知ってた。がっくりと肩を落とすのだけはなんとか耐えて、「そうか」とだけ返す。
「そーいえば、次の薬学さあ」
エースが何気なくどうでもいい話を振ってきたので、微妙な空気はそこであっという間に霧散した。
「エースは不能か!?」
「デュースが短期間でこんなに可愛くなったらちょっとはドキドキとかしない!?」
「ほんっとーに何にも言われてないの?」
「…………いわれてない」
ルームメイトらの驚愕の声がグサグサと突き刺さる。脈無しなのは明白だった。
もういい。やはり無謀だったのだ。デュースがエースに女子として認識してもらうには、あまりにも今までの距離が近すぎた。
これ以上やっても、どうせ結果は見えている。
「よっしゃ、じゃあ次は胃袋掴むか」
「まだやるのか……?」
「デュースが弱気になってどうすんの!」
「絶っ対あのクソ野郎オトしてやんのよ!」
クソ野郎とは酷い言い草だ。何故デュースよりも彼女らが燃えているのか分からない。
「無理だと思うが」
「やってみなきゃわかんないでしょーが!」
「大体エースって何考えてんのかイマイチわかんないしね」
「もしかしたらデュースのこともう意識しちゃってるかもよ?」
励ましが辛い。しかしここまで張り切ってくれているのに、デュースが引くわけにはいかないので。渋々と口を歪めながら首肯した。
「……わかった、クローバー先輩に聞きに行く」
「頑張れデュース!」
「エースのやつギャフンと言わせよう!」
……ギャフンは違うと思う。
次の日の放課後。鉄は熱いうちに打てと部活動から寮に戻ってきたトレイを捕まえた。
「クローバー先輩、いま少しいいですか?」
「デュースか。どうした?」
「あの、教えてほしいレシピがあって……」
ぽつりぽつりといる寮生に聞こえないように、声をひそめる。トレイが訳知り顔でひょいと片眉を上げた。何でも見通されているようでヒヤッとする。
「で? 何のレシピが知りたいんだ?」
「ええと……その、チェ」
「デュース、ここにいたの」
突然割って入った声に、ぎくりと身体を強張らせた。肩に手を回されて、おそるおそるそちらに視線をやれば、エースがにこりと不気味なほど爽やかな笑みを浮かべている。
「すいません、ちょっとオレが先約なんでぇ」
「え、エース!?」
「また後でお願いしまーす」
ずるずると引きずられるようにその場を後にした。最後に振り返って見たトレイはにこにこと片手を挙げている姿で。唇が『よかったな』と動くのに顔が熱くなる。やはりデュースの内心は見透かされていたらしい。エースが何故か舌打ちした。
薔薇の迷路沿い、並木の奥まで連れてこられたデュースは、ようやく解放されてエースと向き合う。エースは感情が抜け落ちてしまったような、見たことのない表情をしていた。
「お前、トレイ先輩が好きなの?」
「へ?」
何を言われるのかと思えば。驚いて言葉が出ないデュースに、エースが言い募る。
や最近さ、デュースがどんどんかわいくなってくか、焦った」
そこでエースの顔がくしゃりと歪んだ。デュースから目を逸らし、頬を紅潮させる。
無防備に突っ立っていたデュースは、不意に指先を絡ませられて、心臓が口から飛び出るかと思った。
「オレ、お前にこれからヤな気持ちいっぱいさせるかもしれない」
「は、」
「喧嘩もいっぱいするだろうし、オレら真逆だから絶対意見なんて合わねーし」
そうだな。こくりと頷く。
「でも、オレはお前と、同じくらいいっぱい泣いたり笑ったりしたい。……大事にするから」
「う、わ」
引き寄せられて、腕の中に閉じ込められる。エースの体温が直に伝わってきて、ぎゅうと胸が締め付けられた。ドキドキとうるさいのはどちらの心臓なのか。
とろりと甘いエースの声が、デュースの熱く痺れる耳に直接吹き込まれた。
「だから、オレを好きになってよ」
デュース。掠れた声で名前を呼ばれて、デュースはくらくらと眩暈がした。何がどうしてこんな状況に陥っているのかわからないけれど。好きになって、なんて好きなやつに言われてしまったので。
デュースは少しだけ踵を浮かせて、エースの耳元で囁いた。
「エース、じつは僕────」
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ふぉろわさん誕えすでゅ♀
初公開日: 2020年11月08日
最終更新日: 2020年11月09日
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コメント
ヒバディノ書きます
「恋にはならない」 未来捏造 肉体関係あり(直接描写はなし)
CoC6『レプリカントの葬列』二次創作 タイトル未定
CoC6『レプリカントの葬列』二次創作。私はHO怪盗をもらいました。 我が家の怪盗・四谷千影の昔話。…
唯代終