それは不幸な事故だった。
マリオンの鞭の当たりどころが悪く、景気良く吹っ飛んだアドラーが後ろのレンを避けようと能力を発動。飛び越えたはいいものの、そのさらに背後にいた、丁度トレーニングルームに足を踏み入れたウィルめがけて落下した。
「ぅわっ」
「わあっ!」
ガチンと硬質な音と唇に熱。影がかかって色濃くなっているエメラルドの双眸から目が逸らせない。遠くからアキラとレンの焦った声が聞こえる。は、と唇に吐息がかかった。
「わ」
先に言葉を発したのはアドラーだった。ウィルの両肩を掴み、勢いよく引き剥がされる。
「わり、」
────無かったことにしようとしている。
直感的にウィルは悟った。アドラーの瞳にはぐるぐると混乱が渦巻いていて、それでも眉は申し訳なさそうに八の字に垂れ下がっている。それをみとめた瞬間、鳩尾のあたりがカッと熱を持った。
ウィルは衝動のままアドラーの後頭部に手を回すと、もう一度引き寄せる。動揺してアドラーの手に力が入っていないのをいいことに、素早く顔を傾けて、その半開きの唇を奪った。思っていたより柔らかい。至近距離の瞳は瞬きも忘れ、大きく見開かれている。
軽く食んで、離れ際に下唇を舐めた。鉄の味。ウィルの唾液に濡れたアドラーの唇にまたじわりと赤が滲む。切れてる、と痛々しく顔を顰めるが、ウィルの唇もジンジンと熱を帯びていた。親指でなぞると案の定血が付いたので舐め取る。最悪だ。
アドラーはまだ茫然としている。立ち上がったウィルにも反応せず、固まったままだ。
「忘れろ」
乱れた頭に言い捨てて、壁の時計を見やる。時刻はサウスセクターの予約時間よりもずっと早かった。
「わぁっ! 俺たち来るのが早すぎましたね!」
「あ、え、」
「すみません! アキラ、時間になるまでジムで待ってよう」
「お、おう……?」
お邪魔しました、と言い添えてトレーニングルームを出る。ふと顔を上げたアドラーと目が合うが、アキラが出てきてすぐにドアが閉まった。
アキラはウィルの横に小走りで並び、顔を覗き込んでくる。
「ウィル、お前、ガストと、その……そういう関係? なのか?」
「そういうって?」
「だから……付き合ってる、とか……」
「まさか」
ありえない。笑い飛ばしたウィルに、アキラは「だよな」と首を傾げた。
「じゃあ、どうしたんだよ。あ、あんな……」
「別に、なんでもないよ」
未だ不思議そうにこちらを窺ってくるアキラをいなし、ウィルは
不可抗力とはいえ、勝手に落ちてきて、勝手にキスをしてきたのはアドラーのくせに。
無かったことにされそうになって、どうしようもなく腹がたった、とか。アキラには言えそうもない。
熱が引き始めた唇を舐める。口内に広がる鈍い痛みが、ウィルの脳髄を甘く痺れさせた。
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ウィルガス書きます
初公開日: 2021年09月17日
最終更新日: 2021年09月17日
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