荒船と穂刈、所用で隣町から帰ってくる。改札を出るとピアノの生演奏の音。聞き覚えのある曲。映画レオンのメインテーマ。スティングのShape of My Heart(こころの形)。
(これは……)
 荒船は耳に覚えのあるメロディに足を止めた。
「shape of my heartだな、スティングの」
 穂刈の言葉に思い出す。荒船の好きな映画で使われた曲だ。無口な殺し屋と家族を皆殺しにされ孤児になった少女の、有名な映画。最後、少女の仇でもある相手を道連れにしようとする殺し屋が逃げるのを嫌がる少女を穴に押し込みながら「NO!」と告げるシーンが思い出される。壁越しに幼い子が射殺されたり、惨い場面も多いが、お互いの持っているささやかなもので少しずつそれぞれの欠落を埋め合わせていくふたりの、哀切と抑えられた情愛の細やかさが派手なガンアクションと違和感なく並び立った名作だ。
「少し、聞いてく。好きな曲だ」
 珍しいな、と言われるかと思ったが、同い年で同じポジションでもある部下の男は「分かった」とだけ言って、荒船を置いてその場から歩き去っていった。
穂刈と別れ、音に誘われる荒船。駅ナカストリートピアノ。女性が弾いてる。弾き終えて順番を待っている人がいないか確認して、だったらもう一曲。
リクエストはありますか、と近くで見てる小さな男の子に訊く。優しい声。こどもは有名なアニメの主題歌を口にする。はあい、ちょっと待っててね。いちおう確認、とどうやらちょっと離れたところに置いてあったスマホでその曲を聞いてから、またセットし直す。何してんだろって顔で見てる荒船と目が合って「演奏してるところを録って動画配信サイトにアップロードしてお小遣い稼ぎしてるんです」ってはにかむ女性。
「歌おうか」とこどもに話しかけてから弾き始める。最初は恥ずかしそうに段々元気に歌うこども。それを見て他のこどももよって来て合唱になる。楽しそうに弾く女性の綺麗な横顔にちょっと見惚れる荒船。
と、そのスマホをくすねようとする不埒者。見咎めた荒船その男を足払いして転がして取り押さえる。警察か警備員に引き渡す。
女性にスマホを返す。証拠品だけど、ないと不便だから大目に見てもらいました、と。女性、軽く足を引きずっていることに気づく。今しがたの件で転んだので捻ったのかと尋ねると違う、と。生まれつきのもので今もリハビリ中だと。今日も三門市民病院からの帰り。
自己紹介、加賀美が春から通う予定の大学の芸術学部演奏学科三年須川美理(すがわみさと)。
お礼をと言われて断る。でしたら、たまに病院で長期入院してる人たちを観客にたまにピアノを弾いてるので、よろしければ聞きに来てくださいみたいなやりとり。その時は荒船さんのお好きな曲を弾くので何かありますか的な。「ダニー・ザ・ドッグ」の中で流れていた二曲を告げる。モーツアルトのピアノソナタ11番とビゼーのカルメンのハバネラ。ハバネラを「恋の野の鳥」とも呼ぶのだと初めて知る荒船。
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たまたまクラスメイトが入院(盲腸か何か)して三門市民病院に見舞いに行くと、ピアノの音がする。ボランティアルームにアップライトピアノの前に座る美理と入院中らしいこどもたちや、地域の人たちの姿。
荒船の顔を見て嬉しそう。たまたまです。
あ、ボーダーの人だーとはしゃぐキッズに、驚く美理。
(中庭)映画観ました。え、わざわざ。映画の中でどんな役割をしているのかを理解してから弾いたほうがリクエストに添えるから。生真面目なくらいに真摯に音を紡ごうとするスタンスに敬意の念を抱く。あの映画みたいに、今度ハバネラを連弾しませんか? 無 理 !片手で大丈夫ですから💛
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ふらふらしながら東にピアノ弾ける人を尋ねる。来馬が習い事でやってたって聞いたぞ。どうした?色々ありまして。「『ピアノ・レッスン』はお前向きの映画じゃないと思うんだけどな」と他人事顔で笑う東。誰がうまいことをいえと。
鋼経由で来馬にお願いして、鈴鳴支部で習う荒船。わざわざ支部にピアノまで設置するなんて。久々にじっくり弾いてみたかったからいいんだ、と来馬。懐かしいなあ。何年ぶりかな、と「聖者の行進」を引く。太一が「ホームセンターでよく聞くっす」お葬式の帰りに流したりする曲なんだよ。死は哀しいことではなくて、この辛い世界から解放されることだから明るく送り出そうっていう、奴隷だった歴史を持つ人たちの為の曲なんだ。でも、自分にとってはこっちの世界は好きな人や大事な人がたくさんいるからなるべくすぐには発ちたくないかな。鋼と目を合わせて微笑む来馬(突然のむらくる)
鋼がいつもお世話になってる荒船くんにお手伝いできることがあって良かった。
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美理と荒船並んでピアノ弾く。いい匂いがする、とか細いうなじとか。
実はこっそり賭けをしてたんです。誰と?自分と。荒船さんが弾けたりしたら、自分も勇気を出してコンクールに出場しようと。海外に留学。チャンス。
来馬の母方の実家の会社が主催(来馬の早逝した叔父に当たる人がピアニスト志望だった縁から。三年に一度開催されてる)
>中断
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