バージルの拳がその男の顔面にめり込んだ瞬間、店内で悲鳴が上がった。
「ブフォッ…!?」
蛙が潰れたような男の声と同時にぶっ飛ばされる体を、冷めた目でバージルは見ていた。先程男の顔面を殴った自分の拳を、汚いものを振り払うかのようにヒラヒラ振りながら。
「あ、あ…の?」
そこへ、一部始終を間近で見る羽目になった若い女性が、驚愕と怯えが入り混じった表情でバージルに話しかける。
「あ、ありがとうございました」
「気にするな」
と、女性を気にかけるでもなく淡々と返すバージルに、女性は面食らっていたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「でも助けてくれましたよね?さっきの男の人が本当にしつこくて困っていて…」
さっさと断ればいいだろうに。バージルは内心そう突っ込むが、レディやトリッシュ以外の若い女性の対応がどうにもよく分からない。
そもそも、バージルは食料や日常品が足りなくなったためにいつもの店に買い物に来ただけなのだ。弟にお使いを頼んでもいつも余計なものも買い込んでしまうため(主にピザやワイン。それに最近はチーズにハマっている)、無駄な散財をされるぐらいなら自分で買いに行ったほうがマシであろうと。
そんな理由で馴染みの店に入店した瞬間、若い男ーいかにも金持ち風の優男ーに女性が絡まれている所に出くわしたのだった。
会話の内容から察するに、別れのもつれ話だったようだがバージルには関係のない話である。そのまま無視をして通り過ぎようとしたら、何故か半泣きの女性が「助けてください!」などと叫びながら腕に縋り付いてきたのである。
これにはバージルも面食らった。
(何故俺に)
そんな感想しか出てこない。しかも潤んだ瞳で見上げる女性と、男以外の店内中の人間が向けてくる期待の込めた視線が憎たらしいほどに突き刺さってくる。
ーーこの時点で、怒気が限界点に達しそうになるのだが。
そんなバージルの心境など知る由もない、空気の読めない金持ち優男は激怒しながら詰め寄って来た。
「ひっ」と悲鳴を上げる女性を鬱陶しそうに背後へ追いやると、優男はいきなり胸ぐらを掴み上げてきた。優男は顔を歪ませつつ「てめぇいきなり何なんだ?あ?殺すぞテメェ!!」などと、馬鹿でかい怒声を浴びせてきたのだが。
「いきなりも何も、こちらは巻き込まれただけなのにその言い草はなんだ」
幼稚な大の男を哀れむかのような目で、見下しながらそう皮肉ると、
「ああ…!?今何つった!?」
「離せ。クズが」
「テメェッ!!」
尚も吐き捨てるバージルの言葉に、ブチギレた優男は右の拳を握り締めて大きく振りかぶるがーーその前にバージルのストレートが優男の顔面にめり込まれた。
…一連の成り行きはこんな所である。
「て、テメェ……」
そして、逆に返り討ちに合った優男は今、殴られた顔を片手で押さえながらフラフラとした足取りで立ち上がってきた。
「まだ生きていたのか」
この非情で冷酷な言葉に、優男はもちろん店内中の人間が絶句した。
一応言い訳をさせて貰えば、別に何のことはない。普段よく口にする言葉である。悪魔はもちろん弟に対しても。本気の時もあるし冗談の時もある。とにかくバージル自身にとっては、「おはよう」と同じ程度の日常的に使う言葉だ。それ以上もそれ以下もない。
…しかし言われた優男にとってはそう思わなかったようで。
「い、今何つった…?テメェ俺が誰なのか知らねぇのかよ?」
「知らん」
本当に知らないから正直に答えた。
が、それすらも大層お気に召さなかったようだ。
「俺はこの辺りを取り仕切るマフィアのボスだぞ…俺に手を出すってぇことがどういう意味なのか分かってんのか!?」
「だから何だ」
「・・・・・・・ッ」
まさかこう返されるとは思いもしなかったのだろう。
優男の鼻血だらけの顔が、宇宙人か未開の蛮族を目撃したかのような顔のまま固まっていた。それは周囲の人間も同様の反応らしく、誰も彼もが無言だった。
そんな異様な空気の店内を、バージルは面倒臭そうな顔で眺め回す。
鬱陶しげに舌打ちをつくと、いまだに腕に縋り付いている女性を振り払った。そのまま構わずに店内へ進もうとするとーーー
「ッ!ーーーきゃあぁぁぁあ!?」
絹を切り裂くような悲鳴が上がったと同時に、空気を震わすような発砲音が響き渡った。
一向に怯えぬバージルに業を煮やした優男が、懐から銃を取り出して発砲してきたのだ。
それを見た女性の悲鳴と、周囲の人間の悲鳴が交わる。しかし背中を撃たれたバージルは微動だにしていない。
「・・・・・・え?」
間抜けな声を最初に上げたのは、一体誰だったのか。
今度は地を這うように恐ろしいバージルの怒気が店内を支配し始める。悪鬼の如き凄まじい形相のバージルが、自分を撃った優男へ無言で近づいていく。
優男は「ひっ」とその異様な雰囲気に情けない声を上げてしまった。この場にいる人間には決して分からないであろう。かつてこの世に復活するまでは仮初の魔王として魔界の巨木の玉座に座していた男の物語など。
ただの人間には到底耐えられぬ恐怖に愚かにも触れてしまった優男の悲劇は、哀れな末路を辿ることになってしまった。
* * *
「・・・なんか最後の方は寒いポエムっぽくなっちまってるんだけど」
「どういう意味だ」
「いやだって、ただの一般人がバージルに因縁つけてきてブチギれたバージルがユリゼンっぽくなって動かなくなるまでボッコボコにしたんだろ?」
「先に絡んできたのは奴の方だ。俺は巻き込まれた被害者だ」
「アンタの口から初めて聞いた気がするなぁ。被害者なんて」
クツクツと可笑しそうに笑うダンテをバージルは睨み付ける。いつもの定位置である机上には野菜スープとサラダが嫌がらせのように置かれていた。
「笑っている暇があるなら野菜を食ってからにしろ」
「ひでぇなー。買い物メモにちゃんとピザ頼んだのにお兄ちゃんは買ってくれないんだもん」
「これっぽっちも可愛げがないぞ。お互いに中年の域に差し掛かったことを忘れるな。スパーダの血がそう都合よく脂肪を分解してくれると思うなよ」
やたらと凄みを聞かせながら言うと、ダンテは「お、おう」と引きつった顔を浮かべた。諦めたような溜息を吐くと、頬杖をつきつつフォークでレタスを突き始める。
「…そういや、こないだ久しぶりにパティが押しかけてきたんだけどよ。『貴方は野菜が足りなさすぎるのよ!これあげるから飲みなさい!』つってトマトジュース缶1ダース押し付けてきた」
「いい娘じゃないか」
まだ会ったことがないパティとやらのありがたい差し入れに、素直に喜べとバージルは思う。
モリソンからもよくよく聞けば、ダンテはその娘が少女の頃から身の回りの世話を焼いてくれていたのだと言う。てっきり女っ気が皆無かと思えばその年で幼な妻か・・・などと弟の趣味を疑ったが。
「・・・やはり貴様はあの娘と」
「だ、か、ら!違うと言ってんだろーが!!俺とパティはそんな関係じゃねぇしそんな汚物を見るかのような目を止めろ、今すぐに止めろ!」
あらぬ疑惑を払拭するかのように、ダンテは机に拳を叩きつけて抗議する。
だが、バージルは「いっそ洗いざらい吐いた方が楽になれるぞ」と呟くと、顔の横にフォークが飛んで来た。もちろん避けたが。
しばらくの間無言で睨み合う。
やがてふっ・・・とバージルが口の端を上げた。
「食べ物を投げなかったのだけは褒めてやる」
「そりゃどうも。いやその前に俺に何か言うことあるだろお兄ちゃん?」
「忘れていた。お前がロリコンーーー」
「違う」
「伝説のロリコン」
「よーーーしよし。この喧嘩買った。今からぶん殴るからそこを動くなよババージル!!」
「誰がババージルだ!!」
妙なあだ名で呼ぶな!と怒鳴る前にダンテが飛びかかってくる方が早かった。
土足でデスクの上に立つと(後で締める)、いつぞやに無理やり観せられたカンフー映画の主演のような奇怪なポーズを取ったかと思うと、デスクを蹴って飛びかかってきたのだ。
当然、せっかくのスープとサラダが床に転がり落ちてしまった。
(また食べ物を無駄にしおってからに、この愚弟がーーー)
それを目で追いつつも、宙を舞うダンテをさてどうしてくれようかと身構えていた時だった。
事務所の外、玄関に向かって接近する明らかな馬鹿馬鹿しいほどの殺気を感じたバージルは床を蹴った。対してぶん殴ろうと飛びかかっている最中のダンテの顔が驚愕で固まる。
それに説明する間もなく、バージルはダンテの無防備な脇腹に両腕を回して横に飛び退く。直後に玄関が爆発した。
木っ端微塵に砕け散った扉と、火薬と木が焦げる臭い。そして周囲に立ち込める煙と埃が二人を包み込んだ。
「うぇっ、煙臭い・・・何なんだ」
「俺が知るか」
一瞬の出来事だった。ダンテを押し倒す形のまま、バージルは忌まわしげに破壊された玄関の方へと顔を向けた。それにしても煙い。まだ木のカスが燃えているのが見えた。赤い火が古い木造の床をじわじわと這うようにしているのが見えて・・・
「・・・火?」
「ちょ、おいおいおい!床が燃えてんぞこれ!」
ダンテは慌てた。ただでさえ古い建築物なのにまた瓦礫と化してしまうのか。
「消化用の水はーーー」
「ちょっと待て。外を見てみろ」
「あ?何だよ、火を消す方が先だろうが!」
「だからよく見てみろ。外にいる馬鹿共が火を付けようとしている」
「へ?」
バージルの言葉に、ダンテは破壊された玄関の外に目を向けてみるとーーー数人のチンピラ風の男が、両手に火炎瓶のようなものを握っているのが見えた。
そしてその瓶を次々と放り投げてくる。叩きつけられた火炎瓶のオイルが火を飲み込み、あっという間に火の勢いが激しくなった。
気が付けば天井まで火の勢いが迫っている。
「・・・火災って意外と早いのなー」
恐怖よりも感心してしまう弟に、バージルは目眩がした。
「火を消さんと寝る場所がなくなるだろうが」
「あ、悪い。・・・でも外の連中は何なんだよ。アンタのお友達か?」
「知らんが、心当たりならある」
臆面もなく言い放つ兄に、ダンテは呆れながら、
「当ててやろうか?昼間アンタがボコった優男ボスの手下共」
「よく分かったな。おめでとうのキスをしてやろうか?」
「俺も人の事言えねぇけど、呆れてんだよこれでも!玄関にロケットランチャーまでぶち込んでくれやがったあいつらにお礼をしたいんだけど、いいよな俺がやっても?」
「構わん。伝説のロリ・・・世界を救ったデビルハンター直々に礼をしてくれるんだ。奴らも本望だろう」
「なぁバージル。これ終わったらゆっくり話し会おうな?」
ニカっと。笑みを浮かべる口の端には、確かに悪魔の牙が見えたがバージルは無視をする。
そうこうする内に、火の壁が二人の周囲を覆い始めた。火の粉と熱気が二人を包み込むが、ダンテとバージルは互いに微笑み合う。
この程度の火が何だと言うのだ?
幼い頃とは違う。今は最強の二人が揃っているのだ。火の端が肌を舐めるが、もう熱くはない。
むしろ全身に漲る悪魔の血が、次第に昇り詰めていくのを感じる。バージルの見守る前で、その変化は起こった。
ダンテの全身が周囲の火を取り込むと、どこからともなく魔剣ダンテが現れて胸板に突き刺さった。突き刺さった魔剣からマグマのような赤い光が全身を包み込んだ瞬間、人間の肌が悪魔の外殻へと変化した。
雄々しく悪魔の翼をはためかせた魔神・ダンテは事務所を蝕もうとしていた火を全て取り込んだ。
同時に、互いの胸に燻っていた憂いすらも容易く消し去ってみせた。そんな清々しささえ思わせるダンテの力強い赤眼に、バージルは見惚れていた。
『思った通り火が消えたな』
「ああ。連中をぶちのめしたら修理代と慰謝料も分取ってこい」
『慰謝料ねぇ?むしろ俺らが払ってやりたくなるけど。先に手を出したのは向こうさんだし、遠慮はいらねぇよなぁ?』
「当然の権利だ」
悪びれもせずにバージルは言い放つ。容赦のない兄にダンテは苦笑するしかない。
さて、たまには人間のチンピラと遊ぶのも悪くはないか。
魔神・ダンテは宙に浮かびながら振り返ると、颯爽と外に出た。
同時に夜を切り裂くような絶叫が響き始めたーーー
* * *
「はぁ。そーゆー訳で家を放火されたと。はぁ。それで乱闘騒ぎになってしまったと。それにしてもマフィアの手下に目を付けられるなんてお宅も大変ですねぇ〜」
「だろ?そう思うだろぉ?あいつらってばよってたかって俺みたいなか弱いおっさんを取り囲んで暴行しようとしたんだぜ、酷いだろお巡りさん?もう、泣くほど怖くて堪らなかったぜ〜」
これっぽっちも職務を果たす気のない中年警官が、クレーターだらけの地面を見ながら調書を取っていた。
警官から調書を受けるダンテは、弱々しい仕草で体を抱きしめながらーー時折怯えたように瞳を潤ませて、いかに自分が恐ろしい目に合ったのか役者よろしく訴えていた。
そんな話を、元々人が良いのか中年警官はうんうんと頷きながら聞いていた。果たして真面目に聞く気があるのか不明だが、深夜に急行してきたのは職務に忠実だと褒めてやっても良いだろう。
しかも、ダンテ一人で手下達をぶちのめしたことに対してはそれ以上追求しないでくれていることがありがたい。
お涙頂戴のダンテの訴えを、これ以上聞くことは済んだと判断したのか。中年景観は「明日にはここの道路を直すように手配しますので、俺たちはこれで」
「ああ。・・・・・・やけにあっさりしているが詳しく聞かないのか?」
「大丈夫ですよ」
いやにあっさりとした態度で笑いながら警官は言う。
バージルは一瞬、この警官は人間のフリをした何かかと疑ってしまった。
そこら中に開けられたクレーターと、重傷を負った手下共が流した血の後を見下ろしながら首を傾げる。
が、もうどうでもいいことだ。
そう結論付けて、それ以上は言わないことにした。
警官が去ると、ダンテはニヤリと笑いながらバージルの肩に手を置いた。
「・・・あの警官と知り合いか?」
「まぁな。まだここら辺に住み始めた頃からの顔馴染みさ。色々あって仲良くなった」
「大概のトラブルは奴を呼んでおけば揉み消してくれると言う訳か」
「嫌な言い方するなよ。ここら辺は治安が悪い分、不真面目な警官も多いってこと。ーーーにしても事務所の玄関がめちゃくちゃになっちまったなぁこれ」
「修理代を請求する前に、手下共を全員病院送りにしたからな・・・」
まぁ、あんな下っ端がそんな金を持っているとも思わないが。
やはりあの優男ボスの下へ乗り込むべきか。そう考えていると、ダンテが口を挟んで来た。手下の一人が、命乞いをしながらボスの居場所を吐いたのだと。
「場所はここから離れた区域の、富裕層が住むエリアのタワーマンション最上階か」
「いかにもって場所だな。悪党の巣にはピッタリだ」
「金はもっていそうだな。ーーー場所は分かった。今度は俺達がお礼参りをするぞ」
「ワォ。お兄ちゃんの笑顔が怖い」
「こう見えて楽しんでいるがな」
長い間、悪魔と戦ってきたバージルはよくよく考えれば純粋な人間と戦った経験は意外と少ない。
「俺はそうでもねぇな。裏社会の人間連中が俺に喧嘩を打ってきたのは割とあるぜ」
「ほう」
「なんつーか、人間は人間なりに偉そうにしたいんだろうな。善悪なんざ捨てちまって。集団だと粋がるけどいざ一人になれば子犬のように怯えるのが滑稽で笑っちまう。親玉でさえそうだった。張り合いがねぇ」
ダンテはそう苦々しく呟いた。バージルの知らぬ所で、人間の負の部分を垣間見たのだろう。
「そこが悪魔と違うのだろうな」
純粋な悪魔とは違う。人間しか持たない残酷さは確かにある。どんなに綺麗な言葉で着飾ろうとも、人間は所詮聖人のままでは生きられない。必ず一度二度は嘘を吐き、傲慢に傲り高ぶり姦淫に溺れ堕ちるーーー
そんな生々しい生に縋りつきながら、踠き足掻こうとする人間は愚かしいほどに醜くーーーしかし、生きている。
「俺らだってそうだよな。這い蹲って文句言いながらカッコ悪く生きているのは同じだ。なぁ、だから俺はアンタを最後まで諦めなかった。知っていたか?」
「俺とお前は英雄などではない。それは知っている」
「スパーダの息子なのに、ひょっとしたら神様の息子として崇められたのかも知れねぇのに惨めだよな。玄関まで放火されて。俺たちってさ、結局ーーー」
自嘲気味に笑うダンテの前髪を風が撫ぜる。
ふわりと浮き上がった前髪にバージルはふと指を差し入れた。
指の隙間から滑り下りる銀の髪は柔らかい。そのまま頬やや煤焦げた頬を顎まで撫で下ろしてやれば、擽ったそうに笑った。
「誰も褒めやしない仕事をしている貴様を、今更どの人間が感謝するんだ?」
「一部の人間はわかってくれているから良しとする。これで良いんだよ。別に慈善事業じゃねぇし。大体、俺は復讐したいから悪魔を狩っているのは知っているだろ?」
「・・・そうだったな」
「アンタだって原点は同じだ。もっと力を・・・」
懐かしいと思った。
今では何故かあまり言わなくなってしまった言葉だ。
バージルはダンテを見る。
全てを手に入れたと言えるだろうか。
心から渇望していたものはただ力のみだったのか。
目の前で挑発的な笑みを浮かべて首に両腕を回してくるダンテが憎たらしい。
「分からないんなら優しく教えてあげようか?」
そう言って、わざと服の隙間に手を差し入れて胸を見せつけようとする。
バージルは溜息を吐いた。腰に手を回して抱き寄せる。
ダンテは嬉しそうにバージルの胸に自分の胸を押し付けてきた。別に女性のような脂肪はない。硬い胸板ーーの割に何故か揉めるがーーを押し当てたまま、何故か頬にキスをした。
「・・・・・・おい」
何だそれは。
幼稚な真似をされたバージルは不満げに見下ろすと、ダンテの顎を摑んで強引に唇を奪おうとするがーーーダンテの右手に塞がれた。
「・・・・・・」
「怒るなよ!まず俺をこんなに怖い目に合わせた仇を取ってくれたら大人しく抱かれてやるよ」
「これ以上無いぐらいに偉そうに言うな」
「えぇ〜?俺一人だけであんなに囲まれて怖かったよぉお兄ちゃん・・・昔はいじめっ子をぶちのめしてくれたのに?」
「ガキの頃の話だろうが!」
「今だって俺はアンタの!可愛い弟だ!」
美少年の頃と四十路の今とを同一にするか?とも思ったが、しかしバージルは口をつぐむ。
結局、今のダンテを抱いているのは確かだ。何だかんだともっとも理由を探しながら共に暮らしているのも確かなのだ。
「・・・夜まで待っていろ」
「やったぜバージル!お兄ちゃん大好き!」
「それを止めろ。どこか適当なホテルを探して来い。玄関があの状態じゃ安眠できないからな」
「オッケー」
グッと親指を立てるダンテに、バージルはこれ以上突っ込む気にはなれなかった。その代わり懐から一枚の黒いカードを取り出してダンテに手渡すと、「好きに使え」と言い残し早々に歩き去った。
「何だこのカード?・・・んん?この名前はーーー」
ダンテは黒いカードをしげしげと眺めて、ふと表面に記載されているカード番号と名義人の名前を見た瞬間、思いっきり吹き出した。
* *
「お前ら何をした?正直に言え」
事務所を訪れたモリソンが、ダンテの座るデスクに両手を付きながら迫って来た。
グラビア雑誌を気怠げに呼んでいたダンテは、キョトンとした顔をしてモリソンを見上げた。
「言っていることがさっぱりわかんねぇんだけど?」
「とぼけるなよ。先日、親父から組織を継いだばかりの若いボスが、全身ズタボロのゴミ同然にされて瓦礫の中を転がっていたのを警察が発見したって話が俺の所にも届いたんだが」
「へぇ〜最近のマフィアは瓦礫の中で寝るのが流行っているのかね」
面白げに笑うダンテに、モリソンは怪訝な表情を浮かべる。明らかにこちらの関与を疑っている顔だが、実際に襲撃したのはバージルだ。
「・・・まぁ詳しくは聞かんがな。どうせいつものことだ」
「どう言う意味だよ」
「お前らブラックカードを使っただろう?」
ギクリ。
ダンテの顔が引きつった。
それ見たことかとモリソンは溜息を吐いた。
「・・・え、えーと?」
「あのな、ATMは現金を引き下ろしたり口座間の取引があれば記録されるんだよ。それは警察も知り得る情報だ。ちょっと気になったんで知り合いの刑事に聞いたら、ATMの監視カメラにお前によく似ている男が現金を引き下ろしている姿が映っていたんだと」
ギクギクギク。
夏はとっくに通り過ぎたのに、嫌な汗が吹き出た。
だが、とモリソンは付け加える。
「お前によーく似た男だった。・・・らしいからな。その後は何も言わなかったし」
「はっははは」
「この際、警察が手を焼いていたマフィアを潰した功績ってことで見逃すそうだ。俺も聞かなかったことにする」
「あはははは」
確かに久しぶりにいいホテルに連泊できて玄関の修理代もあてがうことが出来たし、さらにはレディの借金に対してもちょっぴり・・・いやかなり返済することができた。
余った分はネロのいる孤児院に全額寄付している。
あれはバージル曰く「慰謝料だ」と豪語しているから、ダンテは気にしないことにしていた。
「ところでバージルは?」
「あいつなら今クッキーを焼いているぜ」
「・・・クッキー?バージルが?」
モリソンは意外そうな顔をした。
「ああ。最近焼き菓子にハマっているらしい。最新のオーブンレンジも買ったしな、ありゃ本格的に凝ってるね。まぁ俺はたまにピザ焼いてくれるからラッキーだけど」
「お前らを見ていると本当に飽きないな・・・」
モリソンは帽子を外して胸に当てつつ、心からそう思った。
(終わり