「────てよ…お願いだから……」
ほわほわとして、掴みどころのない微睡んでいる思考の中に、特徴的な声が流れてきた。
薄らと目を開ければ、ぴょんぴょんと跳ねている黒髪が見えた。
ゆっくり、ゆっくり、動かしにくい右腕を動かしてTつぐの頭に手を乗せた。
それに勢いよく顔を上げたのに笑って、
「おはよう、てぃーつぐ。」
と声をかけた。
目に濃い隈を作ってしまっているTつぐの目の下を撫でる。
あぁ、無茶したんだな。
ここの連中は直ぐに無理をするのだから……勘弁して欲しい。
なんて思ってれば、俺が気を失ってしまう前みたいに涙を零しているTつぐに睨みつけられてしまった。
「なんで、無茶したの。」
「……え?」
「なんで、俺を庇ったの。」
声は震えているけれど、目はしっかりとした信念がある。
俺を問い詰めるという、信念が。
そんなの要らないのだけれど、と思いながら庇った理由なんて1つしかないでしょ、そう言った。
リーダーであるTつぐが死ねば俺らはダメになるじゃないか。
そんなの、当たり前なのに。
「そうだけどさっ?!死にかけてるのに、笑うなよ……」
「なんで?」
「は?」
「俺は、皆を庇って、守って死ねるなら本望だと思ってる。」
なのに、なんで笑っちゃダメなのだろうか。
俺はお前を守れて安心したし、幸せだった。
笑ったのは泣いているTつぐが心配だったから安心させようと思っただけだし。
そう思っている事を全て話せば、絶句したTつぐは俯いて、指を鳴らした。
パチン、とこの場の空気に似合わない乾いた音が鳴ったと思えば、医務室のドアから皆がなだれ込んできた。
皆泣き腫らした跡があって、KCやMくんは今も泣いていた。
あぁ、綺麗な目が充血してしまっている。
俺は皆にそんな顔をさせたい訳じゃないのになぁ…
皆の方に手を伸ばして、そしてその手は空を切ってベッドに落ちた。
……まだ、眠いや。
「ごめ、ね…おやすみ……」
「えっ、ちょ!ケイタっ!!」
眩しい光を遮断して、意識を闇に落とした。
[newpage]
◆sideTつぐ
俺を庇って気を失ってしまったケイタを背負う……事は出来なかったので膝裏と首の辺りを支えて持ち上げた。
俗に言う姫抱きである。
そこそこに血が流れ出てしまっていて、軽くなってしまっていたケイタの顔を見る。
青ざめていて、今にも死んでしまいそうだ。
いや、そんなネガティブな考えをしていても仕方がない。
ピアス型の通信機の電源を肩で入れて、司令塔をしているMと物資を運んでくれているロックに連絡を入れる。
「Mっ!ロック!!医務室で治療の用意!AB型輸血パックと縫合用の糸!」
『分かった!誰か怪我したの?しかもかなり重症じゃないそれ。』
『了解、此方で用意して置く。誰が怪我した…AB型ってもしかして』
「ケタ!!!俺を庇って腹刺されてっ……!出血が酷くて、軽くてっ……」
立ち止まりそうになってしまった足を無理矢理動かす。
俺がここで罪悪感に押し潰されて動けなくなってみろ、ケイタは死んでしまう。
用意してくれる、と言っていた2人の行動はいつも早い。
きっともう医務室で準備してくれているだろう。
良かった、ここが自軍で。
本当に、良かった……
足で医務室を開ければ、手袋を嵌めているMくんがケイタを受け取ってくれた。
傷口と流れる血と、刺さったままの剣に顔を顰めたMは任せて、と笑うと医務室の奥の手術室に引っ込んで行った。
赤く点灯した手術中のランプ。
近くにあった備え付けのベンチに腰をかけて深く溜息をついた。
あぁ…何時だってそうだ。
ケイタは普段は生きたがりの癖に、俺らの生死に関わるとなれば途端に死にたがりになってしまう。
「本当に、死ぬのは怖いし痛いだろうし…俺は死にたくないね。」
「俺、皆の為なら死ねるよ。」
同じ人の台詞とは思えない。
両極端過ぎる。
自分個人だとケイタは本当に生きたがりだ。
生きる為ならば、どんな手段だって取る。
笑顔で息をするように嘘をつき、仲間を、敵を肉壁にし、無慈悲に冷酷に、しかし笑いながら敵を殺す。
それもこれも全て生きる為。
なのに、俺らが死にかければ、アイツは自分の全てを差し出すのだ。
KCの鮮やかな赤い目を欲しがった奴には自分の夕焼けのような橙色の目を差し出そうとし、まっちゃんの足を切り取ろうとした奴には自分の腕が斬られようと立ち向かい、ズシシ△やMくん、てんてんの生まれつきの色とりどりの髪を欲した奴には、自分の命を差し出した。
そして、俺の命が狙われた時、アイツは自らの身を呈して俺を庇った。
あぁ、あぁ……なんでケイタは、こんなにも自分を大切にしないのだろうか。
普段生きたがりなのも、全て俺らを守る為なのだろうか。
分からない、分からないよケイタ。
手術が終わり、真っ白なベッドに溶けてしまいそうな程真っ白な顔色をしたケイタの手を握る。
確かな暖かさに安心した。
でも、鉛筆が乗ってしまいそうな程長い睫毛に縁取られた目は開く事がない。
…普段から閉じているのだけれど、比喩というものだ。
ピッ…ピッ……と無機質な心電図の音と静かな寝息だけが医務室に響く。
いつの間にか近くに来ていたMくんとロックが俺の肩に手を置いた。
「絶対に、助かるから。」
「そうだよTちゃん。Tちゃんも少し休みな。そんな顔しちゃ、帰ってきたアイツらまで心配しちゃう。」
「…分かった。」
俺はそんなに酷い顔をしていただろうか。
自覚は無かったけれど、気持ちが荒れていたのは確かだ。
医務室に備え付けてある洗面所で顔を洗う。
冷たい水が、何もかもを洗い流してくれた。
ふぅ……と本日何度目かの溜息を吐いて、またケイタが寝ているベッドに向かう。
バタバタと騒がしい足音が幾つかして、医務室の横開きのドアが勢いよく開いた。
そこに居たのは予想していた通り、前線で暴れてくれていたKCにまっちゃん、裏取りしていてくれていたズシシ△、空爆してくれていたてんてんの4人だった。
4人とも、俺の目線の先にいるケイタに駆け寄って、血の気のない白い顔を見て泣きそうなくらいに顔を歪めた。
本当にごめんな。俺のせいなんだわ。
とは言えなかった。
ただただその場の雰囲気に押されて、目を覚まさない彼の顔をずっと見ていた。
このまま、目を覚まさなかったら…
なんて、そんな事は絶対にないと信じたい。
だって、Mくんとロックが治療してくれたのだから。
大丈夫。きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせて、何故かお通夜ムードの医務室を後にした。
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あの日から、何日が経っただろうか。
そう、ケイタが目を覚まさなくなってから、俺を庇ったあの戦争から、丁度30日。1ヶ月。
1ヶ月も、ケイタは目を覚まさなかった。
長い睫毛は伏せられたまま。
身体は日に日に細くなっていく。
皆も、明らかに調子が悪い。
無理をしているのがありありと分かった。
かくいう自分も、目に濃い隈を作ってしまっているのだけれど。
今まで外交から、戦闘から、書類から、と何でもこなしてくれていたケイタ1人が居ないだけで、8人しか幹部がいない俺らの軍はガタガタだった。
それでもやるしか無いのは分かっていたから。
だから頑張ってたんだ。
自分の事を一切大切にしないコイツを起こるために。
なぁ、起きろよ、起きてくれよ。
「…頼むよ、ケイタ……頼むから起きてくれよ…」
なんて、聞こえていないのは分かっているけど。
無機質な心電図の音と、呼吸の音しか聞こえない、筈だった。
少しの衣擦れの音と共に、俺の頭に温かいものが乗せられた。
伏せていた顔を勢いよくあげれば、何時もと変わらない笑顔で優しく此方をみてきているケイタが、
「…おはよう、てぃーつぐ。」
なんて言ってくるものだから。
本当に、コイツは……
散々心配させておいて、起きて一番最初にやる事が俺を慰める事なんて。
だから、散々言っているじゃないか。
自分の事を1番に考えろと……
手を伸ばしてきたケイタは、俺の目の下を悲しそうな顔をして撫でてくる。
きっと隈の事を気にしているのだろう。