◇sideロボロ
少し、本当に少しだけの違和感だった。
「…ん?こんな所にトーテムあったか…?」
俺らの軍では迷子癖のチワワと放浪癖の先生がいるので、軍周辺の森や駐屯地付近にそれぞれを模したトーテムポールを立てている。
それを目印にして2人が帰って来れるように、という配慮なのだが……
そのトーテムポールは1つ1つに監視カメラを仕掛けている。
そして今俺が見ているトーテムポールには、監視カメラが無かった。
それに形も可笑しい。配色も何処か違うような…
明らかに怪しい。
嫌な予感がしたので、窓を開けて矢を引いた。
キリキリキリ……と軋む弓と弦。
放てば綺麗な弧を描いて飛んでいく矢と、返しが上手くいった弦。
トーテムポールを観察していれば、俺の矢が刺さって爆発を起こしていた。
上手くいった。
これで、明日もしくは今日どうなるか、だが……
──変化は直ぐに現れた。
見えたのは森の深い緑によく目立つ紅。
近くにあるトーテムの監視カメラを回して拡大する。
正体は直ぐに分かった。
あぁ、あの紋章と特徴的な軍服はあの大きな商業国の…
「…ヤバくないか?」
そんな言葉が口をついて出たのも仕方ないような気がする。
商業国。
それは、様々な軍や国と中立または同盟を結んでいて、1度戦争になれば100で負ける程に驚異となる国。
そんな国が、俺らの陣地にトーテムポールを仕掛けているとなれば、やろうとしている事は1つしかないだろう。
戦争。
絶望、である。
幾ら俺らが強くとも、その力が強大であろうとも、数の暴力には適わない。
勝てたとしても、その時に全員が揃っているとは考えにくい。
必ずしも、誰かの身体の一部が欠けたり、それこそ誰かが欠けてしまったりするだろう。
それが、前線組になることも……
ゾムは大丈夫だ。
アイツは強い。味方最大の脅威と恐れられるほどに強く、それでいて仲間思いだ。
…心配なのは、コネシマだ。
ショッピくんが隊にいるコネシマは自分が死んでも後にショッピくんが居るからと無茶をすることが増えた。
ショッピくんが居ない頃からも自分を蔑ろにする所はあったが、最近は特に酷い。
だから、きっと彼は、誰かを庇って死ぬだろう。
そしてそれを知ったゾムが暴れ、シャオロンが絶望し、ショッピくんが後を追うように……
そこまで想像して直ぐにその思考を辞めた。
こんな事考えている場合ではなかった。
先に考える事は、どうにして戦争を回避すること。
又は戦争に全員が揃って勝てるような策を考える事。
どうする、どうすればいい。
どうしたら、全員が五体満足で勝つ事が出来る?
そんな方法、ない、のか……?
…いや、ある筈だ。
必ず、絶対に……
「ロボロぉ?入るでー。」
「ちょっと通信機の調子が悪くて…って、何やその顔。なんかあったんけ。」
不意に聞こえたノックの音に思考を停止させる。
返事をする前に開いたドアから見えたのは俺よりも高い位置にある金髪。
通信機の調子が悪い、と言ったコネシマは不思議そうに俺の顔を見たあとにパソコンを見てきた。
不味い、見られる。
そう思った頃には遅く。
「…この軍服、あのでっかい商業国か?もしかして」
「はぁ……そのもしかして、や。」
「それ、ヤバいんとちゃうんか。」
「ヤバいわ…だからどうするか考えとんねん」
バレたからには仕方ない。
通信機は取り敢えず預かって、直しつつ2人で一緒に考えたが、効率的で1番いいであろう案は、最悪なものであった。
「やっぱり、誰かが内部破壊するしかないか……」
「それが最前、やろうけど…やろうにも向こうの国は広すぎる。それに、」
「コッチに戻って来れんくなる……」
此処に戻って来れなくなる。
それが1番のネックであった。
俺も、勿論コネシマも、此処には少なからず愛着があって。
お互いに相棒、マブダチと呼べる相手も居た。
だからこそ、離れたくなかった。
心が無いと形容される俺らも、それだけは嫌だった。
でも、だとしても、
「負ければ、元も子もない……」
そう、なんだ。
負けてしまえば、結局俺らは此処に戻って来れなくなる。
そんなの、意味が無い。
ならば、そうなってしまうのならば、いっその事、知ってしまった俺ら2人で裏切ればいいのだ。
そう提案しようとコネシマの方を見たが、コネシマも既にその考えに至っていたらしく、頷いていた。
やっぱり、それしかない。
此処にはもう戻って来れない。
そう覚悟を決めた。
「ちなみに〜、アイツらの事やから裏切っても来そうやな。」
「それは分かる。やから完全に裏切った、戻ってくる気はないと思わせないといけない。」
「どうするんや。」
「…コッチにサポートしてくれる奴を残すしか……」
問題はそこである。
俺らはもう2人で一緒に死ぬ覚悟を決めた。
骨を向こうに埋める覚悟を。
真紅の軍服に身を包み、アイツらと対峙する覚悟を。
しかし、その覚悟を奴らは簡単に打ち砕いてくるだろう。
裏切った。
だからといって最初から諦める奴らではない事を俺らが1番よく知っている。
俺らが完全に裏切った。
もう戻ってくる気はない。
そう思わせる為に、もう1人必要であった。
分かっていた。
残した1人に多大な罪悪感を背負わしてしまう事を。
だとしても、俺らはやり遂げなければならないのだ。
皆を、裏切った俺ら以外を五体満足で暮らせるようにする為に。
「……あ、アイツはどうなんけ。」
「あ〜…大丈夫なん?」
「…信じるしかないやろ、裏切る予定の俺らが言うのも変やけどな。」
「まぁ、そうやな……」
コネシマが指さした先に居る彼。
元気に跳ねる水色の髪に、胡散臭そうな瓶底メガネの奥に光るのはトパーズと見間郷ばかりのオレンジ色の目。
胸元で揺れるのは、入隊してくる前から所持していた懐中時計。
確かに、チーノは適役かもしれない。
珍しく手持ち無沙汰にしている様子のオレンジを呼び寄せた。
……さぁ、裏切りの用意だ。