「左馬刻?」
玄関から出た先にいたのは、ヨコハマにいるはずの左馬刻だった。
いつもの髑髏柄のアロハシャツを纏った彼は、特におかしい様子も無く睨み付けるように俺の方を見ていた。いや、なんで俺が睨まれてんだよ。今何時だと思ってんだ。
「どうしたんだよ」
「しばらく泊めろや」
「……は?」
───数年前、
中王区の壁は無くなった。ディビジョン同士のいざこざはすぐにはなくならなかったが、時間と共にそれも消えていった。俺らの誤解も解けて、俺が左馬刻を憎み続ける理由も無くなった。それは左馬刻も同じはずだ。だけど全て元通りって訳でもなくて、左馬刻と昔のように連むような事は無かった。お互い、どうすればいいのか分かりかねてるっていうのが正直なところだろう。
泊まりなんてTDDとしてチームを組んでいたあの頃以来だろう。それでもあの頃は俺が左馬刻の家に泊まりに行っていたし、左馬刻が俺の家に来たことは無い。因みに、二郎と三郎は大人になって家を出て、それぞれのやりたい事をしている。俺は萬屋として、昔から変わらずこの家に住んでいる。
「いいから泊まらせろ。1週間でいい」
この人はいつも言葉が足りないのだ。なんで1週間?
「……とりあえず、中入れよ」
左馬刻を家の中に招き入れる。俺の家に左馬刻という図が見慣れなさすぎて、なんだかそこだけ浮いて見える。
「泊まるのはいいけど、服とか日用品はどうすんだよ」
「……適当にするわ」
「適当って、アンタ何も持ってねぇじゃん」
「チッいちろーくんは一々うるせぇな。別にテメェの世話にはなんねぇよ。俺のことは気にしなくていい」
「はぁ……? いや、そういう訳には行かないだろ」
気にしなくていいってなんだよ。気にするだろ。あの左馬刻が俺に泊めてくれって言うんだから何かあったことは確実だろうけど、いまいち意図が掴めない。
「しょうがねぇから服は俺のでも使えよ。まぁ、着たくねぇかもしれねぇけど。歯ブラシは確か開けてない新品があったからそれ使ってもらって、食器も二郎と三郎が居た頃のまんまだから大丈夫だろ。部屋もあるしな。あと足りねぇもんは買ってくるか」
「……別にそれで十分だわ。俺はもう寝る」
礼も言わず(言って欲しいわけじゃないけど)目線を逸らしてそれだけ言うと、ソファに腰を下ろした。そのまま寝る体勢に入る左馬刻に驚いて一瞬思考が止まった。
待て、どこで寝ようとしてんだよ。
「おい、こんな所で寝るつもりかよ」
「だから俺のことは気にすんなっつったろうが。もう寝るから話しかけんじゃねぇ」
俺が今した話聞いてなかったのかよ! 二郎と三郎の部屋が空いてんだから、そこで寝るのが普通だろ! 
イラッとした。話を聞いていない左馬刻と、俺が薄情そんな奴だと思われているということに。
いくら左馬刻だからって、他人をソファで寝かせて自分はベッドなんてそんなこと出来ない。
「二郎と三郎の部屋が空いてるっつったろ。ベッドあるからそこで寝ろよ」
「ベッドなんか要らねぇわ」
どこまでも強情だ。いくら本格的な冬前だからといって何も羽織らず、薄着のアロハシャツのまま夜を過ごせば風邪を引くかもしれないし、ソファで寝るのが体に良いとも思えない。そんなことで体調を崩すほどヤワじゃないのは百も承知だが、心配をするのは当たり前だろう。
「家主の俺が言ってんだからベッドで寝ろよ」
「……わぁったわ」
渋々といった感じで腰を上げた左馬刻は2階の方へ上がっていく。部屋の場所知ってんの?
「上がったところ右手だぜ」
一応声をかけるとおうと返事が返ってきた。はぁ、とため息をついたところで眠気が襲ってきた。もうすぐ深夜3時になる。さすがにまだ眠い。救いなのは明日の仕事が午後からってことだろう。
俺も自分の部屋に行くために2階へ上がる。シンと静まり返った様子からしてたぶんもう寝たんだろう。明日からのことは明日考えるとして、今日はもう寝よう。俺は考えることを放棄してベッドに潜り込んだ。
目覚ましの音で意識が浮上した。目は閉じたまま手探りで目覚ましを止める。目が光に慣れてきた頃、薄目で周囲を確認すると人の顔が見えて驚く。バチッと目を開くとそこにいたのはまだ眠ったままの左馬刻だった。
「う……」
寝起きにドアップで左馬刻の顔は刺激が強過ぎる。顔を手で覆ってなんとか耐えた。つかなんで俺の隣で寝てんだよ。
結構な音量で目覚ましが鳴っていたはずだけど、それじゃ起きないらしい。ヤクザなんてやってる癖にこんな眠りが深くて大丈夫なのか。いや、ヤクザと眠りの深さは関係無いか。
昨日別の部屋で寝たはずの左馬刻がなんで俺の隣にいるのか気になったが、スヤスヤと寝息を立てて普段からは考えられないような穏やかな顔をして眠る左馬刻を起こすのは躊躇われた。
「まぁ……」
このまま寝かせておいてもいいだろ。どうせ1週間はいるのだ。気になることは左馬刻が起きた時にゆっくり聞けばいい。
既に時計は12時近くを指していて、そろそろ出掛ける準備をしなければならない時間だった。朝ご飯(というよりは昼ご飯)を摂る為に1階へ向かった。
「一郎、俺がここにいることは誰にも言うんじゃねぇぞ」
出掛けざまにそんなことを言われて思わず振り返るが、左馬刻は既に寝室に戻っていた。まだ寝る気かよ。
言うなということは、左馬刻は何かから身を隠す為にうちに来たってことか?
「あークソ」
考えてもわからねぇ。本当の理由なんて左馬刻はきっと答えてくれないだろう。そういうのを何よりも言いたがらない男だから。
靴を履いて次こそ家を出た。
「貴方、左馬刻を知りませんか。」
「左馬刻? 居ないんすか?」
「ええ、数日前から連絡が取れなくなっています。左馬刻と関わりのある貴方なら何か知らないかと思ったのですが」
あの人、自分の仲間にも居場所伝えてねぇのかよ。誰にも言うなと言った左馬刻を思い出す。仲間にも伝えていないなんて余程の事情があるらしい。本人に聞かなければいけないことが増えた。しかし、1週間は泊まらせると決めたのだ。約束は守る。
「さぁ、ここしばらく左馬刻に会ってないので分からないすね」
「……そうですか。もし何か分かったら連絡を下さい」
「あ、あの。」
その場を去ろうとする銃兎さんを引き止めた。
「なんですか?」
「急に行方不明になるなんて、なんかあったんすか」
本人以外から聞くのは卑怯かもしれないが、あの人はきっと全てを話してはくれないだろうから。
「……申し訳ないのですが、私も理由がわからないので戸惑っているところです」
「そう、ですか」
眼鏡を人差し指でクイと持ち上げた銃兎さんは、ただ、と言葉を続けた。
「左馬刻がいなくなる直前、病院に行ったことがわかっているので、それが原因である可能性は高いと思います」
それでは失礼しますと丁寧にお辞儀をして車に乗りこみ、走り去っていった。
病院? 体調悪ぃのかな。でも、今朝見た限りじゃ特に変な様子も無かった。
「」
急に胸が痛くなった。話を聞いていなかったわけじゃない。俺のことを頼りない奴だと思っている訳でもない。左馬刻にとってはそれが普通なのだ。頼り方も知らない不器用な左馬刻が、泊まらせてくれと俺を頼ってきた理由(わけ)。考えれば考えるほど訳が分からなかった。なんで誰にも……仲間であるはずのヨコハマのあの二人にさえ居場所を告げず、隠れるように俺の家に来たのか。1週間だけと言ったのは、何故。
ボツ
────
ボツにするつもりが、なんだか続いてる
「」
届かないなら言えるだろうか。
「」
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一左馬が書きたい
初公開日: 2020年09月06日
最終更新日: 2020年09月23日
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