目の前で手紙を読みながら顔を顰める吸血鬼を見つめる。ほんとに表情豊かだなぁ。僕なんかより全然人間っぽい。
 全ての元凶だった魔物を、この吸血鬼と一緒に倒してから数日が経っていた。ある日突然、この手紙が僕の教会の前に落ちていたわけだけど、よく見たら魔界から来た手紙らしい。僕には魔界字は読めないからなんて書いてあるかさっぱりだけど、きっと嫌なことが書いてあるんだろう。面倒臭いともろに顔に出ているのが面白くて思わず笑ってしまう。それに気づいた彼はこっちを見て少し睨んできた。
「ごめんごめん。で、なんて書いてあるの?」
「んー。長ったらしく書いてあるけど、ようするに『仕事が終わったなら早く帰ってこい』ってさ」
「なるほどね。」
「つーわけで俺魔界に帰るわ。」
 あっけなくそんなことを言う彼に少し妬いてしまう。僕はこんなに寂しいのに、君は寂しくないのかな。
「ふうん、忙しいね。」
「一応貴族だしなー。むしろこんなに家開けて許されてた今までが異例だな」
「そう、なんだ。じゃあ仕方ないね。」
 僕は人間で、君は吸血鬼。わかっていた隔たりだ。
「よかったらさ、また遊びに来てよ。僕はいつもこの教会で暇してるから」
「まぁ、気が向いたらな。あー、ただ人間はもろっちいからなあ。俺の気が向くころにはお前死んでるかも」
「ふふ、大丈夫だよ。僕の強さは君が一番知ってるでしょ? それにずっと独りでこの教会にいるの、実は結構寂しかったんだ。君のおかげで寂しくなくなったんだよ。ありがとう。また君に会うためにこの教会で待ってるよ」
 君がいなくなった独りの生活はきっと今までより寂しくなるだろうから、なるべく早く気が向いてくれると嬉しいな。そんなことは言わないけど、心の中で呟いておく。
「……そうかよ。じゃあ気長に待ってれば?」
 人からの好意に慣れていないのか、すぐ頬が赤くなって目が泳ぐ吸血鬼が可愛すぎて笑ってしまいそうだったけど、ここで笑うと多分怒ってなかなか会いに来てくれなくなるから我慢だ。
「またな人間。短い間だったけど、楽しかった」
「僕も楽しかったよ。またね、サーシャ」
 握手を交わして、また君と出会えるようにと祈った。
 その日の夜だった。魔物の気配を感じて僕はいつもの銃を持ち外に出た。パンッと音が響くたび、敵の頭が撃ち抜かれて倒れていく。そこまで強くない敵だが、それにしても数が多すぎる。魔物が蔓延る原因になっていたアレは数日前にサーシャと倒したはずなのに、なんで今日に限って。
 このペースじゃ弾が切れる。僕の体力にも限界があった。でも、この教会は守らないと。ここは、僕とサーシャの……。
 一瞬気を取られたのがいけなかった。気付いたら魔物の間合いに入ってしまっていた。
 避けられないッ…!
「……ッ!!」
 鋭いもので切り付けられ、そのまま吹き飛ばされた。たぶん一瞬意識が飛んでいた。なんとか起き上がって、手元にあった一番愛用している銃でヘッドを狙い撃つ。2体の魔物が倒れた。1ミリのずれも無い正確な射撃は僕の自慢の一つだ。
 さて、どうしようかと思ったところで何故か魔物が僕に背を向けて帰っていくのが見えた。まるで今の銃声が合図だったかのように、他の魔物が次々と森の中へ消えていく。なんでこのタイミングで引いていくのか。疑問は湧いてきたが、今はただこの教会を守れたことが嬉しかった。よかった。君と出会ったこの場所を、また会おうと約束したこの場所を守ることが出来たんだ。
 安堵したせいか、一気に力が抜けてずるずると壁伝いに崩れ落ちる。身体はもはや1ミリも動かせそうにない。
 あれ…結構まずいかも……。今まで感じたことの無い急速な身体の冷えと激痛に意識が遠くなる。
 これ死ぬのかな。死ぬんだろうな。暗くなる視界の中、人間は脆いと言っていたあの吸血鬼の顔を思い出した。
 君の言う通りだったね。人間はすぐ死んじゃうみたいだ。ああ、でも君がここにいなくてよかった。夜が来る前に君とお別れできてよかった。
 僕は強いからとか言っておいてこのざまなんだもんな。僕が死んだら君はどう思うだろうか。お別れしたあの時は、また君に会いたいと思っていたけど今は僕のことなんて忘れてほしいと思う。きっとあの優しい吸血鬼は、僕が独りで死んだことを知ったら自分を責めてしまうだろうから。
「サーシャ……」
 叶うなら、生まれ変わってまた君と————。
 それから青年の意識は二度と戻ることは無かった。
「あいつどうしてっかなぁ」
 浮かんだのは、魔族の俺を受け入れてくれた不思議な人間のこと。またね、と言って別れたことがなんだか恥ずかしくてなかなか会いに行けていなかった。
 まあ俺は別に会いたいわけじゃねぇけど、あいつが寂しがってるだろうから様子を見に行こうか。突然会いに行ったらあいつ驚くだろうなぁ。目を真ん丸くさせて驚いた顔を想像して無意識に口角が上がる。こんなに楽しい気分はいつぶりだろう。
「ま、会いに行ってやるか」
 久しぶりの人間界。空から見る街は平和そのもので、魔物に怯えていたあの頃の様子は見る影もない。俺とあいつで救ったと思うと胸のあたりがむず痒くなった。まぁ悪い気分ではない。
 魔物も消えたみたいだし、あいつも元気にやってるかな。別れる前に言っていた通り、暇してるかもしれない。
少し急ぎ気味で空を飛んで森を抜ける。少しずつ教会が見えてきた。
「おーい、来てやったぞー」
 返事が無い。外に出てんのか。
 教会の入り口あたりに降りて、付近を見渡す。なんだか様子がおかしい。人がいる気配はなく、あいつが管理しているはずの教会はとても人が住んでいるとは思えないほど荒れていた。
 教会のそばに、人ひとり分の骨が埋もれているのが見えて息が止まった。埋葬もされず、晒された人骨。嫌な予感がして速足で駆け寄った。息が上がって、心臓が痛いほど鳴り出す。
 違うと言ってくれ、なぁ。
 その人骨を拾い上げ、土を払い落した。頭の骨だ。なんとなくあいつに見えて、首を振った。いや、骨だけじゃまだわからない。何か、違うと決定付けるようなものが見つかれば。
 手が汚れるのも構わず無我夢中で土を掘る。少しして手に硬いものがあたって必死に掘り出した。あぁ、と俺は唇を噛んだ。
出てきたもの。それはあいつが愛用していた銃だった。
 その骸骨は、ずっと俺が探していたあいつの骨だったのだ。
「どう、して……」
 俺が会いに来るのが遅かったからだ。人間が脆いことなんてわかってただろ。恥ずかしいなんて理由で、渋っていたせいであいつは死んだ。
 またね、と言っていたあいつの顔が頭から消えない。きっと待っていた。あいつは俺を待っていたはずなのに。
 骸骨の額に唇を寄せる。目から溢れた水滴が零れ落ち、骸を濡らした。
「ごめん」
 お前が死んだのは、俺の罪だ。
 その後、俺は骨と一緒に教会を燃やした。弔いと、あいつの痕跡をすべて消すために。跡形も残らないよう、燃やし尽くした。だってこんな場所に意味は無いだろう。あいつが居なきゃ意味がないんだ。
 
 その数年後、あいつの魂は生まれ変わった。俺たちはまた出会いと別れを繰り返す。それは、ある種の呪いだろう。だけど、俺はもうあいつを独りにはできないから。
———いつかまた、サーシャに会いに行く。
————お前がどんな姿になっても、その声で呼べば何処へでも。
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knkzが書きたい
初公開日: 2022年03月12日
最終更新日: 2022年03月12日
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