追記:サマの誕生日に合わせて支部で投稿しました。こちらは下書きとして残しておきたいと思います。
あくまで下書きなので、意味がわからない文脈でもご容赦ください。
注意:付き合ってて同棲している一左馬
もう一度、掴んで
 一郎と左馬刻で同棲を始めて半年ほど経った。お揃いの食器も買ったし、二人で寝られるベッドも買った。しかし、萬屋を経営する一郎とヤクザを続ける左馬刻では予定が合わないことがほとんどで、どちらかが家に居ないという日が続いていた。いつも夜に仕事が入るのは左馬刻が多いのだが、珍しく早く帰って来られた今日に限って一郎の方が仕事らしく、左馬刻は大人しくソファで一人寝転がっていた。壁にかかっているカレンダーを一瞥すれば、明日の11月11日に赤ペンで丸がついていて「サマトキ誕生日」と大きく書いてある。思わずふっと息が漏れて眉が下がった。
(ンなことで一喜一憂して、情けねぇなぁ)
 自嘲的な笑みを浮かべた左馬刻だが、悪い気分では無かった。そのまま目を閉じてどれくらい経った頃だろうか。
「左馬刻。」
 不意に名前を呼ばれて振り返ると仕事に行っているはずの一郎がソファの傍らに立って左馬刻を見下ろしていた。体を半分だけ起こして一郎の方を見やる。
「てめ、仕事は?」
 帰るのは朝になると言っていたはずだ。予定より早く終わったのか?
「左馬刻、アンタに言わなきゃいけないことがある」
 妙に真面目な顔をした一郎に左馬刻も無意識に目付きが厳しくなった。この男と決別した、数年前のあの日ような嫌な感覚が胸を過る。
「急に改まりやがって気持わりぃ。ンだよ」
「同棲始めて思ったんだけど、俺やっぱアンタとはやっていけねぇわ」
「……」
 一郎の言葉がうまく理解できなかった。まるで頭が回らず、一郎からの冷たい視線を感じて無意識に体が強ばる。
「別れようぜ、左馬刻」
  何故か声が出ない。背を向けて離れていく一郎を引き止めたいのに、根が張ったように脚が動かなかった。
(まて、いちろう……一郎!)
「……は、ッ」
 勢いよく起き上がり、よく回らない頭のまま寝室に向かうと一郎の荷物はそのままだった。つまり、あれはただの夢。まだ一郎はこの家にいる。は、と無意識に吐息が漏れて体に入っていた力が抜けた。どうやらカレンダーを眺めてぼうとしているうちにソファの上で寝てしまったようだった。
「クソ……」
 心臓がバクバクと煩い。血が上っているのか、頭痛までしてきていよいよ重症だと感じる。
(夢見がわりぃ)
 寝汗で服がべたりと張り付いて気持ち悪かった。それでもシャワーを浴びる気分では無く、せめて外の冷たい風に当たろうとタバコを吸う時に使うベランダへ出た。
 あんな夢を最近は特によく見ていた。誕生日が近いせいもあるだろう。一郎が真剣な目で左馬刻の名前を呼び、別れようと告げて背中を向ける。それを見て引き止めたいと思うのに左馬刻には何も出来ないのだ。声も出ない、足も動かない。離れていく一郎を黙って見ているしかできない夢は想像以上に左馬刻の精神を削っていく。胸の奥がギリギリと締め付けられて心臓が握られているような気分になるのだ。そのおかげでここしばらく寝不足もいいところだった。
(もう、失うのも裏切られるのも御免だ)
 それが左馬刻の本心で、もう二度と仲間は作らないと決めていた。MTCはたまたまだった。利害の一致という関係から始まったものであり、まさかあんなに失い難い仲間になってしまうなんて思ってもいなかった。そうやって大切なものが増えて、左馬刻は自覚できるほどに弱くなった。
(失うのが怖いなんて、ハマの王様がこんなザマじゃ笑えもしねぇ)
その言葉とは裏腹に左馬刻は自嘲的な笑みを浮かべ、どうしようもないと思うのだ。誰かを信じるには自分はもう、裏切りを知り過ぎた。左馬刻にとって信じられるものはただ一つだ。それ以外の全ては信じることができない。それに、無条件で無邪気に信じていられるほど、子供にも戻れない。だからこの夢は仕方が無いことなのだ。
 しばらくベランダで体を冷ましていると、玄関の扉が開く音がした。続けて一郎の「ただいま」という声が聞こえた。今度は現実の一郎か、と無意識に安堵の息が漏れる。ベランダに視線を向けた一郎と目が合って、驚いたような顔で近づいてくる。
「左馬刻、まだ起きてたのか」
「あ? テメェこそ仕事は終わったのかよ」
「終わったぜ。つかもう三時だけどバルコニーで何してんの? タバコも吸ってねぇし」
「……べつに、さっきまで寝てたわ」
「じゃあ部屋戻ろうぜ。風邪引くだろ」
 一郎に軽く手を引かれて部屋に入る。チラリと時計を見ると確かに三時を過ぎていた。気づかないうちにかなり時間が経っていたらしい。リビングに戻ると一郎を置いて寝室に向かう。一郎はこのあと風呂に入るだろうし、寝られるうちに寝た方がいい。特に最近は寝不足なのだから。そう思って一歩目を踏み出した時だった。
「左馬刻」
 何時にも増して真剣な表情をした一郎が左馬刻の名前を呼んだ。
「んだよ」
「話がある」
「もう寝るっつってんだろ。明日にしろや」
「少しでいいから、俺にアンタの時間をくれよ」
 仕方なく足を止めて、一郎に向き直った。相変わらず言い方が気持ち悪いが、今の一郎はどこまでも真剣な目をしていた。ふと、嫌な予感がして少し鼓動が速まったが、そんな自分の動揺に気づかないふりをする。
「……俺ら、付き合いだしてもう一年経つよな」
 間をおいて話し始めた一郎は何処か遠い目をしていて、過去の記憶を思い出しているようだった。
「それが何だよ」
「同棲も始めたし、左馬刻のことも全部じゃねぇけど色々知った。だからさ、そろそろかなと思って」
 今度こそ誤魔化しようがないくらい心臓が鳴り出して、ついさっき見た夢が頭に浮かんだ。外向き用の張り付けられた仮面と心底冷めた目を左馬刻に向けて、一郎がゆっくり口を開くのだ。
そして──
『別れようぜ、左馬刻』
「……っ嫌、だ」
「え……は? 左馬刻?」
「絶対ぇ、いやだ」
 左馬刻の口から出たのは子どものような駄々だった。しかし、それ以外の言葉なんて出てこなかった。子供のように嫌だと繰り返す左馬刻に、一郎は愕然とする。まさか言い切る前から拒否されるとは思ってもいなかったのだ。
「なんで嫌なんだよ?」
「あ¨!? ンなこと知るか!」
「はぁ!? ンで逆切れしてんだよ!」
「っ、とにかく嫌だ」
 言いたいことだけ言うと左馬刻はそれ以上聞きたくないと言うように寝室の扉を閉めた。しかもご丁寧にガチャリと鍵の音付きで。つまり今日は寝室には入れない。ソファで寝るしかないのだ。嫌だと言われた上に、こんな仕打ちあるだろうかといっそ泣きたくなったが逆に頭を冷やすことができた。驕りが無かったと言えば嘘になる。どこかで左馬刻は自分の話を受け入れてくれると思っていた。それは全くの勘違いだったわけだが。
 嫌だとひたすらに繰り返していた左馬刻を思い出す。あんな左馬刻は初めて見たからこそ、ショックも大きかった。そんなに嫌なのか、と。何が嫌か教えてくれないのでは改善の仕様が無い。それとも改善さえ許さないということだろうか。もう二度とその話をするなと、そういうことだろうか。いや、諦めが悪いのは自分の専売特許とも言える部分だろうと一郎は思い直す。簡単に諦められるようならそもそもこんな話をしない。ずっと前から考えて、ようやく出来た覚悟なのだ。一度の拒否で諦められるようなものではない。左馬刻の好意は必ず自分に向いている、と信じて今は頑張るしかないのだ。明日やる事が決まってようやく少し落ち着き、気合を入れる為にも、と風呂場へと向かった。
 
*
「左馬刻」
 翌日、一郎は寝室から出てきた左馬刻を引き止めた。顔を背けたままの左馬刻に構わず話しかける。
「昨日、あんな拒否られるなんて思ってなくてすげぇ凹んで、一晩頭冷やして考えた。それでもやっぱ俺は諦めきれねぇよ」
「俺様が嫌だって言ってんだろ」
「それでも俺はしてぇ」
「嫌だっつって……あ?」
(……“してぇ”?)
 待てよ、と左馬刻の頭に疑問が広がる。一郎がしているのは別れ話のはずだ。しかし、それにしては文脈がおかしいような。
「左馬刻が嫌なら今は待つけど、でもいつかはすっから」
 覚悟を決めた男の顔をした一郎に困惑する。どうも話が噛み合っていない。
「テメェなんの話してんだ?」
「え? いや、結婚の話だけど」
……けっこん?
けっこん……
「…ッ!」
 途端に全身が熱くなって、顔に熱が集まった。
──数年前、中央区の壁が壊されたのと同時に、同性同士のパートナー制度がつくられた。しかし、作られはしたが実際に制度を利用している人は少ない。あまり認知されていない制度の上、同性同士の結婚は未だに世間の目が厳しい。
「言う順番、逆になっちまったけど。あんたのこと、一生大切にする。絶対ぇ離れねぇ。世界で一番幸せにする。だから俺と、結婚してください」
 時が止まったように感じた。目が驚きに見開かれて、声が出ない。しばらく一郎の顔を見つめたあと、ようやく言葉を紡いだ。
「……そういうのは、」
「わかってる。」
──そういうのは俺に言うんじゃねぇよ。
 そう言おうとして口を開いたが、一郎に遮られた。
「プロポーズっていうのは一生を捧げてそばに居てぇって思った女に言え。そんで、一人に決めたらそいつを一生かけて大切にしろ、だろ? アンタから聞いた言葉だから全部覚えてるよ」
「わかってんじゃねぇか。ならなんで…」
「それ全部わかった上でアンタにプロポーズしてんだけど。意味、わかんねぇ?」
「……っ」
「なぁ、左馬刻。結婚しようぜ」
 そうやって無邪気に笑う一郎が何よりも愛しく、大切に感じた。理由なんて、それだけで充分だった。それに、聞かれずとも左馬刻の答えは一つに決まっていた。
「……おう」
 そう応えた後の一郎の喜びようと言ったらなかった。拳を突き上げて暴れ、しまいには頭を冷やしてくると言って小一時間ほど帰って来なかった。
 やっと家に戻ってきて、幾分か落ち着いた一郎が嬉しそうに話す。
「左馬刻の誕生日に言うつもりだったから、早めに帰ってきた」
「そうかよ」
「つか、アンタはなんの話だと思ってたんだよ」
「べ、つに…」
 別れ話だと思っていたなんて言えなくて黙り込んだ。
「アンタ、誕生日が近づくといつもの比じゃねぇくらい不安定になるから心配なんだよ」
「……うぜぇ」
 結婚なんて想像もつかない未来だが、一郎と一緒にいられるのなら悪くない。左馬刻は、心の奥で感じる落ち着かない何かに対して見て見ぬふりをした。
もう二度と、離さないで
『左馬刻、テメェとはもう終わりだ』
「…ッ!」
 全身が引き攣ったように強ばって目が覚めた。また、あの夢だ。
「ん…さまとき…」
 一郎の寝ぼけた声が隣で聞こえて、ほっと安堵するように息を吐いた。酷く呼吸がしづらい。心臓の鼓動が全身に響いて嫌な汗が止まらなかった。
「左馬刻…?」
 俯いたまま浅い呼吸を繰り返す様子を変に思ったのか、幾分か明瞭になった一郎の声が名前を呼んだ。
「……シャワー浴びてくるわ」
 とにかくこの汗を流してしまいたかった。あの夢から覚めるためにも早く冷たい水を浴びたい。一郎の何か言いたげな視線を無視してシャワールームへ向かった。
 一郎に結婚を申し込まれた後も、あの夢が消えることは無かった。理由はわかっていた。左馬刻が一郎との別れが近い内に必ず訪れることを何処かで予感しているからだ。TDDのあの頃も別れるなんて未来は想像もしていなかったのに、それは突然訪れた。
 「離れるな」という言葉に「アンタこそ離れるなよ」と笑って返されたあの日の事が鮮明に頭に浮かんだ。どれだけ願っても、どれだけ信じていても別れは必ず訪れるものだと左馬刻は誰よりも知っていた。
 もしかしたら次に一郎と目を合わせた時、別れを告げられるかもしれない。永遠なんて存在しないのだ。左馬刻の人生がまさにそれを証明していた。必ず守ると誓った妹が自分から離れていったように、背中を預けられると信じていた仲間から裏切られたように。結婚という名で生涯を誓った男が次の瞬間には居なくなるなんてこと、左馬刻の中では必然的に有り得る事だった。
「なぁ最近、眠れてないだろ」
 シャワールームから出てきた左馬刻を待ち受けていたのは険しい目付きで睨む一郎だった。
「あ? テメェには、関係……」
 そこまで言って口を噤んだ。そうだ。つい昨日、一郎からのプロポーズを受け入れたのだ。結婚、つまり家族になろうという相手に関係無いという言い訳は効かないだろう。一郎は理由を話すまで離さないつもりでいるようだった。
「知らねぇ。ふつうに、起きちまうだけ」
 左馬刻自身、ちょっと有り得ない言い訳じゃねぇかと思ったが言ってしまったものはどうにもならない。気まずさから目を逸らしていたせいで、一郎の表情が暗く沈んだことに気が付かなかった。
「……それって、俺のせい?」
 突然の一郎の言葉に驚いて、そうするつもりは無かったのにビクリと大袈裟に肩が揺れた。これでは肯定しているようなものだ。無意識に苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。
「ちげぇ。これは俺様の問題だ」
 間違いでは無い。これはいつまでもあの夢を引き摺る自分の問題なのであって、一郎は無関係とまではいかなくとも責任なんて無い。どう思ったのか、一郎はそれ以上何も言わず左馬刻から目線を逸らした。呆れられた、そんな気がしていっそう呼吸がしづらく感じた。
 そんな夜が続いたある日だった。
「なぁ、左馬刻」
 ベッドの上で一郎から声をかけられるのは久しぶりだった。最近は左馬刻がわざと帰宅時間をずらしていたため、二人の就寝時間が被ること自体かなり久しぶりだった。一郎からの言葉を聞いてはいけない、そんな動物的とも言える勘が働いて聴覚を遮断しようとしたが、それは失敗に終わった。久しぶりに聞く一郎の低い声が鼓膜に響く。
「──結婚、やめるか」
「……っ」
「アンタを苦しめる為に結婚しようって言ったわけじゃねぇんだ。今は別れた方がいい」
(わか、れる)
 “別れ”というその言葉を引き金にしてフラッシュバックが襲いかかった。チカチカと点滅する視界は夢と現実を混濁させ、鈍器で殴られたように煩く痛む頭がこれ以上何も考えたくないと主張していた。
「左馬刻? おい、どうした」
 今の左馬刻には一郎の言葉も何も届いていなかった。目の前が暗闇に覆われて貧血にでも無かったかのように全身から力が抜け崩れ落ちる。一郎は咄嗟に左馬刻の腰と腕を掴み、床に頭を打ち付けないよう寝かせた。
「くそ…っ」
左馬刻の体に何が起きているのか分からない以上、体を動かしていいのかも分からない。出てくれ、と祈るように昔からの知り合いである医者に電話を掛けた。3コールもしないうちに出て、一郎から左馬刻の様子を聞くと直ぐに向かいますと返事があった。多少動かしても大丈夫という寂雷の言葉を信じて左馬刻を寝室へ運んだ。
──最近ずっと左馬刻の様子がおかしかった。
 就寝の時間が被らない日々は何処か意図的に仕組まれたものだと感じてしまうくらい不自然で、会う度にどんどん左馬刻が弱っていくように見えた。目の下の隈は隠し切れないほど酷く、血の気を失った顔は左馬刻が今にも消えてしまいそうに見えた。
 そんな左馬刻を見ていられなかった。
 一郎が左馬刻に“結婚”を申し込んだのはそれが理由でもあった。純粋に左馬刻を支えたいと願って、家族になる道を選んだ。左馬刻が背負っているものを分かっているつもりだったし、自分なら支えられると思い込んでいた。しかし、それは間違いだったのだ。
 プロポーズしてからも──いや、むしろプロポーズをした後の方が左馬刻のそれは酷くなった。まるで何かに怯えるように。ずっと一緒にいると将来を誓うほど、左馬刻は何かを怖がっていた。
 それは一体──
 一郎が思考を巡らせているとインターホンの音が鳴って、待ち人がやって来たことを知らせた。一言二言交わしてから寂雷を左馬刻がいる寝室へと案内する。部屋に入ってすぐに左馬刻の呼吸音がおかしいことに気が付いた。ヒューヒューと空気の抜けるような音。まさか、と気付いた時には遅かった。詰まったように呼吸が止まり、混乱した左馬刻が大きく瞳孔を開いて痙攣し始めた。
「か、は…ッ」
「左馬刻!?」
「左馬刻君、息を吐いて。私を見なさい」
 寂雷がマイクを起動してリリックを紡ぐとすぐに左馬刻の呼吸は落ち着いてきて、しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。マイクをしまった寂雷が左馬刻を診察する様子を見つめる。今自分に出来ることは何も無いとわかっていたが、それでも苦しむ左馬刻を救ったのは寂雷で、自分は何もできなかったという事実が酷く悔しかった。
 
*
 寂雷が治療を終え、また明日診断に来ますと新宿の病院へと帰った後だった。今日は左馬刻にベッドを譲り、一郎はソファで寝るつもりでいた。リビングでぼうっと考え事をしていたら、考え事の原因である左馬刻が目の前に現れて、火のついていないタバコとジッポライターを持ってベランダへ出ようとしている。
「え、おい、左馬刻!」
 瞬間我に返って、こちらを見ようともしない左馬刻を引き止めた。いつ起きたのか、起きてすぐにタバコなんてどういうつもりなのか。寂雷から左馬刻の症状は一種の喘息だと聞いていた。そんな身体でタバコなんて以ての外だろう。なんとか吸う前にタバコを奪うと左馬刻は苛立ちを隠そうともせず舌打ちをした。
「タバコは駄目だ」
「返せ」
「さっき倒れたばっかだろうが。今日は駄目だ」
「……しね」
「暴言も駄目だろ」
「うるせぇな。テメェ最近銃兎よりうるせぇ」
「今は銃兎さん関係ないだろ。誤魔化そうとすんな」
「……眠れねぇんだよ。寝ると、夢を見ちまう。情けねぇ夢……いいからタバコ吸わせろや」
 初めて聞いた、左馬刻が眠れない理由。ここで聞き出さなければ、全て有耶無耶になってしまう気がした。そうしてまた自分は知らない間に左馬刻を傷つけてしまうかもしれない。
「タバコの代わりにはなんねぇかもしれないけど、ちょっと話そうぜ。今まで二人でゆっくり話したことなかっただろ。左馬刻の望むことが知りたいし、左馬刻がしたいことをしたい」
「……ならテメェは俺様が別れろっつったら別れんのかよ? 
──また、離すのかよ」
 左馬刻の声が震えていて、思わず身体を引き寄せた。最後に独り言のように小さく呟かれたそれが左馬刻の本心を表しているように聞こえて、その言葉を否定するように強く抱き締めた。
「離れねぇよ。アンタの隣にずっといる」
 一郎はそこでようやく左馬刻が恐れているのは家族や仲間を失うことだと気が付いた。離せ、やめろと喚く左馬刻の肩が震えている。まるで、一郎からの言葉を恐れているように。
 一郎の頭の奥で、『俺から離れんなよ』という左馬刻の声が響いた。
 当時の一郎は左馬刻のその言葉の重みに気付かないまま、簡単に「おう」と頷いた。しかし、結果的に左馬刻とは決別し、離れるなという約束は守られなかった。そんな自分が「離れない」なんて言ったところで左馬刻は信じてくれないだろう。
「今さら俺の言葉なんて信じられねぇかもしれねぇけど。だったら、アンタの隣で離れねぇって言い続けてやるよ。そうすれば、ずっと一緒にいられるだろ? それに、悪いけどもうアンタのことを離してやれそうにねぇから離れるのは諦めてくれ」
「……わかってねぇんだよ、テメェは」
「左馬刻?」
 左馬刻にとって、簡単に未来の話をしてしまう目の前の男はいつも眩しかった。そんな男の言葉に今までどれだけ救われてきたのか。心を許してそばに置いて、いろんなものを失ってきた人生で、お前だけはと願った。それでも一郎は自分から離れていった。
 そのせいで、仲間を失うことを酷く恐れていることは自覚している。仲間を、家族を作ることは同時に失うかもしれないという恐れを伴う。それを人一倍感じてきた左馬刻が、夢に魘され倒れても、それでも一郎のそばにいたいと思う理由なんて一つしかなかった。
(テメェを、あいしてる、から)
 そんな単純で、けれど受け入れがたい結論を、左馬刻は随分前から受け入れていた。一郎が「俺を信じろ」と言えば、いくらでも信じられるくらいには惚れていると自覚していた。それなのにこの男は左馬刻に気を遣い、信じろの一言も言わなくなってしまった。昔はもう少し我儘だったような気がするのに、いつの間にか遠慮と配慮を覚えた一郎は左馬刻に“気持ち”を要求しなくなってしまった。
「テメェが信じろって言えば、全部信じてやるよ。テメェも、テメェとの未来も」
「……っ」
「それに、離さねぇだと? ハッ、上等だ。俺様から離れやがったらテメェをぶっ殺してやるよ」
 左馬刻のその言葉は熱烈な愛の告白に聞こえて、一郎は顔に熱が集まるのを感じた。
「言って、いいのか。信じろって」
「言えっつってんだろ」
「……左馬刻、俺を信じて、もう一度結婚してください」
 左馬刻に手のひらを差し出した。掴んでくれるだろうかと一瞬過った不安を拭い去るようにその手に左馬刻の手が重ねられた。ぶわっと感情が昂って、手を掴んで引き寄せ左馬刻を抱き締める。もう二度と離れないと誓うように、ぎゅうと音がしそうなほど力を込めて抱き締めた。
(なぁ、あの日のアンタも同じ気持ちで俺を抱き締めてたのかよ)
 一郎を抱き締めながら『俺から離れんなよ』と告げた過去の左馬刻も今の一郎と同じように、もう二度と離れない、離したくないと強く願っていたのだろうか。
 そう思ったら酷く苦しくなった。その後、どんな気持ちで一郎と別れ、殺し合いをして、そしてどんな気持ちで結婚を受け入れてくれたのか──
左馬刻の痛ぇよという声で我に返った。強く抱き締め過ぎたらしい。仕方無く腕を解き、代わりに手のひらを繋いだ。
「ンとに、テメェは気持ちわりぃな」
「なんで今そういうこと言うんだよ! 今すげぇいい雰囲気だったろ!」
「耳元で騒ぐなダボ」
鬱陶しそうな口調でそんなことを言うくせに、少しも抵抗しない左馬刻が酷く愛おしい。繋がれた手のひらから伝わる熱が、ひたすらに幸せを感じさせる。
「左馬刻。」
自然と近付いた唇同士が合わさって、左馬刻の甘い吐息が漏れた。
(あぁ、かわいい……)
一郎が手のひらに少し力を込めると、それに呼応するように左馬刻の手のひらにも力が入ったことに驚いて唇が一旦離れた。それに不服そうな顔をした左馬刻が、宇宙一可愛い。この雰囲気なら手を出せるのでは、とデレ期が到来したことを予感し心躍らせた次の瞬間。
「しね」
左馬刻らしい暴言と共に空いている方の手でつねられた。しかし、耳からうなじにかけてが赤く染まっていることを隠せていない。その暴言が照れ隠しだとわかっている一郎にとっては可愛い要素でしか無かった。
「左馬刻、大切にする……死ぬほど幸せにするから」
「あ? 死んだら意味ねェだろうが」
「……違う、そういう意味じゃなくて」
左馬刻の返事で脱力した。結構、決意を込めて宣言した言葉だったのに上手く伝わらなかった、と思ったその時だった。
「………テメェが隣にいれば、もう幸せだわ」
もし考え事をしていたら聴き逃してしまいそうなほど小さい声で呟かれたそれは、一郎の耳に確かに届いた。
(あぁ、この人には一生叶わない)
「俺も、左馬刻の隣にいられて幸せだぜ」
次の日、改めて診察にきた寂雷に「仲が良いのはいいことですが、左馬刻くんの体力がしっかり回復してからでお願いしますね」と全身についたキスマークを見られながら言われたのは左馬刻にとって消したい記憶のひとつになった。
もう一度、 掴んで。
もう二度と、離さないで。
──────
「さまとき、キス」
「…っん、ふ、ぁ」
一郎に我儘を言われるのが好きだ。さらに言うと、我儘を言っている時の一郎の余裕の無い表情が好きなのだ。
その顔で
いい気分になって
「左馬刻? どした?」
「一郎、」
(俺様にだって、テメェを救わせろ)
左馬刻が、一郎に救われてきたように。
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もう一度、掴んで
初公開日: 2020年11月03日
最終更新日: 2020年11月28日
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サマ誕に向けて書きます。
アンサングデュエット「幸せは空にうかぶ」(仮)
TRPGのシナリオを執筆配信してます。システムはアンサングデュエットです。 当然ながらネタバレ注意で…
流音
VSぱせり先生 お題「虹」
VSぱせり先生でテキストライブ対戦やります。めう!
室長室長