一話目
問題を起こす奴と言うのは、大体決まっている。勇敢無謀な奴、血気盛んな奴、好奇心旺盛な奴、感情的な奴。そして海賊だ。海賊の中でもルーキーは殊更に問題を引き起こす。だから二つ名を台風の目、愚痴の際には問題児共との言われようなのだ。
ハインは庭で沈丁花の剪定を行いながら、近くいるジャンヌにそう話す。幼いジャンヌはクザンから貰ったケーキを膝に、可愛らしく笑っていた。
「なぁに、また誰かやらかしちゃったの?ハインさん。」
そう笑ってケーキを頬張る幼子は、鳴り続ける電伝虫を切る片手間に、買ってきたばかりの紅茶を淹れてくれる。すぐに電伝虫が鳴り始めるが、その度に切っていた。そうしてくれとハインが頼んだのだ。
「損害報告書を見る限り、私の管轄ではありません。これは大将かその他剛腕な中将方々の仕事です。CPに依頼しても良いです。」
「私もそう思うよ。」
「でしょう?」
パチンッと最後の枝を切ったハインは、良い香りのする紅茶を受け取りため息をつく。
ハインが担当しているのは前半海域だ。それも前半海域の〈情勢把握〉が担当であり、前線に出て武器を握ることはない立場だった。簡単に言えば事務仕事と言うものである。まぁ…例外ばかりだが、肩書き上は事務員と変わらない非戦闘員だった。
なのに。
「後半海域は私の担当ではありませんし、強敵がいたからどうしたって話です。援護要請なら構いませんけど、なぜ私が行かねばならない?」
「損害が大き過ぎるから、だろうね。軍艦六隻、新兵全滅、生き残りも重症で軍への復帰は望めず…なのに詳細が得られなかったんだもん。」
〈詳細〉が得られなかった。
つまりは情報が得られなかった。
だから、見てこい。
いやいや少し待ってくれ、とハインは唸った。正確に言えば〈慎重に無理せず安全圏からそっと見てきてくれないか?〉が正しい書類の文面であり、これを書いた元帥も相当に気を使って、あれこれと言葉を選んだであろうことも良く良く理解している。
理解しているが、納得はできなかった。
日頃海に出て戦闘を担当している前線海兵が、約八百人も乗り込む強固な軍艦。さらにはそれが六隻集まった艦隊がこうも見事なまでに食い荒らされている。それを見てこいと〈事務員〉に言うか?だ。
「絶対行きません。」
「センゴクさん本人が来るかもよ?」
「だとしても行きません。」
「来たみたい。」
チラリとジャンヌが部屋の扉を見る。ハインはバサリと翼を広げると、窓からスモーカーの部屋に逃げ込んだ。窓から侵入して来た戦友に驚いたのだろう、スモーカーの声が一瞬聞こえたが、以降は何事もなかったかのようにいつも通りになる。
「おいハイン、無理だったら戻ってきて構わんから…と、逃げられたか。ジャンヌ、あれはどこに?」
「私に聞かれても、ちょっと困るかな。」
「…上か。まったく…。」
これ、とセンゴクが庭から声を掛けると、ハインの代わりにスモーカーが顔を出した。
「こいつを庇うわけじゃないんですが、部が悪すぎやしませんか。」
「上空偵察だ。群れると勘付かれる。」
「相手は誰です?」
いまいち話の飲み込めないスモーカーは、窓の下に隠れているらしい戦友にも同じように問いかける。するとセンゴクとハインは偶然ながら、声を揃えて〈白殺し〉と答えた。
「白殺し?おいハインいい加減出てこい。邪魔だ。」
「…酷いですよね本当に。こっちは命がかかってるって言うのに。」
渋々と庭に降りたハインは、スモーカーに文句を言いながら手配書がまとめられているファイルを投げ渡した。
「元帥、どう考えても手に負えません。」
「だから頼んでる。生存率に関してはお前が最も優秀だ。」
普通は死んだら死んだまま。しかしハインは死んでもしばらくすると生き返る。と言うよりも、死を演じている。
だからと言って戦闘狂と名高い海賊相手に呑気ではいられなかった。
「嫌です。私は情報局員ですよ。戦闘員ではありません。」
「だが前線に出とるじゃないか。」
「誰のせいだとお思いで?」
ピリッと火花の舞いかける雰囲気を察したセンゴクは、すまんすまんと謝って彼女の頭を撫でる。ジャンヌはハインの足元に座り、静かに頭上で繰り広げられる攻防を聞いていた。スモーカーはやれやれとため息をついて、自分の部屋に引っ込んでしまう。
「こんな時こそクザンさんに行かせれば良いじゃないですか。私はご遺族へ送る訃報の手紙を書かねばならないのです。」
「それは私がやっておく。」
「そうではなく。」
ここまで嫌がるのも珍しいな、と思ったのだろう。避難したはずのスモーカーが仕方なさそうに庭へ下りてきて、助け舟を出してくれた。
「元帥。なぜこいつなんです?飛行能力はともかく、他にも情報収集の心得がある中将はいるでしょう。」
「むしろ聞きたいんだが、なんでそこまで嫌がるんだ?ハイン。適材適所なら分かっているだろう。」
スモーカーの助け舟にセンゴクの疑問が乗ってしまい、ハインはつい口を噤んだ。
「…そもそものね、話をしてるんだと思うの。ハインさんは事務員で、戦闘狂の相手をするような海兵じゃないってこと。」
頬に生クリームを付けたジャンヌが、代わりに答える。その声に一旦場を預けたハインは煙草を手に資料を広げ始めた。
「私もね、さっきハインさんとあの報告書を見たけどね。すごい損害だったでしょう?ハインさんのお仕事はその損害を補充することであって、原因を叩くことじゃないと思うの。」
「…ジャンヌだけが味方ですよ。」
ぽそりと呟いたハインは、例の損害報告書を広げつつ海図を示した。
「疑問にお答えします。まず嫌な理由ですが、実力的にも相性的にも最悪だからです。蛇の道は蛇と言いますが…これは同類嫌悪、蛇と蛙に近いものです。だからこそ適任なのも理解しています。」
ですがこれでも蛙の事務員です。と念を押すようにハインは幼子の言葉を繰り返した。
まずは根本の話をしよう。
今回のように部隊全滅、艦隊壊滅の様な戦況になった場合、死の間際だろうとも息のある海兵は報告が義務付けられている。
どんな報告でもいい。
全滅でも壊滅でもいい。
助けて、でもいい。
なんでもいいから、異変を早急に知らせるのが義務になっている。命を懸けた務めと言うものだ。
ではなぜ義務になっているのか?
消滅されると困るからだ。
全滅と壊滅、そして消滅は少しばかりニュアンスが異なる。消滅されてしまうと、その事実を知るまでにタイムロスが発生する。タイムロスは言わば命を粗末にしている時間だ。事実を知らず呑気に日常を送り、備えも出来ずに〈同じ道を辿る〉のである。
それを前提として、今回襲われた艦隊の編成や乗員、装備品、航路の記された報告書を見る。これがハインの視点だった。
「襲撃手順が完璧です。更には軍艦の狙い方も慣れていらっしゃる。通信系…つまり末部局員と通信室を先に壊し、後方から前方へ、前方から後方へと動き回る。直線に並んだ巡航姿勢では、援護をするにしても切り捨てるにしても位置を変えねばなりません。間に合わないんですよね。軍艦は背面が弱いので。」
なぜそこまで分かる?と言いたげなスモーカーに、ハインは〈義務付け〉と答えた。これは機密に抵触するのだが、ここにいる顔ぶれ的には気にする必要がないことだ。
「義務付けが発生する状況下では、通信機能が壊滅していることがほとんどです。今回もそうでしょう?この場合は緊急装置が自動的に動きます。」
通信室、その他連絡手段が全滅した場合、各軍艦に一つ設置されている〈自動緊急信号装置〉が機能する。仕組みとしては火災報知器に似た物だ。
それぞれの装置には番号が付けられていて、今回鳴ったのが艦隊の中心に位置する軍艦の物だった。つまり敵は前後に動き回って順調に軍艦を沈め、最後の一隻になってようやく〈ワンコールだけ〉装置が働いてくれた…と言うことだ。この時点で白殺しと呼ばれる海賊の手腕と実力が分かってしまう。
「…支部とも通信が不安定なんです。おそらくは襲撃を受けて、大きな被害を受けたのでしょう。不安定で済んだのは幸運ですよ。」
陥落してもおかしくなかった、とハインは何か言いたげな目でセンゴクを見上げた。
「海軍が嫌いだと言うのは分かっとる。物凄く嫌いだとな。だから一般人として近付けばいいだろう。」
「…残念なことに、私は物心ついた時から軍にいました。こればかりは繕いきれません。」
赤子の頃に助けられ、軍の膝元にある孤児院で育ち、そのまま後方勤務。常駐生活が長く、紙面上でしか世界を知らなかったこの〈癖〉はもはや修正できるものではない。それを極度な海軍嫌いの白殺しが見落とすわけもない。
「…同類は相手にしたくありません。私達のような者は相容れないんですよ。」
と、言いつつも出かける支度を始めていた。ジャンヌは踏み台を使って、棚からハイン愛用の短剣と銃を取り出す。ハインは海図とウエストポーチ、キーピックなどを持ち、翼を整えていた。
「無理はせんようにな。」
「はい。」
「囮が必要だったらG5から持って行くといい。」
「はい。」
センゴクを見ることもなく、少し不機嫌な声ではいとだけ言う。さすがに参ったのだろうセンゴクは、しかしどうやって機嫌を取ればいいのか分からずに視線を彷徨わせる。
「ハイン、無事に帰ってきたらプッチにでも行くか?残りの仕事は上司二人に任せてな。遊びの資金も貰ってよ。」
「いいですね。」
「うっ…分かった分かった。おまけに一週間の休暇も付けてやる。それでいいな?」
「ジャンヌも連れて行きます。たしぎちゃんも。」
分かった…と既に疲労気味のセンゴクを横目に、ハインはジャンヌを撫でると飛び立って行った。
行き先はG5、まずは駒の用意である。