The End(舞台裏)
俺はアズールくん視点を書くのが好きなんだ。
忌々しい。
彼に対する思いとしてはそれが一番しっくりときた。廊下を歩けば中庭を挟んで反対側にいようと木々を思わせる深緑を見つけてしまうことや、授業終わりの廊下からハートの女王を宥める穏やかな声を拾ってしまうこと、酷く楽しげに歯を覗かせて笑うその顔にどうにも胸が締め付けられること、どこをとっても煩わしかった。気づかないでいられるうちはよかった。ああ彼がいると目で追って、今日もハーツラビュルの副寮長は大変そうだと耳を澄ませて、案外快活に笑うものだと眺めているだけならまだよかった。だがそんなことは長く続かない、目敏く賢い面白いことの大好きなウツボが自分の両脇にはいるのだから。
「アズールはよくトレイさんを見つめていますね」
「は?」
「そーだよねー、すっっごいわかりやすい」
「はあ?」
「おや、もしかして無意識、ですか?」
「まじで?あんだけ見てんのに??」
「おやおや、これはこれは」
「アズールゥー、それってさあ」
「「恋」」
「というやつではありませんか?」
「ってやつじゃね?」
190センチにもなる左右対称なウツボ二匹に見下ろされ宣告されたそれは余りにも不甲斐ない病名であった。
こい。
コイ。
「恋」
震える口から零れ落ちたその名称。他人事であったその現象。顔が一気に熱くなる。
耐えきれずに下を向いた自分へ、腐れ縁の友人から楽しげな笑い声が送られた。
散々利用してきたそれに自分からハマる気分はどうだ。一言で言えば最悪。二言で言えば死ぬほど最悪。自覚させられたその思いに胸焼けする。何百と交わした取引の中で“恋”を要因としたものは珍しくないどころか筆頭にあたる。あの人に振り向いてほしい、あの人の好みのタイプになりたい、想いの強さに差はあれど皆一様に他人の気持ちを手に入れるため愚かな行為にも手を染める。どんなに綺麗な歌声も、どんなに美しい髪も、しなやかな尾ひれも、大切な家宝も金も魔法もあれもこれも全部!あの人を手に入れるためならばと差し出してくる。なんて可哀想な人たちでしょう!と高く笑ってええもちろん、と手を差し伸べる。哀れんで愛しんで嘲笑って全部くるんで奪い取る。それがどうだ、今の自分は。彼にだけピントが合う視界も姿を見るたびに跳ね上がる心臓も笑った顔に込み上がる想いも他人事であれば思う存分に笑えたものを。これは呪いだ、原因不明な分魔女の呪いよりたちが悪い。恨むように彼を睨んでも両脇から密やかに聞こえる笑い声と律儀に騒ぎ出す心臓にどうしようもなく頭を抱えた。
様々な哀れな魂と自分との違いは手段を持っているか否か、そして両思いを望むか否かというところだった。自力で望みを叶える知識が自分にはある。他人に振り回されるなど腹立たしい、ならばと見つけたのが一つの魔法薬。存在は知っていたが恋心にも使えるとは驚きだ。だがしかし一つ問題があった。材料として対象の欠片を仕上げに入れなければならない。事情が事情ゆえこの問題に関してはどうしても他人を頼りたくはなかった。ウツボ兄弟などもってのほかだ。一生弄ばれる運命しか見えない。一生の汚点と一時の恥。天秤がどちらに傾くかなど火を見るよりも明らかだった。
「恋心を忘れる薬?」
頓狂な声を上げ彼はこちらをまじまじと見つめた。わかってはいる、自分が恋などと宣うのはどれほど滑稽なことだろうか。だがそんなに近くで見つめないでほしいものだ。気持ちが伝わったのか彼は居住まいを正し、理由を問うてくる。必要なのだと語尾をぼやかす自分はやはりいつも通りとは程遠く少しだけいつも傍らにいるウツボ二匹を懐かしく思った。彼がいつもここで部活動を行っているのは知っている、魔法で人払いをしたとは言えたったの二時間しか効果はない。
「最後に一つ、聞いてもいいか?」
「ええ、どうぞ」
「どうして俺なんだ?」
あなたが想い人だから。喉元まで出かかった言葉を飲み込んで当たり障りのない、全て嘘とも言えない言葉を並べた。何も聞かず、何も言わずに引き受けてくれるのはこの学園であなたぐらいだ。わかった、という答えに礼を述べれば彼は片眉を上げて笑う。そうと決まれば持ってきた材料を並べ出す。本を広げて名前を読み上げながら材料一つ一つを指差すその様はいつか見た光景だ。
あれは二年生の始めだったか、この実験室で自分には珍しく錬金術の課題が終わらず居残った折、部活動で同じく実験室にいた彼が少しばかりの手伝いをしてくれたのだ。借りを作るなどもってのほかだが彼は協力してくれと言って自分の懐に入り込んだ。ちょっとした実験だと、材料を今のように並べて彼が課題を応用して作ったのはクローバー型のキャンディ。
「丁寧にやるんだ、ただかき混ぜるだけでもな」
彼の言う通りにすればあれだけうまくいかなかったものがすんなりと出来上がり、慌てて礼を言えば彼は今と同じように片眉を上げて笑った。
「俺はただ丁寧にって言っただけだよ、それよりもこれ、よければ食べてくれ」
手渡されたのは先程作ったキャンディだった。手助けをされ仕舞いには飴を握らされるなど子供扱い甚だしいがその時の自分はそれを素直に口に含んだ。甘酸っぱい苺の味がした。
それからだ、と今に至る。それから自分は彼が気になるようになった。たった一度の、彼自身は覚えてもいないだろうそんな思い出が、自分の中に巣食っていた。子供じみた甘い思い出がこんな苦い結末を迎えるとは皮肉なことだ。
「アズール?」
名前を呼ばれて背筋が伸びる。ここがどこだか忘れかけていた。訝しげな瞳がこちらを見ている。慌てて言葉を重ねるが何を言っているのか自分でもあやふやだ。彼も困惑しているのが見て取れる。ああ自分は何をしているのだか、わざわざ彼に頼んだのは過去の思い出を振り返るためではなく自分に巣食った厄介な感情を消し去るためだと言うのに。そうだ、人払いまでして慣れない頼み事をしているのは他でもない彼の協力が必要だからだ。最後の仕上げに、彼の欠片が必要だから。ようやっと回り出した頭が彼の肩口に引っかかる一本の髪の毛を見つけ出した。
「トレイさん!」
思わず名を呼べば彼はびくりと動きを止めた。はやる気持ちを押さえつけ殊更ゆっくりと彼の肩へと手を伸ばす。ゴミが、なんて言ったって不審すぎるのはわかっている。けれども今の目的を果たすには少しの強引さが必要だった。無事につまみ上げた髪の毛を隠して錬金術でもないのにゴーグルを取ってくる、なんて言って彼に背を向けた。大事にオブラートへと包んだそれを自分の胸ポケットへとしまう。これは今回の要、自分を元に戻すための、王子の心臓ではなく自身の恋心を貫くための剣だ。
薬の生成は首尾よく進んだ。何度もシミュレーションを行い全てが頭に入っている自分とは違い、手順を確認しながら行っているにもかかわらず彼は与えられた指示をそつなくこなす。そうして生成されたのは無色透明な液体だった。全くの混りっ気のなさにグッボーイと指示棒を振る講師の姿が思い浮かぶ。ようやっと終わりだ。これで解放される。息苦しさも何もかもがなくなるはずだ。最後の仕上げを入れようと胸ポケットに手をやれば何やら正面から影が差す。ばちり。顔を上げた瞬間、予想よりも近くで琥珀色の瞳とかち合った。
「な、なんですか?」
声が上ずる。いやなんでもない、と笑う彼にこちらはなんでもなくないと内心毒づいた。一つ息をついて試験管に彼の毛髪を入れる。予想外に沈んでいった髪の毛はしゅわしゅわと液体に溶け出した。無色から赤へ、赤から白へ、白から青へ、最後には入れた毛髪通りの灰緑色へと姿を変えた。全く困ったものだ。彼から始まったものが彼によって終わらせられる。
「これは……成功か?」
「はい、恐らく」
「こんな色になることもあるんだな、俺の時は真っ赤になったから」
あなたの色ですよ、とは言えない。彼の言葉に真っ赤な毛髪、小さな赤の女王が思い浮かんだ。
「それは何を入れたんですか?」
思わず口が動いた。同時に後悔する。そんなことを聞いてもしもかの女王の名前が出たらどうするのか。だが自分の心配をよそに彼は苺だよ、とあっけらかんと答えた。そういえばあのキャンディも苺味だった。彼は苺と馴染み深いのだろうか。
「へえ、僕はてっきり………いえ、なんでもありません」
墓穴を掘るような真似はしない。それに自分にはもう関係のないことだ。彼が誰を想おうが誰への想いを捨てようが。
「さて、飲みましょうか」
踏ん切りがついてそう言い出せば彼は少し慌てた様子だ。ここ以外で一体どこで飲めるというのだ。恋心を忘れる薬など自分が持っているだけでネタにされるに決まっている。それに彼には見届けてもらいたかった。彼とここで始まったことなら彼とここで終わりにするのが道理だろう。そういうものには律儀な質だ。ここに始まりここに終わる。めでたしめでたし。物語として収まりがいい。そうしてくれと頼めば彼は力強く頷いてくれた。ああ、そんなところも。思うが速いか薬を煽った。試験管一本分、対して量のないそれは一口で飲み干せる。どろりとした液体が喉元を炭酸のように刺激しながら通り過ぎていった。魔法薬によくある苦さ渋さ辛さを覚悟して口を閉じれば予想に反してそのような味は全くしなかった。
奇しくも舌の上に残ったのは、甘酸っぱい苺味だった。
ぼろり。
目から何かが溢れ出し咄嗟に手を添える。指先が濡れる感触に泣いているのだと他人事のように思った。心配そうに見つめる彼には申し訳ない。
「大丈夫か?」
「ああ、平気です」
差し出されたハンカチを見て自分のポケットに収まる布に思いを馳せたが結局受け取る。なぜだろうか、今の自分は頭がごちゃごちゃと渦巻き正常とは言えない。欲しかった、これに尽きる。彼にこれは想いの残骸で、心配することはないと告げる。タオルを取ってこようかと聞かれたが断った。この部屋から出れば人払いが切れてしまうかもしれないし何よりこの涙が流れきった時彼への感情は失われ全てが元通りになる。最後ぐらい感情の赴くままに動いて喋ったっていい。自分は慈悲の精神を重んじる、オクタヴィネル寮の寮長なのだから。甘ったるい苺味はぼやけ、ここにいる意味が希薄になる。今の今まで気にならなかったモストロ・ラウンジのことで頭がいっぱいだ。店番を任せたはいいがやはり気にかかる。早く戻って確認しなければ。いつの間にか涙は止まっていた。握り締められたびしょ濡れのハンカチを見てなぜ自分のハンカチを使わなかったのかと不思議に思った。
「ハンカチ、ありがとうございました。きちんと洗ってお返ししますので」
自分の申し出にトレイは頼むよ、と言った後目元を指差す。スマホのカメラで確認すれば確かに目は充血、鼻は赤く染まり随分と無様だ。早く冷さなければ目元が腫れぼったくなってしまう。
「……忌々しい」
「濡れタオル用意しようか?」
「お気遣いありがとうございます、ですが自分でできますので」
これ以上ここで道草を食う暇はないと断ればトレイは片眉を上げてそうか、と応じる。相変わらず頼りなさげな顔だ。さて、と立ち上がり頭の中にあるマニュアル通りトレイに礼を述べた。いつもよりも口が回る気がする。調子が良くて結構だ。
「お役に立ててよかった」
「ええ、助かりました、本当に。では」
さようなら、トレイさん。
頭を下げて出口へと足を進める。本当に今日は調子がいい。心が随分と軽やかだ。はて、自分はなぜこんなにも涙を流したのか。トレイクローバーのハンカチをわざわざ借りて。そもそもここにいたのはどうしてだったか。まあどうでもいいことだろう。自分はオーナーとしてすべきことをしなければ。二号店の夢は道半ばだ。
「アズール」
いざ扉を開かんとするところで後ろから呼び止められる。振り返れば少し困ったような顔をしたトレイがいた。
「何か?」
「いや…今度お邪魔するよ、モストロラウンジに」
それはいい、副寮長として親しまれるトレイクローバーからの呼びかけであればきっと大勢やってくることだろう。お待ちしておりますと答えてドアを開ける。後ろ手に扉を閉めれば新たな出発の心地であった。実験服を戻しに行かなければ、その前にジェイドに連絡を取って、とスマホを開けば見慣れないリマインダー。
「トレイさん ケーキの材料」
今さっき閉めた扉を見やる。トレイと自分は何か取引をしていただろうか。ああそんなことより急がなければ。足早に廊下を進み始める。目指す先は一つ愛しき我がオクタヴィネル寮だ。
かくしてアズール・アーシェングロットは恋の呪いから解き放たれた。
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To Be Continued....?
初公開日: 2020年08月17日
最終更新日: 2020年08月17日
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アズトレ
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短く短く収まりそうなやつをつらつら
R-15
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