下にいくほど古くなる
生きている意味があるかと問われれば、私は首を捻るだろう。生きている意味、はてそんなものが必要なのだろうか。自分の歩んできた過去を見やり、自分が進むであろう未来を見据えてもそれに該当するものは見当たらない。だがしかし自分は生きている。生きて三十数年経とうとしている。つまり生きている意味というのは、私にとって生きる上では必要ないと言える。生きている意味がないと嘆く、四角く区切られた枠の中で自身の生涯を振り返る男とそれに寄り添い訳知った顔で目を伏せる女を柔らかいソファの上で腹をかきながら眺めていると私の中に湧き上がる疑問。何故彼は嘆きそして、女は共感の笑みを浮かべるのか。
私にとって生きているということは自然なことであり、今前を見据え足を踏み出し目的の場所へと歩いていく自分がいる現実では生きているのは当然のことだ。そこに意味も何もありはしない。人が足が動くこと呼吸をすることに疑問を抱くだろうか。それぐらいに当然のことだった。生きている意味など何もないのだ。だがそれは私にとって障害にならなかった。
一人でいるのは寂しくないか、と聞かれたこともある。一人でいるのは寂しいものなのか、とまた首を傾げた。いや、自分は一人と言えるのか。外に出ればこんなにも多くの人がいてすれ違い、囲まれている私は一人と言えるのだろうか。それでも自分の周りの人間が言うには、私は独りで、生きている意味を持たない寂しい人間だということだ。やはり腑に落ちず首を傾げるも彼らはそんな私を置いて去っていってしまうのだ。
首を傾げて考える。生きる意味とやらを。孤独の意味とやらを。彼らの言葉に正しいと思えるところなど一つもない。彼らの定義するところの孤独も生きる意味も一欠片も理解できない。だからこそ腑に落ちず、そう自分を定義する彼らに首を傾げる羽目になるのだ。
「おじさん、僕に魂をくれない?」
首を傾げて考え込み、ずんずん歩くその先から突飛な質問が飛んできた。は?と顔をあげれば目の前には誰もおらず少し目線を下げた横に少年がうずくまっていた。ガリガリと木の棒で地面に意味不明な絵を描いている。
「魂?」
「そう、おじさんの魂」
「そんなんもらって何をするんだい」
彼の声を聞かなければ蹴飛ばしていたかもしれないと冷や冷やしつつ質問に質問で返し冷静さを取り戻そうとする。
「僕が食べるの」
少年は突然顔を上げた。と、同時に自分の口から悲鳴が漏れ出た。顔立ちから言えば可愛らしい部類に入ったかもしれないが、顔を上げた瞬間にあった目には光がなく、がらんどうかと思ったがそこが落ち窪んでいるわけではなく瞳が真っ黒に染まっているのだとわかるのには数秒を要した。
にこお、とよく吊り上がる口から覗く白い歯は周りの雰囲気につられて不気味に光っている。怖気付いた自分を見て殊更笑みを深くして少年は立ち上がった。手に持ったただの木の棒さえ今は恐ろしい。喉元に突き刺されそのまま壁に釘付けにされるんじゃないかという想像がまるで今まさにそうなると、その数瞬前でもはや確定した未来も同然だと頭の中で声という声が騒ぎ立てる。逃げられないぞ、もうだめだ、おしまいだ、お前はただ何もできず死を待つだけなのだと絶望を嘆く声が降り注ぎ目の前を暗くする。天と地が入れ替わり昼が夜になる。唯一見えるのは彼の、少年の、大きく開かれた口に、綺麗に生えそろった真っ白い歯とその奥で蠢く血のように赤い赤い舌。
「おじさんの魂を僕にちょうだい」
途端、周りは太陽のさんさんと降り注ぐ見慣れた住宅街に変わり、無邪気な子供とその前で突っ立ち呆ける間抜けな大人だけが残された。暗闇で凝らしていた目をしぱしぱと瞬かせて周りをゆっくりと見渡した。いつも通りの景色、さっきまでと同じ天気、自分は地面の上に立っている。白昼夢、と思えれば楽だったが残念なことにただ一つ、少年の目は先ほどと同様に一点の白もなくどす黒いままだった。
少年は手を当ててくすくすと笑う。
「おじさんって面白いね」
人生で一度も言われたことのない言葉を、人ではないであろう彼から言われた。恐らく今後も人から言われることはないという神のお告げだろうか。
「ねえ、僕おじさんの魂がほしいよ」
いやだよ、と言うには自分には度胸がなさすぎた。いいよ、とも言えずに彼に合わせて口角だけ持ち上げる。彼はどこを見ているのかわからない目を細めてまた口を開く。
「ただで、とは言わないさ、たとえどんなにおじさんが人生に絶望して今すぐ殺してと願うような人であってただで取引はしちゃいけない。それが鉄則だから」
いつの間にか、見慣れた部屋に立っていた。バランスを崩して後ろにこければさばさと本や雑誌の山が崩れ落ちる。笑い声のする方へと顔をあげれば少年が天井に立っていた。天井に、立っていた。落ちることもなく、平然と。
「取引をしよう、おじさん。魂の代わりにおじさんの持ってないものをあげる」
短くないなこれ
————————————
独白
なあヒーロー、俺はあんたに憧れてたんだ。あんたは俺のことなんて知らないだろうな、隣の隣のそのまた隣雨除けできる程度の家に住んでたガキがなにを考えて生きてたかなんて。俺はあんたに憧れてたんだ。ほんとだぜ?あんたの善行のスネをかじって生きてきたんだ。あんたがどんぐらいいいやつかってのはあんたからもらった食べ物分はわかってるさ。あんたが勇者に選ばれた日には自分ごとのように鼻高々でその日一日は殊勝に暮らしてやろうとどんなに間抜けな金持ちの横を通り過ぎたって伸びる右手を戒めてやったんだ。あれは本当に苦労した、もはやスリは俺の一部、理性が言っても聞かない部分だってのに、あんたの言うことは聞くんだから本当に不思議さ。まあそれよりももっと不思議なことがこの世には多く存在するよな。
例えば俺があんたのパーティに加わることとか。あんたがよくつるんでる仲間と飲んでたとき、俺は仕事中だった。手先が器用なのを買われてグラスをひたすらピカピカに磨き上げ、できたドリンクを運んで、たまに財布をちょろまかすような、まあ立派な仕事をしてたんだ。ああ、白状しよう、俺は聞き耳を立ててたさ。勇者ご一行が出陣のその日に一体なにを考えてるのかって。そしたらどうだ、あんたらは揃いも揃って明日の食事のことしか話してない。まあ、しょうがない、うちの国王様が勅命を出したにもかかわらず剣と盾とほんのちょっとの金しかくれないのが悪い。それでももっと生きるのに貪欲であるべきじゃないか
。その日俺は初めてあんたの財布を盗んだよ。あんたの財布なんて盗む価値なんざないんだ。だってあんたは言えばそのままくれるしな。だけど俺は口下手で話すよりも手を動かした方がずっと速いと知っていた。だから盗んだ、あんたの目敏い魔法使いが俺の腕を掴める程度の速さで。お仲間の脳筋野郎の右ストレートはちょっと想定外だったけど。俺があんだけ不遜でいられたのはあんたが殺さないって知ってたからだ。なあ、あんた俺を買ってみないか、あんたらにできないことを俺はやってやれるぜ、なんて自信満々に言えたのはあんたのおかげさ。あんたなら買うって信じてた、金なんてさらさらもらう気はなかったけれど、建前ってやつが俺には必要だったんだ。いいぜ、いくらだ、と笑ったあんたの顔、悪人みたいで新鮮だったな。かくして俺はあんたのお仲間になった。それなりに快適な旅路だった。俺の生きる術があんたの役に立つ日が訪れるとは思わなかったよ。感謝されるのはそりゃあ心地よかったさ。それなりにいいパーティだったと思うんだ。あんただってそう思うだろ?いや、そう思ってただろ?だからあんたがそんな顔するのもよくわかるよ。
ああ、なんでお前がそこにいるんだってさ。
なんでだろうなあ。俺はきっと間違えたんだと思うよ。俺はあんたの後ろ姿をずっと眺めて、指を咥えてあんたの長い影を踏んで、あんたがくれた物を大事に抱えてりゃよかった。あんたの土産話を他のみんなと一緒に高い塀に覆われた国の、小さな小さな一区画で待ち望んでりゃよかったんだ。だというのに俺は一歩踏み出しちまった。あんたのあとを追っちまった。俺の足は止まらず、今じゃあんたの目の前だ。どうしてだろうなあ。俺はあんたの横で歩くより、あんたの前に立ちはだかりたくなったんだ。そんな顔をしないでくれよ、心が痛む。横のお仲間と同じく怒りと憎しみを燃えたぎらせてくれ。俺を殺さんとばかりに武器を握る腕を震わせてくれ。
俺はやっぱりあんたとは違った。俺はこっちの人間だった。
薄っぺらい台詞を吐いてあんたが見繕ってくれた弓を構える。そんな顔をしないでくれよ、手が震えて仕方ないだろう。
あんたが一番嫌なのは、仲間が傷つくことだよな。
空に向けて矢を放つ。高く放たれた矢は意思を持つかのように曲がり、一番後ろに控える魔法使いの元へと降り注ぐ。脳筋男が唸り声を上げながら前へ出る。大振りを避けて内側へ踏み込む。いつだって動きやすいようにと薄い装備の上からナイフを突き立てた。あんたなら急所を狙ったって立ってられるだろ。
なあ、ヒーロー。そんなとこで突っ立ってどうすんだ。俺はあんたらとずっと一緒にいたんだ。あんたらの弱さも強さもよくわかってる。あんたしかいないぞ、このピンチを打開できるのは。なあ、その手にあるのはお飾りかい?
仲間の血を見て覚醒したのかようやく手にした剣で切り掛かってくる。それでもやっぱり目にはどうして?なんで?と子供のように疑問が浮かんでいる。あんたの子供っぽいところは嫌いじゃないよ、でも今必要なのはそれじゃあないんだ。なあ、俺はどうしようもない男だよ。あんたに憧れてるってのにあんたじゃなくて自分を優先して行動してるんだ。俺はやっぱり駄目だったんだ。あそこから出てきちゃいけなかった。あんたの仲間になんかなっちゃいけなかったんだ。そしたら俺はずっと知らないままでいれたのに。
見当外れに振り下ろされた剣を横目に片膝ついた男の顔にナイフを————-
突き立てようとして突き飛ばされた。全身で壁にぶつかりぐらぐらと揺れる視界の中、こちらを見据える勇者を見て口角が上がるのを抑えられなかった。
知らなければよかった、けれど知ってしまった。
あんたの目が、敵を見据えるその赤い目が、どんなにどす黒くて美しいかを。
———————————————————-
そこまで田舎ではない、かといって都会でもないこの場所は夜になると人っ子一人いない暗く寂しい場所になる。街灯のお陰で真っ暗とまではいかないが、この光の輪を一歩でも出れば、あっという間に飲まれてしまう。ぼんやりと今日もまた、何もない電柱のすぐ下で夜が過ぎるのを待っていた。時たま通りがかるコンビニへと向かう半端な格好の通行人を横目に見て時間を過ごす。街灯の光に照らされて、一人待っている。
「こんばんは」
声をかけてきたのは、見慣れない女だった。にっこりと笑った口の隙間から八重歯が覗く。黒いライダースジャケットに黒いジーンズとてかるスニーカーの出立はまるでこれから都会でも繰り出すようなやんちゃな若者といった風で、まるでこんな場所には似つかわしくなく少し身動いだ。それでも声をかけられたのだ、答えなくては。女が頭を振ると腰ほどもある黒い髪が揺れる。綺麗な黒髪だ。古びた街灯の光の下でも艶めく髪は長さに見合わず手入れが行き届いている。
「誰ですか」
「怪しいものじゃあないです、ただあなたに聞きたくて」
「何を」
斜めがけした大きめのショルダーバックから取り出したのはタブレット。専用のペンを持ち彼女はまたにっこりと笑う。口を結び、口角が上がる。営業スマイルに近いものを感じた。
「寒くないんですか」
それ、と言ったのは自分の格好のことだろう。ずぶ濡れになった服、滴る水滴、青白い肌、活発そのものな目の前の彼女と比べると随分な有様だろう。
「冷たいですよ」
「へえ、そうなんだ」
自分の返答に意外そうに頷き、彼女はペンを走らせる。何をしにきたのだろうか。街灯インタビューにして時間も場所も似つかわしくない。
「なぜ濡れてるんです」
「雨が降っていたから」
「傘は」
「飛ばされて壊れました」
「乾かさないんですか」
「しょうがないことですから」
「どこか痛むところは」
「ありません」
「何を見ているんですか」
「硬いコンクリート、生えてる木」
「いつからここにいるんですか」
「さあ…」
「どうしてここにいるんですか」
「待っているんです」
「誰を?」
他愛もない応酬の最中、突然自分の言葉の歯切れが悪くなる。誰を。待っていたのはよく覚えているが、自分はいったい誰を待っていたのか。目の前の暗闇に問うても答えてはくれない。
「…待っているんです」
「いつまで」
「いつまでも」
ふうん、と興味があるのかないのか手元のタブレットに書き込んでいく彼女は何か思案するように顎に手を当てている。そしてにやり、と笑った。
「いつまで経っても来ませんよ」
そう言った彼女の微笑みは先ほどの快活さとは打って変わって穏やかそのもので、しかしその言葉確かに自分の胸を刺した。
「だってあなた、」
「うるさいな」
堪らず女の首を押さえ込む。二の句が継げないようにと、永遠に。なのに女はますます笑みを深くする。
「がぁっ、…うっ」
「何がおかしい」
今まさに息の根を止めようとしてるのはこちらなのに、女の笑いが止まらない。
どうして。
女を突き飛ばす。背中から地面に激突した女は苦しげに咳き込んだ。
「っはぁ…あっぶな」
「なんなんだよお前」
ひとりごちる女は落としたタブレットをぱたぱとはたく。画面に顔を近づけて傷がないかを確認しているようだ。
「いやいやすみません、ちょっと土足で踏み込みすぎましたね、いや〜申し訳ないあなたみたいに協力的な人は久しぶりで」
ぱんぱんと体をはたき気休めに土埃を落とし、こちらに向き直る。
「別にあなたがなんで死んだとか何を未練に思っているとかはどうでもよかったんです、すみません、ただ聞きたかったのは…」
とんとん、とペンでタブレットを叩き、液晶の反応を確認する。
「死ぬってどんな気分ですか?」
マイクでも持つように、ペンをこちらに向け八重歯を見せて笑う女は、生きているのに化物みたいだった。
登場させたい女の子
———————————-
呼んでも返事がないのは悲しいな、と思うから。もしもし、と呼ばれた時には返事を返すことにしている。もしもし、はいはい、ねえねえ、はいはい。そうすると生暖かい風がぬるりと首筋を撫でたり手の隙間を何かが触れたりしてきて、ああ嬉しいんだなあ、と思ったりする。
「それやめたほうがいいよ」
そう言ってきたのは名も知らぬ少年。年は小学生低学年くらいかなあ。ぽかん、と口を開けて見ていると、それ、と自分の手を指す。
先ほど公園の横を通った時、はいはいと返事をしたから、もしかしたら彼には見えているのかもしれない。自分の手を握る何かの存在が。
「やめたほうがいいってなんで」
「よくないでしょ、そういうの。テレビでやってた」
「そうかなあ」
垂らしていた腕を持ち上げ手のひらをぐーぱーと開いて閉じる。今ので離れていっただろうか。
「よくないよ」
「そうかなあ」
「そうだよ」
彼の方を向けばひどく不機嫌そうで眉間にしわを寄せている。なんでかなあ。
「やめたほうがいいよ」
「でも、返事がないのは寂しいでしょう、君も」
ざあ、と強く風が吹いて目を瞑る。再び目を開けるとそこに少年はいなかった。寂しくないのかなあ。頭をひねる。
「寂しくないよ」
耳元で彼の声がした。
「そっかあ」
そう返事すれば、またざあ、と強く風が吹いた。
風の音に混じって、ふふ、と声が聞こえた気がした。
ねーましょ。
——————————————
つらつらといろいろ考えた話
※暗い話やで
とある姉妹
姉から電話がかかってきた。でれば忘れ物を届けてくれ、と。そそっかしい姉はよくこういうドジをする。しょうがないなあ、なんて言って今度は何?定期?そんなの忘れないで入れっぱなしにしなよ!
ごめんごめんと謝る姉に小言をいくつか投げつけて荷物を手早くまとめる。他に忘れ物はないだろうかと一応姉の部屋を見て回ったが、必要なものは他にはなさそうだった。仕方ない、どうしてか何かを探したときに何かを出して、それで入れ忘れてしまうのだ。姉に忘れ物を届けに行くのも慣れてしまった。確認をしろ、という話ではあるが確認するのも忘れるのだからもうしょうがない。
それに、自分は忘れ物を届けに行くというだけで姉からお詫びと称してたい焼きやらプリンやらを買ってもらえるので文句を言いつつもこの状況に甘んじていた。だってちょっと自転車をかっ飛ばすぐらいで300円がタダになるのでちょっとしたお小遣い感覚である。300円を侮るなかれ、100円を笑うものは100円に泣く。チリを積もらせ山とするのが自分である。
定期を突っ込んだショルダーバックをかけ、マンションの階段を降りる。裏手の駐輪場へと続く扉を開け、自転車に鍵を突っ込んだ。出口の方まで押して行き、さあ出陣とサドルを跨いだところ、背筋が凍るような錯覚を覚えた。ハンドルを握る手から手汗が滲み、心臓がドクドクと高鳴る。頭にはてなを浮かべたが、腕時計を見やればそんなこと気にしてる場合ではなかった。自分に頼まれた意味がなくなってしまうのは困る。勢いよくペダルを漕ぎ出し、姉が待つ駅へと向けて走り出した。
いつも通りの坂道を下り、交差点の信号で止まる。少し長めの信号を待つ間、姉へあと数分で着くとの旨を送った。感謝と謝罪をあらわす可愛らしいスタンプが連続で送られてきて少し笑ってしまう。次はあのコンビニスイーツがいいなあ、なんてちゃかした文面を送ると、丁度信号が変わった。ぐ、と勢いよくペダルを踏み込みそのまま横断歩道を渡り切る。
はずだった。
鋭いクラクションに全身が固まりその音の先を見れば凄い勢いでこちらに猛然と突っ込んでくる車。ぶつかる瞬間、景色が二重に歪んだ。
そうだ。
吹き飛ばされて硬いコンクリートの上に叩きつけられ、首が足が体が痛みという痛みを訴えてくる。
そうだ、自分はここで事故にあった。
ぐわんぐわんと揺れる意識の中、紐のちぎれた愛用のバッグが目に入る。
姉に忘れ物を届けに行こうとして、ここで。
届けに行かなきゃいけないのに。姉が困ってるのに。自分の体は言うことを聞かず、ここにへばりついてしまっている。まただ。また同じことを繰り返している。
姉から電話をもらい忘れ物を持って自転車にまたがりそしてこの交差点で車に跳ねられる。何度目かもうわからないほど繰り返していることをいつも最後のこの瞬間に思い出す。どうしてだろうか。未練というやつだろうか。この瞬間から未来も何もなくなった自分はここに囚われたままどこにもいけないのだろうか。ああまた届けられないなあ、と変わらない運命を繰り返すしかないのだろうか。
ないんだろうなあ。
だって死んじゃってるんだもの。
体の痛みが遠のくのを感じて終わりが近いことを知る。この瞬間はいつも慣れない。もう何度目かと世界に別れを告げた。
——————————————
※辛い話やで
とある兄弟
ベッドの上でうたた寝をしていたら、弟から電話がかかってきた。最初スマホの画面を見たときは公衆電話と表示されていてどきりとしたけれど、時計を見てああなるほど、なんて思ったりした。
「悪いんだけど、迎えに来てくれない?雨降ってるから、傘持ってきて」
よろしく、と言われて切れる電話。不躾なのはいつもと変わらない。窓をみれば、なるほどざんざん降りだ。日が沈む前は天気が良かったのになあ、と部屋着に上着を羽織り靴下を履く。いや、いっそサンダルの方がいいだろうか?なんて思ってそうすることにした。長靴は蒸れるから嫌いだし、濡れてしまうなら裸足のほうがいい。玄関先でああ、これも持っていかなきゃと天気の良かった昼のうちに買ったものを引っ掴む。ガサガサとビニール袋のやかましい音を鳴らし、コンビニへ行く用のサンダルを引っ掛けて外へ出る。雨は一層激しくなったようだ。
サンダルは運転に推奨されていなけれど、ゆっくり安全運転を心がけて車を出す。弟などいくら待たせてやってもいい。自分はわざわざ迎えに車を出してやる殊勝な兄なのだから。
今の時間、人通りは少ないがだからこそ飛び出してくる人間には用心しなければならない。灯りをつけない自転車などが無鉄砲に飛び出してきたりする。無鉄砲野郎と無灯火野郎はセットであることが多い。統計でも取ったら面白いかもしれない。慣れた道のりを右に曲がり、真っ直ぐそして緩やかなカーブに沿って走らせる。
駅前から少し外れたところに、目当てのボックスはある。ウインカーを出して路肩に止める。古き良き公衆電話ボックスは、誰にも使われずにひっそりとそこに佇んでいた。誰もいなくてよかった、と息をつく。助手席に乗せて置いた荷物をガサリ、と取り出し車を降りた。
「やあやあ、弟くんよ、お兄様が迎えにきてやったよ」
誰もいない公衆電話に話しかける。もちろんただの無機物はうんともすんとも言いやしない。何か話されても困る。異常なのは自分の携帯電話ぐらいでいい。
「なんでお前は、あの日携帯落としちゃったんだろうね」
数年前の今日この日、なんかの弾みで落としたのかスマホを水没させた弟は、ここから自分に電話をかけてきた。雨降ってるから傘持ってきて。え〜なんて言いながらしょうがないなあ、車出してやるよとその時も部屋着に上着を羽織ってその時はちゃんと靴履いて、ここまでやってきた。そしたら人だかりができていてなんだなんだと首を伸ばせば血塗れの公衆電話ボックスとそこに突っ込んだ車と慌ててどこかに電話をかけてる人。嘘だろ、と馬鹿みたいに口に出して人山をかき分けて飛び出していた。勢いよく走り出したもののだんだんと鮮明になるその光景に足がすくんで立ち止まる。割れたガラスの中、ひしゃげた電話、外れた受話器、突っ込んだ車の下から、覗く左腕。駆け寄って手を握った。冷たくて心臓が凍ったが緩く握り返されて安心した。弟の名を呼んだが、返事は返ってこなかった。もしかしたら喋れないのかもしれない、無理に喋らせたらだめだ。少しの安心が脳に酸素を送ったのか、フリーズしていた頭が再起動し始めるのを感じた。それから先は、よく覚えていない。最後の最後、弟の心臓が止まるときの瞬間はよく覚えているというのに。
それからというもの、自分のスマホには年に一回、弟から電話がかかってくる。今日は運悪く雨だが降っていても降っていなくても弟は律儀に傘持ってきて、と電話をしてくるのだ。最初に聞いた時は悪戯かと思ったが、あまりにも弟の声と酷似していて上着も着ずに飛び出してしまった。
建て直された公衆電話は事故の面影など一欠片もなく、寧ろ新しくされて誇らしげでさえある。そこに、年に一回来る電話に合わせてここに花を備えに来るのが日課ならず年課となっている。
いいお兄ちゃんだなあ、などと思いながら性懲りもなくビニールに包まれた花を取り出す。これもそれもどれもあれも、弟が電話なんぞ寄こすからだ、と口のなくなったやつのせいにして。激しい雨のせいの中、傘の甲斐もなくびしょびしょになって。
「また、来年」
そう言って勢いよく立ち上がり、踵を返す。また来年、いつか電話が届かなくなるまで。
それがいつになるかはわからないけれど。
—————————————
ぶつくさ漫談
やっぱり公衆電話がいいなあ。
ホラーが書きたい。怖くないやつ。
怖くなかったらホラーではないのでは?
知ってる?公衆電話にもそれぞれ電話番号が振られてるんだよ。まあ当たり前だよね。そういう話よく聞くでしょ。電話番号があるってことは外からそこにかけられるわけで。公衆電話が鳴ることもある。そう、今みたいに。
どうする?帰り道でさ、ちょうど横を通り過ぎたところで鳴り出したら。まあ普通は取らないよね。ちょっと不気味に思って小走りに立ち去るでしょ。そのほうがいいと思うよ、でもその後家に帰ってから鳴る電話に気をつけて。ちゃんと相手を確認してね。確認してもだめなときはだめだけど。で、俺が取るか取らないかで言ったらまあ取るんだよね。だって俺のために鳴ってるんなら取らなきゃ。可哀想だから。
「もしもし」
ちゃんと言ってあげる。出ましたよ、ちゃんとあなたのお相手はいますよって言ってあげる。そうすると大概ね、あなた〇〇?みたいにね、名前を聞かれるんです。確認は大事ですよね、でも先に自分から名乗らないとだめだと思います。はあ、どちら様ですか?って普通に答える。ここでね、いくつかパターンにわかれるんですよね。無視して話進めるパターン、名前を名乗るパターン、なんか突然お経が聞こえるパターンとか、色々。やっぱりね、皆さんマンネリはだめだと思ってるのか色々パターン用意されていて今回の人はちゃんと名乗ってくれる人でした。〇〇さん、へえ。いいお名前ですね。で、ついでに手持ちのスマホでググってみたりする。大抵事故か何かがヒットしたりするんですが、この人はなんにも出てこない。ふうん。どうされたんですか。忘れ物をしてしまって。はあ、どんな。とても大切なものなんです。はあ。ここまでであー、そういうタイプねって思うじゃないですか。大切なものがやばげなタイプ。頭とか足とかね、うんうん大切だねー
、そりゃ。ここで周りを見渡しましょう。クリアリングは戦場の掟。誰もいない、そりゃあね。どんなものですか、ってもう一度聞く。そうすると赤いマフラーって言われて、え、今春だぜ?みたいな気持ちになる。そうかー、冬にねー、そりゃやだねー、みたいな気持ちになる。じゃあね、お優しいお兄さんが探して差し上げましょうと腕まくりして探すとね。あら、電柱の影に赤いものが。あら、あらあらあらあら。
お花と赤いマフラー。あらあらあらあら。
事故はヒットしなかったんだけどねー、ってマフラー持って公衆電話でぶらんぶらん揺れてる受話器のもとへ、戻ろうとしたら、あっ、そういうタイプねーってめちゃくちゃいかついトラックが迫ってきてるじゃん。そういうタイプかー、お友達欲しいタイプかーって思って。電柱の後ろに隠れました。
無理に決まってるな、防ぐのなんて。
オチはない。おやすみなさい。
Latest / 447:58
広げて読む
ただの考え事
初公開日: 2020年04月28日
最終更新日: 2020年06月25日
短く短く収まりそうなやつをつらつら
墓場にて
タイトルはおいおい考えよう。 初めてスキ!なんてされてしまって今日は記念日にしようと思ってたのに日付…
読みもの
デス
俺と僕4(終)
俺僕シリーズ第4弾今日も今日とて電波な話をしているだけ
読みもの
創作
俺僕シリーズ
デス
俺と僕3(終)
俺僕シリーズ第3弾 最初彼らの年齢を高校生ぐらいに考えてたけど大学生になった。
読みもの
創作
俺僕シリーズ
デス
文字通り世界の皺寄せを受ける話 19
これは多分現代ファンタジーな感じ。18の続き。
読みもの
竜野マナ
迎えに来てくれた夏油を受け入れられない。悲恋だよ。
読みもの
いちこ
毎日更新デスゲーム15日目。
毎日小説を書いて更新する企画の15日目。小説家になろうで「世界で一番おいしいプリンを食べるまで、私の…
読みもの
佐藤ぶそあ