「見なかったことにしたいな。できないかな」
冬の庭。障子の向こうにはちらちらと雪が舞っている。薄明りしかもたらさない行燈と、いつ見ても灰がちな、それでいて燃え尽きない火鉢を審神者はいたく気に入り、ここ数年、本丸の外観と季節は変わることが無い。
目だけ金色にらんらんと光る以外は真っ黒な、丸いもちに無造作に手足と尻尾を貼り付けたような造形をした何か――審神者が好んで使う式神の一種(らしい)は、政府からの知らせと共に届けられた未顕現の刀を前に、作り物じみた耳を頭部と同化させていた。
「言うて、そんなわけにも行きませんやろ」
軽い調子で明石国行は嘯いた。審神者の言葉が半ば独り言じみた、返事を求めないものであることを承知の上で、逃げ道を塞ぐ。
太刀の中では珍しく、練度を最高まで鍛えられた一振りだ。ものぐさを自称しているのに連れまわされた。と少しの嫌味を込めて言ったことがある。その時は「蛍丸と愛染と一緒にしたくって」などと言い訳じみた口調で理由をつけられたが、そうでないことを知ってしまっている。
言葉が審神者の生まれに近しく、それでいて全く同じでないところが良いのだと――あんまり似ていると郷愁を誘われて辛い、明石の言葉ではそうならないから良いのだと――いつしか、何かの拍子に聞いてしまって以来、近侍の任を断る気が起きないでいた。実際、近侍だからと言って何かを申し付けられることの方が少ないのだ。文句を言うよりも、大人しくねこと座って時間を過ごす方が楽だ。
「久々なんだよ。本当に」
けれど、たまには事件も起こる。
弱音。新しいモノゴトに触れることに怯える性質は、明石と出会った頃から何も変わっていない。明石とて古参の方ではないけれど――それこそ国俊も似たようなことをぼやいていたので、やはり変わらないのだろう。
政府から届けられた大量の刀。それこそ本当の新顔じたいは少ないらしいが、人見知りの気のある審神者にはそれでも辛いらしい。本丸運営の殆どを刀剣同士の連帯に担わせてはいても、最終的な采配は審神者に委ねられる。それが重荷だ、と鼻を鳴らしている。
「新しく来る刀は、肥前忠弘、松井江、桑名江、南海太郎朝尊、山姥切長義、巴形薙刀の6振り。
肥前はこの間来てもらったばかりだけど治金丸と……場合によっては篭手切江もつける。巴形には静形についてもらえればまぁ良いだろう。問題は打刀なんだよ。一気に4振りも増えられちゃあ堪らない。頭がパンクしそうだ」
言いながら手元の刀帳を繰っている。あの肉球すら無さそうな前足でどう動かしたものかは知らないが、来た順と練度を確認して何事かを入力する動作に迷いはない。
「とりあえず遡って、松井江に豊前江、桑名江に亀甲貞宗、南海太郎朝尊に地蔵行平、山姥切長義に南泉一文字でいいか……ある程度練度は一律で上げることにして……」
答えを求めない言葉たち。決めたことをそのまま読み上げる平坦さは、そのまま審神者の緊張を表して硬い。ちゃんとしなくちゃいけないんだよ、ちゃんとしなくちゃ。いつかの、自分に言い聞かせるように言っていた台詞が反復される。ひどく気を張っているのが伝わってきて、そこまで思いつめることでもないのに、とため息を吐きたくなる。
表す姿のわりに、そして実際の気質のわりに、まじめすぎるのだ。
「肩の力抜いていきましょ」
ねこ、の肩がどこにあるかは分からないから自分自身の肩を叩く。トン、トン、と軽く。その音にようやっと目線をあげて、んぁ、と声になる前の息が吐かれた。
「そうだね、緊張しすぎてると、新しく来てくれた刀も居心地悪く思うかもしれないものね」
深呼吸をしたのだろう。背が大きく膨らんで萎んだ。つくりものめいてきらきら光る目が、ゆっくり閉じて、開かれる。もう、痛いほどの緊張は解かれて平常のようだ。たぶんそれすらも虚勢で、だけどその皮をはがすことはやめておく。
新入りに見せてやるにはまだ早い。この緊張しいで、ものぐさで、妙なところばかり気ぃ使いな主の姿を知るのは、そう難しい話でもないのだから。もう少し、出し惜しみしたって良いだろう。なんて。
「一番最初は肥前忠弘だ。治金丸と篭手切江にも声をかけてきて」
部屋の外。いつからか様子を窺っていたのだろう愛染に、審神者が話しかける。自分には聞き取れない足音が離れていく。
「お出迎えしよう。私たちの新しい仲間だ」
審神者が刀に触れる。桜の花びらが一枚、ひらりと落ちて、人のカタチが現れる。
何度も見た光景。これから何度も見るだろう光景。いつ見ても、きっとこれからも、審神者の背はぴんと強張っているのだろうけれど。その変わらない様を、何度だって一緒に見てやりたい。
「見るだけやったらタダやもんなぁ」
言い訳じみた独り言は、新入りの自己紹介の後ろに紛れさせた。この本丸が、主が、仲間が、気に入っているだとか。ちょっと恥ずかしくて言えたものではない。
***
その後「人斬りの刀だよ」「血を流し流されの方が得意かな」を連続で接種した審神者(ねこ)があわわわったのは別の話。
治金と篭手切を連れてきた愛染に独り言を聞かれていた明石が太刀部屋から出てこなくなるのも別の話。