御影密は偏食だ。
MANKAI寮で見つかった当初、食事はマシュマロしか受け付けない密に、寮の食事担当であるいづみ・綴・臣は顔を突き合わせて悩んだ。
先日臣がマシュマロの触感を真似て作ったスフレオムレツは気に入って食べてくれた密だが、あれ以来マシュマロとスフレオムレツの往復になってしまっている。偏食には変わりがないのだ。
「やっぱり、マシュマロカレーにチャレンジしてみるべきかしら?」
「いや、なんすかマシュマロカレーって。っていうか、マシュマロにカレーが使った時点で甘くなくなって食べなくなるんじゃないですか、御影さん」
「うーん……スフレオムレツを気に入ってくれたってことは、あのマシュマロの触感を活かす方向で考えた方がいいのか……」
3人でそんな話し合いをし、最終的に臣が手を挙げた。
「カントク、綴。ひとまず、俺が色々考えてみるよ。密さんのこと、俺に任せてくれないか?」
臣の言葉に、いづみと綴は笑顔で頷いた。
「臣くんなら大丈夫だね」
「っすね。伏見さん、よろしくお願いします」
2人の期待に、臣はいつもの頼りになる笑顔で答えた。
「ああ。出来る限り、頑張ってみるよ」
○
「密さん」
「……ん? 臣。なに? まだ眠たいんだけど……ぐぅ」
「スフレチーズケーキ作ってみたんですが、試食してもらっていいですか?」
「チーズ、ケーキ?」
「はい。なるべくふわふわで甘くなるように作ってみたんですが……」
差し出された臣の持っているお皿の上でふよんふよんと揺れるスフレチーズケーキを半眼で見て、密は徐にぱくんと食べた。
「あっ、密さん! フォークありますよ」
慌てた臣にもぐもぐと口を動かして呑み込み、それからコクリと頷く。
「おいしい……もっと食べる」
そう言ってフォークを持った密に、臣はホッとする。それから、もう一つ別のスフレチーズケーキを出した。
「じゃあ、こちらも食べてみてください」
「? もぐ……」
先程のケーキよりも妙にカラフルなケーキに首を傾げながら、密はそちらもフォークで一掬いして食べてみる。そして……
「……なんか、変な味が混ざってる。けど、食べれる。もっと甘い方が好きだけど」
密かの言葉に、あからさまにホッとする臣。
「良かったぁ……そのカラフルな色、野菜をグラッセしてペースト状にしたものを生地に混ぜ込んでみたんです。ちょっとは野菜も食べて欲しくて」
「? ふーん」
密には臣の言葉の意味がよく分からなかったけれど、それでも自分の為に手間暇をかけて作ってくれたものだということは理解できた。
「ねえ、臣。なんでそこまでしてオレにご飯食べさせたいの?」
密は単純に不思議だった。別に密が食事をしなくても、臣は何も困らない。
密だって倒れるほど食べない訳ではない。一応動けるのに困らない程度の食事は口にしている。なのに、臣はどうやら密に積極的に食事をして欲しいようなのだ。
密の問いに、臣は目をぱちくりさせて、それからうーんと考え込んだ。
「なんで? なんでって聞かれると困りますね……えーっと、作る側の人間としては、やっぱり料理は『美味しい』って思って食べてもらいたいので、密さんが美味しく食べれるものを知りたいんです」
「じゃあ、マシュマロがあれば大丈夫」
「でも、マシュマロだけだと栄養が偏っちまうでしょ。それに、マシュマロ以外にも、密さんが好きなものが見つかればいいなって思うんです。好きな食べ物は沢山ある方が楽しいと思うので」
ニッコリ笑ってそう答えた臣に、密は目を瞬かせ、首を傾げた。
「……オレの栄養が偏っても、オレにマシュマロ以外の好きな物が見つかっても、臣は特に困りもしないし得もしないと思うけど」
密にそう言われ、臣は「そんなことないですよ」と穏やかに否定した。
「俺は、密さんが健康的な物を食べて元気に過ごせることや、マシュマロ以外の好きな物を美味しそうに食べてる姿を見ると、嬉しいですよ」
「……臣には関係ないのに?」
不思議そうな密に臣は首を振って告げる。
「関係あります。だって、同じ劇団の仲間なんだから」
「仲間……」
その言葉を聞いた瞬間、密は自分の胸がほうっと温かくなるのを感じた。
まだ出会って間もない、あまり話したこともないのに、なんの屈託もなく素性の知れない自分を仲間だと言い切ってくれる臣。密の健康や食事の楽しさを、自分のことのように考えてくれる臣。
そんな臣の優しさやある種の無垢さが、密にはひどく尊いものに思えてきた。
「だから、これからも密さんが食べられるものを、一緒に探しましょうね」
「……分かった」
密はコクリと頷き、臣が作ってくれた二種類のスフレチーズケーキを美味しそうに完食した。
○
密の食べられるものが少しずつ増えてきたとある日の昼下がり。
「ぐー……すぴー……」
「うーん……やっぱり苦手なものは小さくしたりすりつぶしたりして好きな料理に混ぜ込むのがいいのか……でも、それだと根本的な解決にはならないから……なるほど、自分で料理してみたり、野菜を作ったり、スーパーで選ばせたりしてみるのもいいのか……」
談話室のソファに座ってぶつぶつと呟いている臣を見かけ、誉と東は顔を見合わせた。
「これは……なかなか面白い光景だね」
「ふふ、そうだね。臣が育児書を読みながら密に膝枕してるなんて、すごく可愛いな」
2人の声に気付いた臣は、顔を上げて耳まで真っ赤にした。
「えっ、あっ! ほ、誉さんに東さん!?」
慌てて本を閉じた臣に、誉が「まあまあ、そのままそのまま」と身振りを交えながら指示し、臣と密の前に立って2人を興味深そうに見下ろす。
「いやあ、密くんを寝かしつけながら育児書を読む臣くん……実にママンだ。素晴らしい! そんな君に一節差し上げよう!」
そのまま即興で詩を歌い出した誉を気にすることもなく、東は臣の隣に座る。
「ふふ、密気持ちさそうに眠ってるね。臣のとこにわざわざ来たの?」
「あ、いえ……俺がここで本読んでたら、密さんがふらっときて、そのまま俺の膝を枕に寝だしてしまって……」
「ふふふ……それはきっと、わざわざ来たんだよ。密、ベッドで勝手に寝てることはあっても、わざわざ膝枕をせがみにくるのは珍しいから」
「そうなんですか?」
きょとんとする臣に、「うん」と頷いた東は臣に優しく笑いかけた。
「それだけ、臣の傍が気に入ったんだろうね」
「そうだとも! ワタシの布団には未だに入ってくれないし、膝枕なんてもってのほかなのに!」
「ふふふ、誉は密かにとってはちょっと騒がしいみたいだよ」
「なにぃ?! これでも密くんが寝ている時は気を遣っているというのに!」
「…………うるさい。全然気を遣ってない」
誉の声に、密がピクリと反応して薄ら目を開け、抗議の声を上げる。
「おや、起きたの?」
「アリスがうるさくて起きた」
「臣の膝の寝心地はどう?」
「大きくていい。でもちょっと堅い」
「え、あ……すみません?」
戸惑ったような臣に微かに笑って、密はまた目を閉じた。
「……臣はおっきくて静かだから、いい。それに、いつも美味しそうな匂いがする」
それだけ呟いて、密はすうすうと寝息を立て始めた。
きょとんとした臣は、それから少し照れて笑った。
「美味しそうな匂い、って言ってもらえるのは嬉しいかもです。それだけ、密さんが食事に興味を持ち始めた、ってことだから」
臣の言葉に、東と誉がまた目を合わせて微笑む。
「ふふふ、そういうところだろうね。密が臣を気に入った理由」
「ああ。密くんはきっと臣くんの献身に心動かされたのだろう……キミのお陰で、密くんは随分食べるようになってくれた……その分、マシュマロの味に関しても文句が増えたが」
最後の誉の言葉に臣は「あはは」と苦笑した。
「誉さんの手間を増やして申し訳ないですが……俺も、密さんがちょっとずつ好きな料理が増えてくれて嬉しいです」
誉は「そうだろうとも。我々も感謝しているよ」と大仰に頷き、それから慈愛に満ちた瞳で臣を見つめて言った。
「『レシピに魂はない。料理をするあなたが、レシピに魂を込めるのだ』――アメリカのとあるシェフの言葉だよ。臣くんの密くんへの気持ちが伝わって、結果として密くんは臣くんへ心を開いたのだろうね」【終】