「いやぁ、いい買い物したね!」
「そうだな」
デュースによく似合う新しいパンツを選べて、しかもそれを喜んでもらえた私はホクホク顔で下りのエスカレーターに乗る。控えめに微笑んだデュースが私の後ろからついて来た。私はスマホを取り出すと、次の目当てのショップが何階に入っているかチェックする。フロアガイドを取り忘れたのだ。
「それで、どこに行くんだ?」
デュースが訊きながら私のスマホを、ショッピングバッグを持ち直しつつ上から覗き込んでくる。
「この間デュースがグロス買ってきたブランド、ここの下に入ってたでしょ」
「あぁ、そういえば」
「値段のこと考えたらプチプラ一択なんだけど、お金に余裕があるならやっぱりプロに教わりながら揃えた方がいいと思うんだよね」
「ぷち……何?」
「プチプラ。ドラッグストアとかで売ってる、安いコスメのこと。最近は結構レベル高いから馬鹿にできないんだけどねー」
「はぁ……」
よくわかっていないような顔でデュースは頷く。日焼け止めとパウダーにグロス一本で十分勝負できる地の顔の良さにくらくらするが、本人は身嗜みとしての"最低限のメイク"を御所望だ。
「デュースがこれ以上可愛くなったらエースもコロッといくよ」
「なんでそこでエースが出てくるんだ」
「……あれ?」
やっぱり私の思い違いなのかな? 昨日といい今といい、あまりにもエースを意識していないデュースに段々自信が無くなってくる。この前エースに「かわいい」って言われて真っ赤になってたデュースは一体どこへ。
「うーん……」
「なんなんだ、急に唸りだしたりなんかして」
「いや……」
「?」
きょとんと瞬きをするデュース。マジで? 本当に私の早とちりなの? いやでもあの顔は内心惚れてそうな感じだったんだけどなあ。
うんうんと唸っているうちに気がつけばショップの前までたどり着いていた。「いらっしゃいませ」と美容部員さんが奥から出てくる。
「あら?」
「へ? ……あ」
デュースを見て思わずといったように彼女が声を上げた。知り合い? デュースを振り返ると首をかしげていたが、やや間を開けて思い至ったようで。「この間はお世話になりました」と軽く頭を下げる。
「"この間"?」
「前エースと来たときに接客してくれた方なんだ」
「あ、あ〜……」
グロス買ったのもこのショッピングモールだったんだ。納得すると同時に、頭を抱えたくなる。
っていうかあのグロス、エースと買ったんかい。そりゃそうか、水着と同じ日に買ってきたんだもんな。……え、マジで言ってる? 好きでもない男とコスメ買うか普通?
「でもエーデュースだしな……」
「はぁ?」
胡乱げに私を見てくるデュースに、美容部員さんがタイミング良く話を向けた。
「本日は何をお買い求めですか?」
「あ、ええと、メイクを始めてみようと思っていて」
「まあ」
おずおずと切り出すデュースに、美容部員さんが口に手を当てた。声音が心なしか嬉しそうだ。私も慌てて言い添える。
「それで、最低限なにが必要なのかとか、メイクの仕方とか教えてあげてほしいんですけど。この子不器用なんで、簡単な感じで」
「なるほど」
うなずいた彼女が、今日はグロスしかまともにつけていないデュースを不思議そうに眺めた。
「この間いらした時はメイクしてらっしゃいましたよね?」
「それは彼女たちが……」
「デートに行くって言うから」
「だからデートじゃない!」
「えっ」
「え?」
デュースの言葉に美容部員さんが弾かれたように私を見てくる。その瞳は「嘘でしょ」とでも言いたげだ。残念ながら、本当です。意識すらしてないんです。わけわかんないでしょ。伝わるかわからないけれど、そんなことを思いながら私は重々しく首肯する。
「そ、そうだったんですね。……コスメはどこまでお持ちですか?」
「それがこの子日焼け止めとパウダーしか持ってないんですよ」
「えぇ、肌綺麗ですね〜羨ましいです〜」
驚きを瞬時に隠し取り繕うように接客を続ける彼女はプロだ。「ではこちらで色々試してみましょうね」と、私たちの無言のやりとりにすら気がついていないデュースを、奥のスペースへ案内する。私はその後を追ってデュースからショッピングバッグを預かった。デュースが大きな鏡台の前の椅子へぎこちなく腰を下ろす。ガチガチに緊張しているようで、肩が可哀想なほどに強張っていた。
「お名前おうかがいしてもよろしいですか?」
「デュ、デュース・スペードです」
「スペード様ですね」
言いながら、美容部員さんが手早くデュースの横髪をピンで留めていく。
「スペード様は明るいイエローベースなので、ブラウンやグロスと同じコーラルピンクが似合うと思いますよ」
「はぁ」
「まず下地から選んでいきましょうね」
それからデュースのなけなしのメイクとも言えないメイクを落とし、引き出しからいくつかコスメを取り出して並べた。
「こちらは新作の化粧下地なんですけど、日焼け止めにもなっておりまして。ナチュラルにお肌のトーンアップもしてくれるので、使い勝手が非常に良いんですよ〜」
「はぁ」
「それで、上から軽くパウダーで押さえてあげて、お次にファンデーションですね。スペード様は色白なのでオークル系の柔らかい色味のものがお似合いだと思います」
「はぁ」
先程までの困惑した表情から一転、生き生きした美容部員さんがデュースの顔面にコスメを塗りたくっていく。着実に仕上がっていくメイクに、もはやついて行けていないデュースは混乱しながらも覚えようと必死だ。
「アイシャドウは初めはパレットのものが良いと思いますよ。特にスペード様にはこちらのパレットがオススメですね。この明るいアイボリーをまぶた全体に馴染ませて、それからアイラインが初心者さんにはかなり難しいと思いますので、濃いブラウンでなるべく目のふちをなぞってあげてくださいね」
「はぁ」
「ライトベージュは少し地味に感じるかもしれませんが、学生さんですとあまり派手にしすぎるよりさりげなく色づくぐらいが丁度良いと思いますので、濃くなりすぎないように重ねて塗ってあげてください」
「はぁ」
「スペード様はお若いので、チークはこちらのローズピンクが良いかもしれませんね。ご自分で選ばれるときにも、血色がよく見える暖色系のものを選んでくださいね。こちらは多色ラメと細かい偏光パールが入っているので、少しの量でも華やかに見えますよ〜」
「はぁ」
「それからアイブロウも難しいと思われますので、こちらの眉マスカラの方を……」
他人のメイクがどんどん仕上がっていくのを見るのは面白い。ニヤニヤと見守っているうちにあっという間にデュースはブラウンのマスカラまでつけられて、前回購入したグロスを引かれる。
「はい、お疲れ様でした」
「あ、ありがとうございます」
美容部員さんがブラシを片付け始め、デュースはようやく解放されたようだった。鏡台に備え付けのライトで照らされる肌はすべすべと光っていて、まぶたや頬のラメや唇を彩るグロスが輝き、まるで内側から発光しているように見える。この間私たちがしてあげたメイクよりもナチュラルで、色白のデュースによく似合っていた。可愛い。これはエースがウン百回「かわいい」言っても言い足りない可愛さだろう。私が施したわけでもないのに、誇らしい気持ちだった。未だ呆然と鏡を見つめたままだったデュースがぽつりと呟く。
「す、すごいな……」
「ね。ちゃんと覚えた?」
「大体は……」
「こちら初心者さんのためのパンフレットです。よかったらご覧くださいね」
横からサッと差し出されるやや厚みのある冊子。それを受け取って、ようやくデュースは重い腰を上げた。大切そうに、冊子をショルダーバッグにしまう。
「いかがでしたか?」
「ぜんぶください」
即答したデュースに美容部員さんは少し驚いたようだったが、パッと表情を明るくすると「ありがとうございます」と満面の笑みを浮かべた。
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エスデュ♀
初公開日: 2020年08月09日
最終更新日: 2020年08月10日
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シリーズの番外編後を書きます(エスくん出てきません)