男たるもの健康第一。風邪をひくなんて以ての外だ。
なんて義勇に言ったのはいつの話だっただろうか。それなのに俺は今、風邪をひいて床にふせている。
頭の中がふわふわとする。眠ろうと目を瞑っても思い浮かぶのは独りになった夜のこと。怖くて生きるのに必死で、陽が昇るまで足を動かして逃げることだけに必死だった。明るくなった時にに腰を地べたにつけてからようやく、涙が出た。あの時と似たような感じがする気がしている。
鬼を倒して、勝って、生きて、守っていかないといけないのに。風邪ごときで思うように体を動かせなくなり、静かな室内で横になったままでいるといつもなら考えないことばかりで脳内が埋め尽くされていく。言葉にならないような不安に似た感情で押しつぶされそうになっていると小さな足音が聞こえてきた。
「錆兎、大丈夫?」
足音の主は扉を少しだけあけて様子を伺う。俺が声に反応して体を起き上がらせると、義勇は少しうれしそうな顔をして室内に入ってきた。布団のすぐそばに腰を下ろすと手に持っていたお盆の上から微かにいいにおいがする。こんな近距離にならないと気が付かないなんて、鼻もばかになってしまっていた。
「朝よりはマシだ。それよりもうつるからあまり来ないほうがいい」
「鱗滝さんにも言われたからちょっとだけだよ」
歯を見せて笑う義勇に対して眉を下げることしかできない。そんな俺の額に義勇は手を当てる。汗で湿っている肌に温かい掌が心地よく感じた。
「熱、確かに下がっててよかった。おかゆ食べれる?」
「……義勇が作ったのか?」
「姉さん、が。ぼ……俺が風邪ひいた時に作ってくれたの思い出したから」
恐る恐る尋ねた言葉には斜めの言葉が返ってきた。育ちが良いのか、姉と暮らしていてもあまり食事を任せられなかったのか、義勇は不器用故に一人で台所に立たせないようにしている。今回も鱗滝さんが横にいただろうけど、先ほど触れた手には昨日にはなかった新しい傷が幾つもできていることに気が付かないはずがなかった。俺の為にと思うとなんだか気恥ずかしくなって、無言で取り分けられた分を口にする。
「美味しい」
「よかった」
「鮭はいってる」
昨晩にはまた鮭大根を食べたいと言っていたが、そのための物じゃなかったのか。ふとそんなことを考えておかゆを掬う手が止まる。
「うん、まだ残ってたから」
「ごめん」
「なんで?」
思わず口にした言葉に対して義勇は首を傾げた。
「だって鮭大根……」
「錆兎が元気な時に一緒に食べたいから。今日はいいんだ。また一緒に鮭取りに行こう。でっかいの」
「もちろん」
「だから早く元気になって。錆兎といないと鍛錬も一人じゃつまらないから」
「……うん」
全て当たり前のように、俺と一緒にと言ってくれる。いつまでも続くと思っていた平穏も明日も、急な病で倒れたり、鬼によって壊されてしまうと知っているはずなのに、義勇は二人一緒にいることを疑うこともしない。それがなんだか嬉しくなって胸がいっぱいになる。
義勇が持ってきてくれたおかゆを全て平らげると再び横になる。食器を片付けて部屋を出ようとしている義勇を横目にして、口を開いたり閉じたりを繰り返す。そうして立ち上がろうとした瞬間に、ようやく喉を震わせることが出来た。
「……義勇」
「どうかした?」
「……寝るまででいいから、一緒にいてくれ」
男らしくないと我ながら思う。それでもまた一人になると、消えていた不安の山が再び積み上がっていきそうで。布団の中にもぐった状態で義勇を見上げるときょとんとした顔をしてる。
「いいよ。錆兎が早く元気になれるなら」
普段から丸い目がとけたように笑みを浮かべ、布団の端の方に義勇は手を出す。これも姉がしてくれたことだろうか。引き寄せられるように手を重ねると、嬉しそうに顔がほころぶ。その表情を見て不思議と熱が上がったような気がした。
この幸せを、温かさを、義勇を、守りたい。その為に強くなりたい。
心の内で思ったことを守り抜くためにも風邪なんて引いてる場合じゃないんだ。
一人でいた時とは違ってすぐそばに温もりを感じるだけで、こんなにも強く感情が動くなんて思わなかった。義勇が差し出してくれた手を離さないようにギュッと力を込めていたはずなのに、訪れた眠りの波にいつの間にか飲まれていっていた。
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20200808錆義ワンライ
初公開日: 2020年08月10日
最終更新日: 2020年08月08日
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お題「体調不良/喧嘩・仲直り」
20200913カケタイss
こんな声などくれてやる300-500文字
みつき
20200912錆義ワンライ
0912お題【結婚式/子育て】
みつき
20200912カケタイ2
「誰かに会いたいと思うなんていつぶりだろう」~「やっと言えた」800ー1000文字
みつき