目を覚ますと、腕の中に収まっている体温を確認する癖がついてしまったのだと思う。
愛するひとと居所を同じくするようになり、たまの逢瀬ではなく共寝をすることが当たり前の習慣になり、体を重ねずとも触れ合って眠りにつくことが、私の睡眠に欠かせなくなってしまってから、もうしばらくが過ぎた。
戦のまだ終わらぬ頃には、彼は私と生活を共にすることには否定的だった。国の要人が居所を同じくすることは、例えば暗殺だの敵襲だのを受けた際、もしも双方が重傷に当たるような損害を受けた場合に国の中枢の機能の一部停止に繋がりかねない。だから承諾できない、などと言っていたものだった。が、全ての戦いにひと区切りをつけてからの改めての私の求愛と求婚には、考える間もないほどに即答で承諾の返事を返してきたものだった。つまり、私は生涯の伴侶を得るに至ったわけである。
振り返って考えてみれば烏滸がましいことに、私は私の求愛が拒まれるとはひとかけらも考えてはいなかった。しかし、さすがに返答にはいくらかの熟慮は要するものだろうと、彼に初めて告白をした際、思慮深く慎重極まりない性質の愛するひとを思って構えていた。私と同じ分類である好意が私に向けられていることについては相当に確信があったので。拒まれるならば私が愛されていないということではなく、彼なりの何らかの事情があるのだろうと考えていた。時間が解決するのならば私はいくらでも待つつもりでいたし、過ぎる時には解決が不可能であるというなら、私は彼と手を取り合ってどのような壁にも立ち向かう気でいた。二人を阻む障害など、この手で全て取り払ってみせよう。内心で息巻いていた私は、あまりに早すぎる、間髪を入れぬ返答に自らの思考を追いつかせることができなかった。
彼の返答は簡潔だった。
君が好きだ、君を愛している。君の隣に私が身を置くことを許してほしい。返事はすぐでなくとも構わない。だから、考えてほしい。私はどれだけでも待つつもりでいるから。
熱を込めた言葉を連ねて膝をついて彼を見上げた私を見下ろす彼は、私の想像の中では恥じらい慌て、いつかのように頬を染めて言葉を詰まらせたりなどしていたものだった。が、現実の彼は、頬を染めたところまでは想像の中の彼と同じだったが、慌てふためきはせず、ゆったりと微笑んでみせて、先の一言。
私も、貴殿を、……好ましいと思っておりますので。
同じ想いだと躊躇いもせず認め、言葉を返してもらえる程度には私は彼に愛されていた。それを体感し、実感したときの私の歓喜の溢れようといったら、いまだに愛しいひとに揶揄いの種にされるほどだ。
こんな体を抱きかかえて持ち上げて、辺り構わずくるくると回るなど正気の沙汰ではありませんでしたな、と彼は笑うのだ。しかし、今でも変わらず愛やら喜びやらが溢れ出てしまった私が堪らず同じようにするのを、呆れながらも拒まず許容してくれている。
愛されている、と思う。愛した分に精一杯の彼の全てで応えられているとも思う。愛情の表し方には不器用なところのある彼なりの愛し方で、私を満たそうとしてくれているのがわかる。その温度が嬉しくて触れていたくて、眠りにつくときには私は必ず彼を腕に抱くのだ。暑苦しくはありませんか、と聞くものだから、君がそうだと言うのなら控えるがと肩を落とすと、いいえ私は別に、と即座に否定が返ってきた。
思えば、彼が私に返してくれる言葉なり想いなりは、彼らしい熟考を経ないことが多くなったように思う。いや、彼らしい熟考を、私の知らぬところで重ねたうえなのであろうか。そうであるならば、私のいない場所においても彼の心の中をいくらかな私が占めているという証左であるので嬉しくはあるし、そうでなくとも、熟考熟慮を重ねずともよいと思うほどに私への愛情と信頼が積み上げられたということであるのだから、これを喜ばずしてどうしようか。
そうして得た二人の積み重ねから、私は彼を腕に抱いて眠るようになり、彼はそこに留まることをよしとするようになり、むしろ時々は彼の方から身を擦り寄せてくるようなことも増えるようになり。今日も私は彼を、ヒューベルトを胸に抱いて眠る。そして、目を覚まして彼の温もりを確認する。確認して、柔らかな吐息が胸に当たることに安堵して、そうして今度は彼の寝顔を眺めながら、起き出さねばならぬ刻限までをぬくぬくと過ごす。それが、私の就寝から起床までの定番となっていた。
下敷きにされた腕の上に、確かな重みがある。穏やかな寝息が聞こえる。緩やかに上下うする、私よりも薄い胸も背中も、今は私に全てを預け切っている。これらを視認する私は確かに目覚めているはずなのだが、どうやら愛しさのあまりに彼の姿を夢にまで見ていたらしい。
現実と同じように私の腕の中で眠る彼。彼の穏やかな寝顔を愛しているので永遠にでも眺めていられると思うのだが、欲の張った私はそれだけでは飽き足らずに彼の頬に触れてしまう。手のひらで触れ、返した手の甲で緩く頬をなぞり、ついには口付けて彼の呼吸を奪ってしまうものだから、彼は身動ぎ瞼を震わせてしまう。どうしたのですと睡魔から逃れ切らない顔が私を視認する。するのと同時に、まるで至上の宝でも見つけたかのように微笑みが乗る。柔らかく、本当に柔らかく私の顔を見つめて微笑む彼の表情は、おそらくこの世で私だけが目にすることのできる、それこそ至上の宝である、と思う。
脳内に思い浮かべる夢の中の光景はもちろん現実の彼の基づくものであるが、己にとって好ましい記憶というものは美化される傾向にあるらしい。私が夢の中の彼を思い出して語ると、この身もこの顔もそのような美しいものではありませんなと苦笑するばかりだった。だが、だが、ヒューベルト。私の愛しい君。
愛しさが溢れて額に、瞼に、頬に、鼻先に口付ける私の吐息を受けて、睫毛を震わせる君よ。目覚めて何より早く、いちばんに、天井よりも窓よりも壁よりも、目の前の空気よりも先に私を見とめる君の顔の綻びようと言ったら。
夢の中の君とて、笑っていたのに。
ああ、現実の君は、いつだって私の記憶も夢も凌駕するほどに、私の心を上書きしていくのだ。
夢の中の君よりも、もっともっと。私の想像など現実には追い付かぬと思い知らされるほどに。
ああ、君の笑顔は、私への愛で溢れているではないか。