夜空から殆どの星が消え去った世界。
地上に落ちた《星の亡骸》と呼ばれる異星物質により、大陸には魔法や魔導科学が栄えていた。
これは大陸随一の美しさを誇ると謳われたイクシア王国が、亡国と呼ばれるようになるまでの前日譚。
======固有名詞======
◆ルーク(本名はルーク=F=ルヴァチュリア。でも出てこない) ?属性
主人公。記憶喪失の剣士。心優しく素直な性格だが、妙に厭世的なところがある。
◆イクス 水?属性
都の外れの僧院の先生。治癒魔法を使う。なにかの秘密を知っているようだが…?
◆アルバート=ホーンスタイン 
王国騎士団員。僧院の先生。刺突剣持ち。イクスに気があるぽい。
◆酒場の男ソラ
傭兵? 酒場に入り浸ってる飲んだくれのお兄さん。
◆騎士団長ゾルタ=ウル=イクシア 時属性
ジャバウォック討伐隊を指揮する団長。約三秒間の時間停止使い。
◆聖鎧の騎士(?) 空(くう)属性
伝承と同じ黄金の騎士。しかし真反対に街を破壊して回る。
================
0.
 ✕✕✕は地を駆けていた。
 星々の光を失った空が、泥沼のように泰平な大地を包み込む。
 無明の闇が、生ある者の命を奪おうとその森の出口を塗り潰し、死の底へと引きずり込もうと蠢く。
 ✕✕✕は空を駆けていた。地が動く。漆黒の天が動く。目にも止まらぬ速さで世界が動く。振り落とされればすなわち、この出口無き森の中では死を意味する。ゆえに✕✕✕は飛ぶ。ゆえに斬る。頼りにできるのは、失われた星の光のように美しい刀身を持つひと振りの剣のみ。闇の中で泳ぐ白亜の竜は強大なプレッシャーで人を地に叩きつけようとし、領域を侵した生者を喰らおうと容赦のない突進を繰り返している。今、すんでのところで突撃を躱しきり、その尾翼に鋭い一撃を見舞って叩き落とした。
 凄まじい咆哮が轟く。鮮血が飛び散り、生温かい液体が頬を濡らす。不思議なことに、この状況でも✕✕✕は至って落ち着いていた。初めてのはずなのに、初めての気がしないのだ。
 ✕✕✕は己の名がわからなかった。
 目を開いた時にはすでに、この森の中に立っていた。ここがどこで、どのような名をつけられた曰くのある森であるかもわからない。わかるのは森の主と思しき竜が、決して自分を歓迎してはいないこと。領域を侵した者に容赦のない制裁を加えようとしていること。そして、退けられなければすなわち死が待つ、ということ。
 幸いなことに、名も知らぬ自分の腰には、立派な剣が収まっていた。どういうわけか✕✕✕は己の名も、己の故郷も、立場も、存在の在り方すらも思い出すことができない。闇の中で今 産まれ落ちたかのように、すべての記憶が失われていた。ただ、剣だけは紛れもない「自分」のものであることが解る。初めて握ったものとは思えないほど手に馴染み、その間合い、重さ、重心の位置――剣のすべてを瞬時に理解できる。もしも記憶の欠落の以前、✕✕✕が意思を持って戦う剣士だったのだとしたら――きっとこの剣は旧くから✕✕✕を知り、✕✕✕もまたこの剣のことを誰よりもよく知り、愛していたのだろう。それほどまでに、✕✕✕は手に持つ星の光のような剣を手足のように扱うことができた。
 それゆえ竜を退けることにも苦労しなかった。五体目の竜を地に叩き落とし、剣についた鮮血を払う。この目まぐるしく変わりゆく世界の中で、動くことを止めたものから闇に呑まれ、死んでいく。竜を殺したら、また次へ。次々と遅い来る領域の支配者を、カンだけで屠る。記憶はなくとも身体が覚えた剣の型が、✕✕✕の血肉となってすべての敵意を退けるのだ。一閃、二閃。旧い星の光の軌跡が、無数の刃となって支配者を切り刻む。
 やがてその切っ先が、暗黒の空の一端を切り裂いた。外だ。閉ざされていた深い森の口が切り開かれ、✕✕✕は外へと躍り出る。
「…………これは」
 闇の中に生まれ落ちて初めて見た、外の風景だった。思わず言葉が漏れる。
 夜光に包まれた、白亜と蒼き水の都。
 中心に聳え立つのは、蒼き水晶で造られたクリスタルパレス。それは遠巻きに眺めるだけでも、夜闇の中で圧倒的な存在感を放っていた。水晶城を中心として六角状に広がる町並みは、さながら城を取り巻く花畑のようだ。至るところに蒼の水脈が走り、それらから生命のエネルギーを吸い上げるようにして大樹のような水晶城が樹枝を拡げ、天の頂きを目指す。
 彼が記憶を失っていなければ、その都を目にしただけで、己の立つ場所がわかっただろう。
 それは世界で最も美しい都として栄える旧き王国。
 三方を海に、そして一方を未踏の深い森に囲まれた、世界のごく僅かな人だけにしか目にすることを許されない、大陸から隔絶された王都。
 青年はしばし言葉を失ってから、考える。
 記憶を失った自分の目的は。行く先は。
 あの美しい都を目指していたのだとすれば、一体なんのために?
 空っぽの記憶の中に問いかけてみても、返るものはない。
「……お前は知ってるのか?」
 語りかけたのは、手に握った剣にだ。今この世界には存在しない、失われた星の光のような白刃に向かって訊いてしまう。これほど手に馴染み、互いに理解していると実感できる剣ならば、自分の目的すらも教えてくれるのではないかと期待して。
 ふと、違和感のために、青年は言い直す。
「いえ、師匠。……わかりますか?」
 言ってから自分で首を傾げてしまう。今自分は何を口走った? 言ってから、その言葉の意味を反芻しようとして――。
 剣を握った腕に、焼けた激痛が走り抜けた。
「……ッ!?」
 経験したことのない、腕の芯を貫くような痛みに思わず剣を取り落とす。痛みだけではなかった。その一瞬、青年の中に確かな記憶が走り抜けたのだ。驚きのまま、背後を振り返った。
 白亜の巨竜が、いつのまにか青年の背後に立っていた。先程退けてきた竜の大きさの比ではない。そのまま飛び立てば、青年の背後にある栄華を誇る美しい都ごとすべてを焼き尽くしてしまいかねないほどの覇気を背負った竜だった。声もなく青年はその怪物と対峙して――ただひとつ、己に与えられた使命を理解する。
「なんだ。俺がやることって――」
 青年は取り落とした剣を拾わなかった。
 巨竜が大きな口を開け、迫る。
 青年はその目を鋭く見つめ返したまま、抵抗もせずに呑み込まれた。
1.- 記憶喪失の青年
 
 むかしむかし、今は亡き空の彼方に、無数のお星様が輝いていた時代のことです。
 イクシアの王国は空のお星様からの贈り物「星の天球儀」で栄えていました。綺麗な蒼と白色をした「星の天球儀」は人々に富と繁栄をもたらし、その蒼色と白色を繁栄の象徴として、王国のあちこちがその色で創り上げられていました。
 「星の天球儀」によって、国を治める王様たちはより強い力を以てこの国に平和をもたらします。国民たちはその王様をたいそう慕っており、イクシアは美しい都に成長していったのです。
 ところが、それをよく思わない他国の者がイクシアの秘密を狙ってある時「星の天球儀」を盗み出してしまいます。「星の天球儀」は悪しき心には悪しき繁栄をもたらすもの。「星の天球儀」によって他国の者たちは偽りの繁栄に染まり、「星の天球儀」を失ったイクシアの国民たちも暗黒時代を迎えます。
 そんな中、一筋の光を投げかけたのが、星とともにやってきた「聖鎧せいがいの騎士様」でした。全身をお星様と同じ黄金に染められた「聖鎧の騎士様」は、空から星を呼び寄せ、暗黒時代を照らし、同時に悪しき他国の偽りの楽土を破壊してゆきます。星がひとつ、ふたつ、と落ちるたび、イクシアの王国には光が戻ります。やがてすべての星が落ちる頃、イクシアは「星の天球儀」を取り戻し、元の通りの美と栄華を誇る美しい街がよみがえりました。
 しかし、「聖鎧の騎士様」を覆っていた黄金の光は戻りません。何ということでしょう、お星様より遣わされた騎士様は、自分の星の力を使うことで、悪しき世界に光をもたらしていたのでした。すべての力を使い果たした騎士様に黄金の光はなく、漆黒の騎士となり、天へ還ることなく地に落ちてしまいました。
 イクシアの王は、王国の繁栄のためその身を犠牲にして星の祝福とともに奮闘してくれた「聖鎧の騎士様」に敬意を表し、王国の一番広い広場に彼の慰霊碑を建てました。人々は末永く彼を祀り、讃え、イクシア王国の末永い繁栄を祈るようになりました。「星の天球儀」も彼の武勲を讃えたのでしょうか、それからイクシアの王国は今に至るまで一度も厄災に見舞われることなく、永劫の繁栄を享受するのでした。
 
「めでたしめでたし」
 イクスが絵本を閉じると、いちばん後ろで読み聞かせを聞いていた男の子が立ち上がった。
「俺知ってる! 記念公園にある真っ黒な像!」
「うん、そうだね。本当はお星様と同じ、ピカピカの金色の騎士様だったんだって」
「聖鎧の騎士様って本当にいたの? あの像は本物?」
「あの人も聖鎧の騎士様?」
 女の子が指差す方角には、読み聞かせを遠巻きに聞いていた騎士の男が立っている。自分に急に白羽の矢を立てられると思わなかったのか、柱に思い切り体重を預けてだらしない姿勢を、直ちにピン! と正すのが見えた。ここの小さな僧院をイクスとともに二人で任された、イクシア王立騎士のひとりだ。
「あはは。アルバートさんは違う……かな? でも、王立騎士団の騎士装束は、聖鎧の騎士様の衣装をモチーフにして作られているんだって。紋様とか、似てるみたいだよ」
「えー! 知らなかった!」
「アルバートって実はすごいんだ!」
「アルバートもお星様の魔法使えるの? 見せて!」
「俺は魔術師じゃないって」
 口を閉ざしていたアルバートが、その部分だけ強く否定する。王立騎士団員として、彼は騎士であることに誇りを持っているのだ。
 ふと、その話を遮るように、最初に立ち上がった男の子がもう一度疑問を口にした。
「お星様って、昔は本当にあったの? 本当に、絵本の中みたいに五つのトンガリのある形だったの?」
「うん、そうだね……」
 古い絵本だからだろう。夜空に当たり前のように無数の星が描かれていた時代から語り継がれた故か、夜空に見慣れない図形が散りばめられている。かつて「星」と呼ばれた夜空に輝く無数の光だ。今の時代、夜空に輝くのは「月」「火の星」「金の星」「土の星」のみ。今では考えられないほどに夜空は明るかったということがたくさんの古い書物で言われているが、現代においては確かめようがない。
「私も現代人だから、本当のところはわからない。でも昔は本当に「星」があったんだって。もしかしたらこんな形だったかもしれないね」
 イクスは、「おや」と顔を上げる。こういう話題に鋭い少年がいつもなら真っ先に食らいついてくる。今は亡き星空に魅せられて、幼くしてたくさん古い書物を漁っている彼なら何かを口にすると思ったのだ。見渡してみて、気がつく。彼がいない。
「……スターク君の姿が見えないね?」
 真面目な少年のことだから特に気にもとめなかった。もしかすると最初からこの部屋にはいなかったのかもしれない。慌ててイクスが部屋の中にいる子どもたちの数を数える。ひとり、少ない。スターク少年が足りないのだ。
「誰か知ってる?」
「ほんとだ、なんでだろ?」
「さっき見たよ、外出て本読んでた!」
 いつものことだろう。真面目だから、子どもたちとは少し離れたところでおとなしく本を読んでいることが多い子だ。それでサボるなんてことは絶対にない。
「少し心配だね……」
 イクスがアルバートを振り返ると、いち早く彼を探しにいったのか、元いた場所に彼の姿が見えなかった。イクスも本を閉じて立ち上がり、外に出る。
「え……」
 走ってきたのは、血だらけの少年と、その手を引くアルバート。
「どうしたの……!」
 子どもたちも後ろからやってきて、か細い悲鳴がいくつかあがった。
「先生……森の方に……人が……」
「どうしたの、そんな怪我で……!」
 イクスの目の前に駆け寄ってきた少年は、しかし足取りははっきりしている。イクスが肩に手を置いて様子を確かめると、イクスに血液をつけないためかほんの少しだけ距離を取りながら、必死に首を振って訴えた。
「違うんだ、先生、僕は怪我してない!」
「じゃあ誰が?」
「わからない、知らない人が、森の端っこに倒れてて……死んでるかもしれない……」
「わかった。スターク君は大丈夫? その人のこと、なんとか助けられないか頑張っていたんだね?」
 少年が力強くうなずく。この様子だと、まだ怪我人は助かる見込みがあるのだろう。
「案内してもらえる? アルバートさんは他の子をお願い」
 イクスとアルバートが子どもたちの面倒を見ているこの僧院は、王国の外れの「絶海」と呼ばれる大森林の近くにある。
 王国へ立ち入るためには三方を囲まれた海を渡るか、凶悪な生物ひしめくこの絶海を通り抜けるかのどちらかしかない。ごくまれに、絶海を抜け出してきた生物に王国市民が襲われるという事件が起きるので、負傷者が見つかることがある。しかし――。
 スタークはショッキングな光景に立ち会ったばかりだというのに、しっかりとイクスを導いた。
「あそこ……」
 スタークが指さす、大森林の入り口に、その青年は倒れていた。
 肩口からぱっくりと大型生物の噛み痕が残されている、ひどい有様だった。時間が経ったあとなのか、血はほとんどが変色し、着ている黒衣に吸われて重たげな色をしている。髪色は黒、この国では見かけない色だ。傍らには彼の得物なのか、服の色とは真逆にまばゆい白銀色の剣が落ちている。
(外国人? いや……)
 おかしい。
 絶対的な違和感がイクスを襲った。
 このひとを、私は見たことがない。
 こんなひと、ここにいるはずがない。
 その人物を助けようとするより先に、イクスの身体は違和感に縛られて動けなくなってしまった。見てはいけないものが、この世界に入り込んでしまったような――。
「先生!」
 幼い声で我に返った。イクスが見れば、スタークが先生、先生、と呼び掛けている。
「俺にはどうにもできなくて……、この人助かる!?」
「う、うん。やってみるね」
 この人が、悪人だったら?
 そんな考えが脳裏をよぎる。ないわけではない。イクスが知らない以上、決して信用に足る人物ではない。おまけに剣使いで、外国人。絶海を渡ろうと突っ切ってきたのだとすれば、ろくな人間ではないだろう。
「先生……?」
 スタークがイクスの顔色を覗き込む。彼の眼は、イクスを信じ切っている。イクスの治癒魔法が優れていることを知っているためだ。
 もし、このひとが、救いようのないくらいの悪人だったら……。
 考えても仕方のないことだ。イクスは覚悟を決め、手を伸ばした。
「急所は外しているから、助かると思う。この人はすごく剣士としては優秀なんじゃないかな……」
 スタークの顔がぱっと明るくなる。イクスはとんでもないことをしでかしたかもしれない罪悪感から、ほんの一瞬救われたような心持がした。
「スターク君も手伝ってくれるかな。魔脈を逆転させるだけでいいから」
「うん、わかった!」
 見事に切り裂かれた傷に手を添える。この人がどうか良き人でありますように。祈りながら、切り裂かれた肌が復元していく様子を瞳の中に克明に思い描く。いつものように。人を救い、生かすために。
 魔術が成った。スタークとイクスの純粋な魔力が組みあがり、複雑な経路をなんなく巡って形を成していく。
 それは「治癒魔法」と名付けられるような技術ではなかった。ほとんど時の巻き戻りに近い回復力だった。
 何者かによって惨たらしく切り裂かれた傷口がみるみるうちにふさがっていく。もとの綺麗な肌が見えるようになるまで、わずか数分のことだった。
「先生、やっぱりすごいよ……」
 スタークが、自分の魔力の経路の維持に汗を浮かべながら称賛した。
「神様の御業みたいだ。こんなにひどい傷なのに……」
「本当にな」
 背後から二人に声をかけたのはアルバートだ。イクスは集中を途切らせないように注意しながら、ゆっくりと声を出した。
「アルバートさん、子どもたちをよろしくって言ったのに……」
「あいつら存外臆病で、いい子だから。おとなしく待ってるよ。それよりその男だが……」
 傷が癒えて元通りになると、青年の全貌が明らかになる。歳は、アルバートとそれほど変わらないように見えた。若い。20くらいだろうか。
「遠巻きに見てたんだが、間違いなく、襲われたのは……」
「ジャバウォック? でもまだそんな時期じゃない」
 反論したのはスタークだ。
「ジャバウォックはこの時期には出てこないんでしょ? 聞いたことないよ」
「でもその傷で間違いないと思う」
「ってことは、このひと、助かっても……」
「うん……」
 ジャバウォックは絶海の覇者として恐れられる超大型の翼竜である。頭は魚のようで無数の牙を持ち、大きな蝙蝠のような翼と、無数の白く硬い鱗に覆われた化け物だ。これに襲われた民間人はまず助からない。しかし絶海付近にジャバウォックが現れる時期は決まっており、その時期になると王国騎士の精鋭を集めた騎士たちが討伐隊を結成し、王国民に危害を加える前に大森林の水際で討伐がなされることとなっている。そうでなければ、この僧院が森の近くまで子どもたちを野放しにするわけがないくらいに恐ろしい生物である。
 しかも、それが最も恐れられる所以は、食いちぎられれば最期の大きな牙ではない。
「このひと…多分、記憶喪失になってしまってるでしょうね」
 ジャバウォックに噛まれれば、意識は混濁し記憶が失われる。
 ある意味死よりも恐ろしい。生きながらにして、これまでの人生すべてが失われかねないこの狂竜の災厄こそが、大森林を「絶海」と呼ぶ理由だった。
 招かれざる客に、僧院の子供たちは大いに興味を示していた。
「ねえねえ、あの人見た? あの黒い人……」
「全然! 黒いのがちょっと見えただけ!」
「俺は窓から覗いてやったけど、結構イケメンじゃん?」
「アルバートも結構だけど、あのひとのほうが…」
「おいお前ら、いいからさっさと飯を食え」
 と、僧院に運び込まれた夜も、子どもたちの話題のすべてを、黒衣の異邦人がかっさらっていった。子どもたちの間では、そのことを面白くないと感じたアルバートが不機嫌になっている、などと噂され、疲れて寝静まるまで追い回されたとか。
 夜も更けると落ち着き、いつもの夜が訪れたことにほっとするイクスだったが内心は穏やかではなかった。
 明日の朝には、青年を救ったという行為の結果が出るからだ。
 明くる日、ほとんど眠れぬ夜を過ごしたイクスが目にしたのは、子どもたちに散々質問攻めにされタジタジになっている彼だった。
「ねえ、どこから来たの? 森? ガイコクジン?」
「なんてなまえなの?」
「なにもおぼえてないの?」
「じゃばうぉっくって、すごいの?」
「剣使いなの?」
 四方八方から繰り出される子どもたちの言葉がそもそも聞き取れないのか、青年はベッドから起き上がろうとした姿勢のまま固まっている。どうやらこれは思っていた事態にはなっていなさそうだと、イクスは助け船を出してあげることにした。
「あっ先生!」
 わざと音を立てて部屋に入ると、青年と子どもたちの目が一斉にイクスへと向けられた。
「せんせえ、起きてくるのがおそいよう」
「このひと起きたよ、ルーク!」
「ルーク、ってお名前なんですか?」
 青年はやっと立ち上がり、「はい、」と返事をした。どうやら言葉は通じるらしい。
「名前は憶えています、ルーク、とだけ」
「ほかはいっさいだめ」
「キオクソーシツってやつだよ、先生」
 黒髪に、エメラルドの瞳。
 どこかの貴族のような整った顔立ちだな、というのがイクスの感想だった。黒髪は王国ではほとんど見かけないので、間違いなく外国人。そして立ち振る舞いからみても剣士であることは間違いないように思われる。騎士団の優秀な騎士に見るような隙のなさが感じ取れたためだ。
「なまえをふるねーむで言えないなんて、ここの最年少のちびちゃん以下! 大人なのになさけない!」
「なんでしゅっしんも言えないのー?」
「イケメンだけどあたまがわるいともてないよ?」
「あ、あの、ごめんなさい、ここは身寄りのない子どもたちの教育を預かっているところなんですけど、どうにもこの子たちはルークさんに興味津々で……」
 さすがに申し訳なくなりイクスも謝ったのだが、青年は落ち着いたもので、「いえ、」と軽く首を振るのみだった。その振る舞いに少しも嫌なところがない。自然な青年の姿がそこにある。
「この子たちから聞きました、なんでも付近の森に落ちてたところを助けてもらったみたいで。有難いんですが、名前以外に覚えている情報がなく……、満足にお礼をすることもできそうにありません」
「森の怪物に襲われたため、だと思いますよ。ジャバウォック。ご存じないかもしれませんが、噛まれると記憶がなくなってしまう翼竜です」
 イクスは隣の部屋から鞘を持ち出して、青年に見せた。これで目の色を変えるようであれば態度を変えなくてはならなかったイクスだが、青年から零れたのは安堵のため息だった。
「よかった。それ、多分大事なものなんです。なんでだろう、わからないけど大切なもののような気がしてずっと落ち着かなかった」
「この剣ですか? 綺麗な刀身ですよね」
 鞘から抜くと、しゃらん、と軽やかな音が鳴る。イクスでも重みを感じさせないほどに軽い。というよりは、重心が工夫されていてそのように感じるように作られているようだ。目を瞑ってしまうほどに眩く輝く白銀の刀身には、よく見ると文字が彫られている。
「光よ。ここに」
 ルークがそれを読んだ。イクスには読めない、古そうな崩し文字だった。
「なんとなく、誰か大切な人のものだった気がします。失くしたら多分、こっぴどく恨まれそうな」
「そうですか、よかった。これ、そばに落ちていたんですよ」
 イクスは一瞬迷って、それを青年に返すことにした。好青年の雰囲気が演技の可能性もないわけではなかったが、己の直感を信じたのだ。この青年は、考えているほどに脅威ではない。と。
 受け取った鞘を、青年はそのまま身に着けず、子どもたちの手の届かない高い場所に収めたのを見届けて、その直感は確信となった。
「いいんですか? 剣士の命みたいなものじゃ?」
「剣士……そうかな。そうかもしれないですけど、子どものいるところで危ないので」
 鞘にきっちり収まっているかを慣れた手つきで確認して、青年はすっくと立った。
「申し訳ないんですが、教えてもらえませんか。ここがどこなのか、何が起きているのか、はじめから」
 子どもたちが待ってましたとばかりに声を上げた。
「ここはね、イクシア王国!」
「の、外れの僧院!」
「聞いたことのない国です。学校のようなところみたいですね」
「まあ、そうですね。学校というと普通は魔法を教わる高等機関のことを言うので、ここは初等教育機関、子どもたちに常識や世間一般のこと、最低限の身を守る方法なんかを教えることになってます」
「魔法?」
 初めて聞いた、というような顔をしてルークは首を傾げている。これにはイクスも驚いてしまった。人間に赤い血が流れているのと同じように、子供でも知っているこの世の常識だからだ。僧院の子どもたちも同じだったのか、「えー! そんなことも知らないのー?」と口々に騒いでルークを取り囲んでいる。
「魔法……ご存知ないんですか?」
「た、多分。忘れちゃまずいことですか」
「えー、ねえねえルーク、いちたすいちはわかる? さんすうできる?」
「この色なに色だ?」
 まあまあ皆、とイクスは子どもたちをなだめた。そうでもしないと、ルークは真面目な顔をして全てに答えようとしかねなかったのだ。真面目な人なのか、なんなのか。
「改めて説明しようとすると難しいですが……、人間の身体には魔脈と呼ばれる魔法を使うもとの力が巡っています。その力を然るべき理論に従って放出すると、魔法が使えるんですよ。でも、使える魔法には向き不向きがあって、生まれてから死ぬまで、その人が使える魔法の種類は決まっています」
 例えばイクスなら「水属性」。これは川や池の水を自在に操る力であったり、雨を操ったりと様々だが、イクスの場合は身体の損傷を治す自然治癒の働きを高める力となる。
「ルークさんの怪我を治したのも私です。そこのスタークくんも手伝ってくれました。彼も同じですね」
「他の子も使えるの?」
「いいえ、他の子はまだ。すべての人にひとつずつ「属性」はありますから、すべての人に魔法を使うポテンシャルがあるんですけど、魔法を使うのには複雑で難しい理論を理解する必要があって、子どもには難しいんです。スタークくんは例外も例外、天性の才能ですよ」
 子ども達がいいよな、僕も使いたいなー! と口々に喚き立てる。普通は十歳を超えてようやく小さな魔法が使えるかどうか、といったところだ。
「じゃあ俺にも属性があるのかな」
「ええ、必ず。赤ん坊の頃から属性は変わらないですから、普通は生まれたところのお医者様なんかに教えてもらうんですけど……。知りたいですか? 調べようとすればできると思いますが。でもルークさんは剣士ですから、もしかしたら魔法を使ったことが今までなかったかもしれません……」
「え、関係あるの?」
「人すべてが魔術師になれるとは言っても、仕事や実際に使えるレベルになるまでは高等教育を受けなければならないんです。なので魔術師は賢者の証とも言われています。剣士の方は、その……」
 馬鹿だ、と言っているように聞こえてしまわないだろうか。騎士の中には魔術を修める人もいるが、もしこの森を突っ切ってくるような剣士なのだとしたら、とても魔法が使える人とは思えなかった。
「なるほど。剣士をやりながら冒険してるような奴には、とても魔術師にはなれそうにないですね」
 青年はあっさりと認めた。
「ということは、あなたは賢者側ということですね。流石先生」
「褒めてもなにも出ませんよ。……名乗っていなかったですね、私はイクスといいます。ここで少し前から先生をやっていて……あ、もう一人、ここに先生がいらっしゃるんですけど」
 イクスが振り返ると、部屋に入るタイミングを見計らっていたらしいアルバートが歩み寄った。
「記憶を取り戻すには、どうすればいい?」
「ルークさんを襲ったジャバウォックを倒せばあるいは……」
「戻らない可能性もある。ジャバウォック固有のウイルスが悪さをして記憶を失うとされていてな、ジャバウォックを狩って持ち帰り、反作用の薬を打てば治る。だが、30%ほどは運悪く記憶を取り戻せない、不確実な方法しかこの世には存在しない」
「ジャバウォックが出てくるのはこの時期じゃないんだけどな……」
「なるほど。とにかくもう一度森へ行けば……」
「待ってください、また襲われて同じことになってしまいます。ジャバウォックの討伐には、王国の騎士団が派遣されますから、そちらに連絡をしましょう」
「もうしたよ。3日後には編成された討伐隊が森に出るはずだ」
「お前も剣の腕に覚えがあるなら参加するといい。記憶を失うリスクを背負ってあの怪物と戦おうとする者は少ないからな。反面、すでに記憶を失った者は失うもののない優秀な戦士として重宝される」
「やめてよ、そんな言い方……」
「事実だ」
「そのようだ。もちろん、参加するよ。自分のことだから」
「ルークさん、本当に剣技が冴えていますね」
「子ども達を複数人相手にしても難なく躱せていますから。たまに王国の騎士本隊の方に稽古をつけてもらうんですが、もしかするとそれよりいいかもしれません」
「どうだろう。さっきのアルバートさんにはお前の剣は野生的すぎる、王国剣技の優雅さとはかけ離れているから下手に子供に教えるな、と言われちゃったんだけど」
「じゃあ、アルバートとルーク、どっちか強い方に教わりたい!」
「お前の腕の程にはたしかに興味がある」
======ガバガバ設定に異を唱える会======
Q.魔術と魔法に意味の違いはあるんですか?
A.ないです。学術的な用語が「魔術」「魔術師」、一般的用語が「魔法」「魔法使い」、魔導科学はイクシア王国ではあまり発展してないので出てきませんが、工学と魔術が融合した最新技術を言います。
Q.治癒魔法があるのにお医者がいるんですか?
A.魔術師が医者をやっています。でも魔法使わない医者もいます。繊細な技術が必要なのはどっちも同じで、やっぱり一目置かれる優秀な存在。水属性持ちは人口が多いので、結構な医療従事者がいます。
Q.なんで「僧院」なんですか? 宗教があるの?
A.王族、王都そのものに神秘を見出した国家なので宗教と王権が融合しています。騎士団も僧院も王政直下にある組織です。(あやふや)(もっといい名称を考えたいんだよ…)
Q.言語統一されてますか?
A.地方によってはある程度訛りとかあるかもしれないけど大陸内では統一されてます。古代文字はすごく特殊なのでごく一部の人にしか読めません。ルーク君は博学なわけじゃないんだけど、古代文字は少し読めます。師匠の影響があります。
Q.魔法より剣が強いんですか?
A.そういう人もいます。絶対の理として魔法は一属性しか使えないし頭の悪い人には使えないので「俺は炎も水も雷も操っちゃうぜ」みたいな万能人やアホはいません。
Q.主人公は最強ですか?
A.ある分野では間違いなく。最強人間は他にもいます。
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てすと
初公開日: 2020年06月21日
最終更新日: 2020年06月22日
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てすと
一次創作chp2-
昨日の続きから アーカイブめちゃくちゃバグってたので新規作成2章から
読みもの
白月
一時創作chp1-
気ままに
読みもの
白月
〈書きかけ〉🍮と🍄【誕生日】
なんか2人が好きそうなの書きたい(白目)
読みもの
ピス
タイトル未定2
JGふくおだ/長いので途中からコピペして貼り付けている
読みもの
御子柴
原稿
おっからの原稿を書いています。
チャット
えりぃ