初めて一緒に歩いた時、その足音が耳に残った。
威勢のいい態度とは裏腹に、コツコツと響かない程度のささやかな足音。
その軽やかな足取りが、俺の耳と目を楽しませた。
彼の内面を表しているようで好ましかった。
「今日もサボっているのか」
「失礼な奴だな。今日は非番だ」
そういって茶をすすると、何が面白くないのか大包平はふんと鼻を鳴らした。
「ならいいんだが…あまり他の者に迷惑をかけるなよ」
「問題ないさ。そういうお前は何か用事はあるのか」
「いや、俺も休みだ」
「なら茶でも飲んでいけ」
返事も聞かずに準備をすると、大包平は素直に部屋に入ってきた。
何も言わずに俺の横に腰を下ろすので、俺は微笑みながら茶を渡してやる。
ふう、と息を吐いて茶を冷ます姿が存外かわいらしいと思う俺は、きっと随分と毒されている。
「なんだ、じろじろと見て」
じっとこちらを見てくるので笑って目を逸らす。
それから俺たちは何を話すでもなく、ただぼんやりと部屋で過ごしていた。
大包平は二人きりでいるときに時折、しんとして存在感が希薄になる。
何をするでもなく何処かをぼんやりとみている。今がそうだった。
この様をほかの誰かが知っているのか、俺は知らない。
他の誰も知らなければいいと思う。
この無防備な姿を見るのが俺だけであればいいと思う。
そう考える自分が、あまり好きではない。
初夏の風が部屋を揺らす。大包平の硬質な前髪を遊ぶ。
その髪に触れたらどんな心地だろう。
その頬に触れたらどれだけ幸せだろう。
そんなこと出来やしないのに思考は止まらない。
俺はこいつとどうなりたいのだろう。
最近はそんなことばかり考えている。
「……る、鶯丸!」
ついぼんやりとしていたらしい。聞こえてきた声にはっと目をやると、訝し気な顔でこちらを見ている大包平がいた。
「どうしたんだ、何度も呼んだんだぞ」
「ああ、すまない。何の話だったか」
「明日の内番についてなんだが…」
大包平がまた話し始めるが、その動く唇の赤が目についた。
話の内容よりも唇の動きに目がいってしまい、頭に入ってこない。
これはいけないと意識を集中すると、今度は大包平のよく通る声が耳について離れない。
あの声は俺の名をよく呼ぶ。
いつからそんなことが嬉しくなっただろう。
初めて呼ばれた時はどんな心地だっただろう。
遠い記憶を揺り起こすと、胸の奥から温かな気持ちがあふれてくる。
「鶯丸!」
またぼんやりとしてしまった。いい加減怒るかもしれない。
「すまない、どうにも気がのらんようだ」
今はどうにも大包平の一挙手一投足が気になる。のらりくらりと躱そうとしたが、大包平は難しい顔をして黙ってしまった。
なにかごまかさなくてはと口を開いた時、大包平の大きな手が俺の前髪をかきあげた。
「ッ、」
「熱はないようだが…」
真剣な顔で俺を見てくる、大包平の顔が近い。
そっと壊れ物を扱うように俺の頬を撫でる。慈しむような親指の動きに顔が熱くなるのを感じた。
「大丈夫、だ。少し眠いのかもしれない」
「昨日夜更かしでもしたのか?まったく…」
そういって一層優しく俺の顔を包み込む。自然、大包平と向き合う格好になり、俺はまじまじと彼の顔を見ることになった。
鋼の瞳が俺を見つめている。すっと通った鼻筋が美しい。精悍な風貌は男性的でありながら品があり美を感じさせる。伸びた前髪が顔に影を作って印象的だ。
俺は何故か心臓が痛くて、顔に熱が集まり冷めることがない。
「少し休んだほうがいいんじゃないか」
そう囁く声の低さが鼓膜を震わせ、俺はどうにもならない気持ちでいっぱいだった。
「そ、そうだな、……そろそろ放してくれないか」
そう頼むと触れていた手が離れていき、俺は自分で頼んだのにそれが名残惜しかった。
はぁと熱い息を吐く。
俺はこの熱の意味がなんだか知っているが、それを認めるわけにはいかない。
大包平は純粋に向き合っているのだから、俺がそんな、不埒なことをするわけにはいかない。
上がってしまった息を整え、すっかり温くなったお茶を淹れ直しに立ち上がった。
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「…別に俺から言っても構わんのだがな」
顔を赤らめて部屋を出て行った鶯丸の足音を聞きながら、俺はぽつりとこぼす。
あの兄弟分はまるで人を子供だと思っているような素振りを見せるから、どうにもわからせてやりたくなる。
だがしかし、俺の一言に狼狽える鶯丸というのは悪くないもので。
耳まで真っ赤に染めたその顔をもう少し見ていたいというのも本音であるからして。
「お前が認めるまで俺は諦めんぞ」
いつかあいつが負けを認めて俺の言葉に頷くまで。
素知らぬ顔で隣に居てやろう。
お前の望む「弟」の顔で。
「その時が楽しみだな、兄上?」
温い風が吹く部屋の中で、俺は人知れず笑った。