美しい月の出ている夜だった。
俺たちは何も話さず、アスファルトの上を歩いている。
ぽつぽつと置かれた外灯が道を照らして、通りには誰もいない。
しんとした夜の空気を吸い込んで、ふぅと吐き出す。
昼はあんなに暑かったのに、夜は薄着では少し肌寒いくらいの風が柔らかく吹く。
まるでこの男のようだ。
ちらりと横を歩く男の顔を見やる。
精悍なその横顔は、今は随分と穏やかだ。
威勢の良い態度も、よく通る声も、芯のある瞳も、今ばかりは影を潜めて静寂に包まれている。
こいつにはこの静けさが良く似合う。
誰がこの静謐な眼差しを知っているだろうか。
もしもそれが俺だけならば、どんなに尊いことだろう。
「何を見ている」
やはり静かな声で問われる。
「美しいと思っていた」
「当然だな。俺は大包平だぞ」
「ふふ、そうだな」
他人が見たお前と、俺から見たお前とではきっと違う景色が見えるのだろうが、それは教えてやらない。
俺は何か変化を求めてはいなかった。
このまま穏やかな時間が過ぎていくならばそれでよかった。
それを他人は何か言うかもしれないが、そんなことはどうでもよかった。
大切なことはいつも目には見えないから、俺はそれを見つけた時がとても嬉しい。
それをひとつひとつ手に取っては眺め、少しでも輝きを残せるように書き留めていく。
この心を他人の言葉で汚したくはなかった。
その美しさを感じるたびに俺には言い知れない心地になる。それすらもどこかに残るならば良かった。
「お前は」
大包平がぽつりとこぼす。
「いつも何も言わないな」
「俺?」
「何を考えているのかさっぱりわからん」
「それはそれは、面倒をかけるな」
「思ってもいないことを言うな」
「ふふ」
少し物憂げなその顔を見つめる。
こいつは本当に、心を隠すことが下手だ。
素直に言いたいことを言えばいいのに、大切なことは遠回しにしか口に出来ないでいる。
全く俺たちはよく似ている。
馬鹿だと思うが、その時間がむず痒く、繭に包まれたように気持ちの良い時でもあったから、俺はそのままで過ごしている。
それが大包平の悩みのひとつになるのも楽しかった。
わかっているくせに、言葉で伝えられないと確信が持てないこいつの、そんな弱さが愛しかった。
昔から変わらない、そんな小さな不安を忍ばせた顔を見たくて、これは意地悪だという自覚はある。
ひと言、ひと言伝えるだけで終わってしまうこの三文芝居を続けている。
今日もその瞳に憂いを滲ませて、伏せた眼差しは今宵の月よりも美しい。
その顔がもっとよく見たくて、俺はその形の良い顎を掴み唇を寄せる。
「……」
何も言わずに俺を睨むそのまなじりの赤を認めて、俺は笑いかける。ふいと逸らされた視線が可愛らしい。
「俺には」
「ああ」
「お前の考えていることがさっぱりわからん」
「そうか」
「お前は俺のことを馬鹿だ馬鹿だというが、俺からしたらお前の方がよっぽど馬鹿だ」
「それはそれは」
「本当にお前は馬鹿だ…」
「馬鹿という方が馬鹿なんじゃなかったのか?」
「それとこれとは話が別だ」
「ふふ、そうか」
本当にこいつは心を伝えるのが下手だ。そんなことがとても愛しい。
「大包平」
「なんだ」
「もう一度口づけてもいいか?」
「………好きにしろ」
俺は声もなく笑ってその頬に手を伸ばす。
唇と唇の触れ合う瞬間の、まつ毛の震えが好きだった。
俺はお前の全てが好きだった。
俺もそろそろ心を決めるべきだろう。伏せた気持ちをお前に明け渡すべきだろう。
こんなにお前が好きだから。
お前も俺のことを思って心を持て余しているから。
こんな夜は二人きりで話をしようか。
こんなに月が蒼い夜は、何もかも脱ぎ捨てて、二人だけの話をしようか。
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鶯大 お題
初公開日: 2020年06月13日
最終更新日: 2020年06月13日
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お題「ロクァース(役者 伝言 伏せる)」
ロクァース=お喋り