カメイアリーナでの試合を終え明日は移動日、試合はなし。となればホテルに滞在しているシュヴァイデンアドラーズの選手たちも外食に出る者が多かった。星海は昼神たちと一緒に牛タンを食べに行くのだという。店に予約の電話を入れた昼神が、「お前ら地元のやつと飲むんだろ?」と影山と牛島に聞いた。二人はこっくりと頷いたけれど、一緒に行くわけではない。それぞれがそれぞれの高校のチームメイトらと会う約束をしているだけだ。
 とはいえホテルからあまり遠くなく、治安も悪くない飲食街といえば選択肢はそれほど多くはない。影山が行く店と牛島が行く店は車であればほんの十数分の距離だ。同じタクシーに乗っていくことにして、先に影山を下ろした牛島は「じゃあ」と言った。「後で迎えに行く」
 頷き、お願いしますと言おうとしたところでタクシーのドアが閉まってしまったので、影山は代わりにひらひらと手を振ってみた。声は届かないだろうと思ったのだ。牛島は軽く手を上げて応えて、それでは足りないと思ったのか同じようにひらひらと振り返した。牛島がそんな風な仕草をするとなんだかちょっとおかしい。ふ、と影山はくちびるをほころばせたが、たぶん牛島にばれる前にタクシーは走り去っていった。
「影山と一緒に酒が飲めるようになるなんてなあ……」
「スガさんどこ目線なんすか」
「もう親だな親」
「山口の代もこれでみんな成人かあ、早いなあ」
「うちの代じゃ君が一番年下だもんねえ」
 居酒屋の座敷でご機嫌な酒に酔っている菅原に肩を抱かれながらグラスに口をつけている影山に、最後の言葉を嫌味たっぷりに言ったのは月島だ。彼の持参したタブレットPCから、『俺が一番年上!』と夜なのに太陽を煮詰めたような底抜けに明るい声がする。ブラジルの日向と回線を繋いでいるのだ。時差は十二時間。こちらの夜は、あちらの朝だ。
「そうだよなあ、あの中学生に間違われていた日向までなあ」
『菅原さんっ』
「何だっけそれいつだっけ」
「いつだっけ。わかんないけど、西谷と一緒になんか怒られてたんだよ」
「あったあった」
『もう忘れてください‼‼』
「ごめんごめん、よし日向もそっちで飲め」
『だからこっち朝ですって』
 東峰や西谷など、来られない人間もいたがそれでもたくさんの元部員が集まって座敷はにぎやかだ。右手で田中の頭をじょりじょりと、左手で影山の頭をさらさらと撫でている菅原はもう酒を追加していないのにずっとご機嫌なままだ。
「菅原ハーレム……」
「ごついハーレムだな」
「お気に入りの頭侍らせてご機嫌だなスガさん」
「お気に入りの頭って何?」
 日本の夜が更けてきて、バイトだという唯一の素面だった日向が通信を切り、清水と谷地の女性陣が帰ると場に一気に酔いが回ったようだった。菅原は絶好調だ。どのくらい絶好調かというと、「影山選手、よかったらサインを……」と遠慮がちに店員が持ってきた色紙に「考案者の俺が書いても同じじゃないかな」とペンを滑らそうとしていたぐらいだ。縁下らが必死に止めていたけれど、影山は「それもそうだな」と思ったし、ここに来てからずっとカルーアミルクばかりを飲んでいる月島は「それもいいんじゃないかなあ」とニヤニヤと笑っていた。ツッキーも酔ってるね、という山口の顔もちょっと赤い。
 影山も、菅原に撫でられている頭がぐらつく。重い。眠たい。酒のせいではなくて、夜が更けると影山は大体こうだ。早寝早起きがもうずっと習慣になっていて変えられない。変える気もないのだけれど。
「だいじょうぶかな。影山そんなに飲んでないよな」
「たいして飲んでないですよ。眠いだけじゃないかな、九時過ぎると」
 心配そうにひそひそと声を低くした縁下に、もう何杯目かわからないビールジョッキを抱えている山口(顔が赤いわりにぴんしゃんとしている)が答えているのがぼやけて聞こえる。だいじょうぶです。飲んでないです。その通り。答えようと思うのに、億劫で口が回らない。
「ならいいけど、寝入っちゃう前に起こしたほうがよくないか。ホテルどこか聞いてる?」
「あー、どうだったかな、言ってたような」
 自分のことを心配されているのはわかったので、いつの間にかテーブルに突っ伏していた頭をどうにか意志の力でもたげる。なぜだか乗せられた菅原の腕が鉛のように重い。と思ったら彼がふざけて全力で体重をかけてきているのだった。くひひ、と笑う声がする。「やめなさいスガ」という澤村の声も。しばらく重力と菅原の腕と戦った後、途中で面倒になってまたテーブルに突っ伏す。ぶに、と頬が歪むのを感じながらどうにかこうにか眠気に抗って縁下と山口に伝えねばと口を動かした。
「むかえが」
「迎え?」
「むかえが、くるんで、大丈夫です」
 それだけ何とか言うのが限界だった。完全に伏せた影山をあきらめて、今度は「このリア充が!」と喚きながら田中の頭を撫で倒している菅原を抑え込みにかかった澤村が「おい」と呟く。
「なんかさっきからずっと鳴ってないか。影山?」
「はい……?」
 そういえばジーンズの尻ポケットから振動音が聞こえる気がする。というか実際に震えている。なのにとにかく億劫で、動かないでいると呆れたようなため息の後「置い取るぞー」と澤村が申告して手を伸ばしてきた。ひとりでにスマホがジーンズから抜かれていくのがなんだかくすぐったくてくつくつと笑っていると、「なあこれやっぱり酔ってるんじゃないか?」と誰かに頭をつつかれる。誰だろう。
 あ、切れた。もう影山にも菅原にも構わず、そう言ってスマホの画面を覗き込んだ澤村は眉をひそめる。
「……影山」
「はい」
「不在着信何度か入ってるぞ。――ウシワカ」
「ウシワカあ!?」
 トイレから戻ってきたところの気の下が素っ頓狂な声を上げる。手を洗ったまま拭いきれていない水滴が零れ落ちて、直撃を食らったらしい成田「木下、汚い!」と叫んだ。
「悪い悪いハンカチ忘れて」
「使いますか」
 突然影山が顔を上げて手を突き出したので驚いた木下がうわあとのけぞった。差し出されているのがハンカチだということに気づいて受け取る。体を起こしたもののまだまとわりつく眠気を振り払うように頭をふるふると振って、影山はふと部屋の外から重い足音がするのに気づいた。木下がきちんと閉めずにいた襖ががらりと開いて、牛島が立っていた。
 なんか、でかい。元バレー部の集まりなのだから平均身長が高いし、小柄な西谷と日向がいないのだから余計平均値が上がっている。なのに、でかい。月島は同じぐらいのはずだが、何せ厚みがまったく違う。東峰がいたら一番の対抗株だっただろうが、その彼も以前「運動はしてるけど、筋肉だいぶ落ちちゃったよ」と笑っていたからどうだろうか。
 襖のそばにいたせいで一番近くで牛島を迎えることになってしまった木下が、「ヒャッ」という声を上げて道をあけた。そうして空いたスペースに、牛島がのしのしと近づいてくる。
「帰るぞ」
 座ったまま逆光で余計にいかめしく見える牛島の顔を見上げて、影山は「はい」と素直に頷いた。
 よし、とでも言いたげに頷き返した牛島はそこでこの座敷中から視線を集めていることに気が付いたようだ。
「うちのセッターを連れて帰る」
「あ、はい! どうぞ!」
 どうぞどうぞお持ちくださいと、木下が影山のハンカチを持ったままの手を出して言い、影山は何だか人質にでも差し出されたような気分になった。牛島は現チームメイトだというのに。悪役の牛島を想像してちょっとおかしくなってしまい、笑みが漏れた。初めて酒を飲んだとき、そういえば牛島に「お前は少し笑い上戸だな」と言われたっけ。ぐいと牛島に腕を掴まれて体を引き上げられても、影山はまだ笑っていた。
「何を笑っている。何度も電話したぞ」
「スンマセン、寝てました」
「迎えに行くと言っただろう」
 ようやく立ち上がっても、何だかぐらぐらする。何かにつかまりたい、という考えが言語化するより早く誰かに肩を抱かれて引き寄せられた。誰か、と言ってもこんなたくましい肩の持ち主は牛島以外にはいないだろうが。かたく押し返してくる布越しの筋肉に鼻を摺り寄せると、ほんのりと汗と酒と食べ物の雑多な香りと、それから牛島自身の匂いがした。
 「支払いは」、と言って牛島がごそごそと彼のポケットを探る気配がして、目的のものを差し出す前に山口の「大丈夫です!」と叫ぶ声が飛び込んでくる。
「会費事前徴収なんで! ええ!」
「そうか。なら、帰」
「ちょーっと待った!!!」
 突然響き渡った大声に牛島の胸筋がぴくりと隆起して、頬を押し上げられた影山は重たい瞼をなんとか開いた。大声を出し、あぐらをかいたまま牛島を睥睨したのは菅原だった。
「どこに連れ帰ろうって言うんだ……」
「スガなに言ってんだ」
「駄目だ菅原さんが完全にやばい」
「何言ってんだ菅原さんはいつだってヤバいぜ」
「馬鹿なこと言ってないで止めろ田中」
 完全に目が座っている菅原と、彼を止めようとする周囲の人間(月島だけは「いいぞー、やれやれ」と煽っていた)の動揺に一切動じずに、牛島は堂々と言い返した。
「チームが滞在しているホテルだが」
「そりゃそうだ」
「だって! 菅原さん!」
「睨むのやめなさいスガ」
 周りから口々に言われた菅原は、「危ないって」と宥められるのにも構わずゆうらりと危なっかしく立ち上がり、「大体なあ、」と呟いた。
「“うちのセッター”だあ……」
「いいじゃないすかそこは」
「俺は! 言ってやりたいことがあるんだ!」
「スガさあん!」
 どこか他人事のような気分でぼんやりやりとりを聞いていた影山は、そこではたと目を見開いた。そうだ。菅原は、菅原だけは「知っている」人間なのだった。
「牛島よ」
 ぴしり、と指を牛島につきつけて菅原は
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烏野の人たちと飲んでる影山くんを迎えに来る牛島さん(牛影)
初公開日: 2020年05月16日
最終更新日: 2020年05月18日
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コメント
タイトル通り。この前呟いてたもの。